第4話 その弐、”走り回る金次郎像”

「やあ楓。……それと?」

「楓と同じクラスの、有原杏でーす!」


 と、元気よく杏ちゃん。

 放課後。私たちは下駄箱に集合していた。杏ちゃん、まさか本当についてくるとは思わなかった。もしかして私の事を心配してきてくれたのかな?


「イエーイ、杏!」

「イエーイ、葵! 七不思議とか楽しそうやね!」


 違った! 単に楽しそうだからだ! というか、いつの間にか名前で呼び合う仲になってるし!?


「ねえ神隠さん、下駄箱に集合ってことは、次の七不思議は外ってこと?」

「そうだよ。ま、着いてきて」


 今日はタートルネックにデニムパンツを合わせた、動きやすそうなスタイルの神隠さんに続いて、私たちは校庭へと出る。それからぐるりと回って校舎の裏側へ。


「職員用駐車場?」


 たどり着いたのは職員用駐車場。つまり先生たちの車が止まっている場所だ。こんな所に七不思議が?


「駐車場は車の出入りがあって危ないから、遊んじゃだめだって先生言ってたよ?」

「大丈夫。用があるのは、端の方だよ」


 そう言った神隠さんの、指し示す先には高さ一メートル程の石像が土台の上に立っている。背中には薪を背負い、手に持つ本を熱心に読む独特なスタイルの像。


二宮金次郎にのみやきんじろう?」

「そう。七陣小七不思議その弐、“走り回る金次郎像”だね。記事にはこう書いてあるよ。『放課後、誰もいない校庭を走り回る影がある。その正体は、なんと二宮金次郎像なのだ』だってさ」

「あー、物が動くのは定番やね」

「そうなの、杏ちゃん?」

「うん。人体模型とかこの二宮金次郎像とか。たぶんどこの学校にでもあるタイプの名七不思議やね」

「そうなんだ……あれ? ねえ神隠さん、まさか人体模型の方も動くとかないよね?」

「大丈夫。それは入ってないから安心して」


 良かった。人体模型が動いた方が百倍怖い。だって動かなくても怖いもん。


「というかなんでこの像、こんな校舎の目立たない端の端に建ってんの?」

「それはね杏ちゃん、七陣小が十年前に建て替わったからじゃないかな? そこの北門が元は正門だったらしいし」

「へえ、詳しいやん楓」

「お母さんが言ってたんだよ。お母さんも七陣小の卒業生だからさ」


 新しくて綺麗な校舎で良かったねと、お母さんには入学前からよく言われた。たぶんこの金次郎像も、元は正門から入ってすぐにどかっとあったのだ。それが立て直しで昔の正門は北門になり、駐車場にするから端に移されたとかかな?


「でも寂しい場所だね。うちの学校に金次郎像があるなんて知らんかったわ」

「そうだね杏ちゃん。私も知らなかったよ」


 ちょうど校舎の陰になっているから、まだ日は沈んでいないのに薄暗い。それに日当たりの悪さに反して木々は生い茂っていて、ますます寂しい印象を与える。


「うーん、それにしても動かないね」


「そういえばなんで二宮金次郎って学校に建ってんやろ? アイラ、教えて」

『二宮金次郎像は、江戸時代の学者、二宮尊徳にのみやそんとくをモデルにしています。苦労をしながらも勉学に励み功績を残したことから、多くの学校に建てられました』


 いつの間にかタブレットを取り出した杏ちゃんが尋ねると、アイラはすらすらと由来を答えだす。


「へー、頭良かったんだ。神隠さんは知ってた?」

「もちろん。でも勤勉な二宮尊徳が、石像になったとたん校庭を走り出すのは興味深いね」


 たしかに。


「うちは歩きスマホは注意されるのに、歩き読書しとる方が気になるけど」


 杏ちゃんツッコミ所そこ?


「動く気配全くないね。神隠さん、もう帰らない?」

「うーん、出直すのもありなのかな?」


 目の前に立つ金次郎像はただの石像。ピクリとも動かない。私としても少し残念な気持ちはあるけれど、動かないものはしょうがない。


「杏ちゃんもそれでいい?」

「そうやね。うちだけ怪奇現象を見られなかったのは残念やけど、今時金次郎よりも大きいガンダムが動くくらいやし」


 え? 比べる対象それになる? そんなツッコミを入れようとした時だった。


 ――ピシっ。


 音が聞こえた。石がぶつかり合うような音だ。

 私は嫌な予感がして振り返る。


「……なんだ、動いてないじゃん」

「どうしたの、楓?」

「ううん、なんでもないよ神隠さん」


 石像はさっきと少しも変わらないままだ。別に走り出してなんかいない。こういうのを杞憂と言うんだっけ? 心配性だな、私も。


「もう行こうや二人とも。あーあ、期待して損したわ。だいたいなんや薪背負ってるて。令和世代にはいまいち大変さがわからんわ」


 ――ミシリっ。


 まるで杏ちゃんの不満の声に反応するように、音は大きくなる。


「そもそも金次郎って名前がいかんわ。もっとスペシャルな名前に――」

「ちょ、ちょっと杏ちゃん!」

「なに?」

「なにじゃなくて!」


 もし私がしている考えの通りなら……きっとそれは杞憂じゃなくて、今度こそ現実になる。


「ちょっと待って楓。杏、続けて」

「どうしたん葵も? えーっと、なんっけ? ああそう、ウチは金次郎って名前がやっぱりダメやと思うんよね。学校に置くなら、もう少し強そうなのがいいやろ」


 なぜ学校に置く像に、強さを求めるのかわからない。けれどその言葉に反応するように、聞きなれない音が響く。


 ――ピシシっ!


「君たち……!」

「あれ? 楓なにか言った?」


 杏ちゃんの問いに、私はブンブンと首を横に振る。


「じゃあ葵?」

「いいや。でもどうやら、お目覚めみたいだよ」


 私たちの視線は、ある一点に注がれる。

 そこには先ほどまでとはまるで違う非現実的な光景。


「君たち、勤勉さが足らああああんっ!!!」


 二宮金次郎像が、憤怒の雄叫びを上げていた。

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