派手にいこう

 一瞬の身じろぎの後戦いが始まった。まず広瀬が駆け出した。だがしかし、彼の武器である鋭い踏み込みによる一撃は空振りに終わった。弓子はその動きを見切り、最小限の動きで避けた。


 諦めず二度三度攻撃を試みるが、彼女はそのすべてを難なくかわした。そしてカウンターの一撃を放つ。刃は広瀬の胸を突くように思えた。だが寸前でかれは横に体を転がしそれを避ける。そのおかげで無傷ですんだ。


 攻撃の手を緩めない。何度も突いては引き、引いてはまた突くという戦法を取った。弓子は防戦一方に見えるがそうではない。わざと隙を作って誘い込んでいるのだ。その罠にまんまと引っかかり、広瀬は大きく腕を振りかぶった。渾身の一打を喰らわせようと力を込める。


 だがその瞬間、彼女の背後で何かが動く気配があった。椎名が素早く彼女の背中に回り込んだ。硬直する背後を狙って、鉄パイプの一閃。しかし弓子は体を翻し、反対に椎名を床に押さえ込んだ。


 目の前に迫る切っ先に、椎名はごくりと唾を飲む。しかし広瀬は次の瞬間、ぽつりとつぶやいた。


「時間だ」




「あーあー、なんで灰戸のこと助けてるんだろ。椎名を連れてったらそれで終わりのはずだったのにさあ」


 きららはぼやいた。


 広瀬と椎名が足止め係をしている間に、きららは灰戸を連れて脱出していた。意識のない状態だというのに、痩せぎすの身体は紙のように軽い。それから、背中におぶったままの灰戸の顔を覗き込んだ。ぐったりとしたまま動かない。


「ねえ灰戸、しっかりしなよ。自分には何も無いって言ってたけど、お前って結構できるやつだったよ。まだ楽しいこと面白いこと何も知らないまま、こんなとこで、あんなおばさんのために死ぬなんかくだらないじゃん」


 返答はない。彼女は意識のない灰戸を、そっと床に寝かせてあげた。


 椎名に出会わなければきっと、広瀬を信頼して頼ることも、灰戸を助けようとも思わなかっただろう。誰かのために動こうとか誰かを助けようなんて絶対に思わなかった。あの情に脆い性格がうつったのだろうか。けれどそれならそれで、悪くないと思う。


 自分には自分の仕事がある。廃屋を見据えながら、きららはごくりと唾を飲んだ。


 派手にいこう。そう期待しながら、彼女は起爆スイッチを押した。




「――伏せろ!」


 広瀬が叫ぶ。


 閃光、爆音、熱風。巻き上げられる瓦礫から顔を庇いながら、椎名は驚愕の声を上げた。地面が割れるような轟音が響き、硝煙のにおいが流れ込んできた。


 広瀬は現在建設現場で発破を担当しており、若くして爆発物のプロフェッショナルとなっている。先ほどの分離行動の最中、彼が仕掛けた爆弾によって繊維工場が爆発したのだ。きららが脱出したのは、その起爆装置を作動させるためでもあった。


「そのババアは捨ておけ。逃げるぞ!」


「っ、おう!」


 広瀬が差し出した手を、椎名は強く握り返して立ち上がった。傷だらけで見るも堪えない姿ではあったが、それでも椎名は走り出す。炎を背にし、二人は炎上する倉庫から脱出した。


「……はぁ……分の悪い賭けだったが、何とかうまくいったな」


 広瀬は安堵のため息を漏らす。近くの瓦礫のそばにはぐったりと寝そべる灰戸と、それを守るようにして座り込むきららの姿があった。先ほどの爆発に巻き込まれることもなかったようだ。


 近くで通報があったのか、サイレンの音が段々近づいてきていた。廃墟を一歩出ると、四人は車のライトに包囲される。広瀬は目を細めながら、


「金田のおやっさんじゃねえか」


「広瀬……に素襖か? 県警(うち)が補導してたガキばっかじゃねえか。この火事、お前らがやったのか? どうなってんだ。おい」


 車から降りてきた金田がぼやくと、きららがヒラヒラと掌を振った。


「ま、説明はあとでね。どうせぼくら事情聴取コースでしょ」


 きららはセーラー服の胸のスカーフを結び直しながら笑っている。


「あはは、けっこう面白かったね」


「なに笑ってんだよ」


「だってぼくのせいじゃないし。ま、これはこれでよかったんじゃない?」


「そ、そうかあ? そうかあ……」


 椎名は適当に言いくるめられてしまった。


 やがて意識を取り戻した灰戸は、椎名を見つけるなりほろほろと泣き出してしまった。今まで枯れていた感情を取り戻すかのように、涙が止まる気配はなかった。


「椎名くん……ごめんなさい……」


「もういいんだよ。ちゃんと償いを果たして、自分を取り戻してくれ。いつか迎えに行くから」


「うん……約束……」


 灰戸は抵抗することも無く、救急車に乗って去っていった。車が遠ざかっていく姿を見送ってから椎名はがっくりと肩を落とした。まるで食べ終わった後のお菓子の包装を小さく畳むみたいに、感情が萎んで丸まっていった。


 きららといえば、流星群のように降り注ぐ瓦礫と炎に瞳を輝かせていた。星空を眺める純粋な子どものよう。彼女がこちらに向きなおる。


「そういえば金田ちゃんから謝られたよ。ぼくが保護観察処分になったってのは、目の前で痴漢してるおじさんをボコったら、逆に過剰防衛って言われちゃったことなんだよね~。まあ、あんま気にしないで」


 彼女は相変わらずの気の抜けた調子で答えた。隣で天崎がため息を漏らしている。


「ほら、僕の言った通りだっただろう。この子はこういう突飛な子なんだ」


「……あー、なんだそういう事っすか。別にいーっすよ。友達ですから」


 緊張の糸が切れて、つい失笑してしまった。


 その姿を横目で眺めながら、広瀬は皮肉に口を歪めて笑った。


「しかしあいつ、オマエを助けるために協力してくれって家まで乗り込んできたぜ。よくあんな頭のいかれた自己中に付き合ってるな」


「いや、俺もきららに巻き込まれて……いや、今回は巻き込んだのか?」


「どっちでもいいじゃねぇか。お前は真性のマゾなんだろ? 馬鹿女のその場の思い付きでめちゃくちゃにされて、いいように振り回されて足蹴にされて嬉しがってるんだから」


「はっ? ち、ちげえし!」


 椎名は口をとがらせる。


 傍らのきららはそのやり取りを見て、普段からこの毒舌じゃそりゃ対立もするよねとそっけなくつぶやいた。お前が言うな。


 夜明け前の薄暗い街で、三人は靄に包まれながら立ち尽くしていた。日の出まで意外と時間があるようだった。






読んでいただきありがとうございます😊

気に入っていただけたら、評価いただけると嬉しいです!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る