7章
嘘だ
翌朝早く。テレビを見ながら食事をとっていたら、両親の携帯が同時にピロンと鳴った。学校からの一斉送信メールだ。
『不審な事件の連続のため、なるべく集団で登下校すること、夜遅くの出歩きは控えること』とのお達しがあったらしい。ついでに『登下校中、マスコミ関係者からインタビューをされるかもしれないが落ち着いて対応するように』とも。
異変は目に見えて表れていた。校門に続く長い坂の至る所に、スーツを着込んだ大人が数名確認できた。恐らく警察やマスコミだろう。勿論部活の朝練夜練も中止になっている。
椎名は登校するなり職員室に呼び出された。赤坂先生は神妙な表情で、じっと椎名の目を見つめながら訊いた。
「今度、警察の方が椎名くんにお話を聞きたいんですって」
「マジすか。まぁ、そーなりますよね」
驚きはなかった。怪我をしているとはいえ、椎名はその両方の第一発見者だ。そりゃ自分が警察でも椎名を疑いたくなる。
「安西くんと灰戸さんの件、事故以外に事件としても捜査してるみたいなんです。近いうちにお家の方に警察から連絡が行くと思いますから。私もできるだけフォローはするつもりですが……」
私も話を聞いた程度だから、と赤坂は続きを濁した。
元々真面目な校風の進学校であることに加え、赤坂自身がまだ新任の部類であることから、二年六組にはいわゆる『手のかかる生徒』がいなかった。そこにきららの転校、安西と灰戸の殺人未遂事件だ。彼女の表情から苦労がしのばれた。
「……椎名くん。もしも、安西くんと灰戸さんの件でショックを受けているようなら、私に相談してくださいね。あなたはまだ高校生だから。私たちが守ってあげなくちゃいけないんです」
赤坂の台詞は、教師として当然だろう。
「そーいえば聞きたいことあるんですよ」
椎名は懐から携帯を取り出した。そして自分の名前を検索する。
数日前までなら、検索結果には剣道の大会結果くらいしかなかったが、今は違う。
いくつかのインターネット掲示板に、椎名の顔写真と過激なタイトルがいじめの噂と共に掲載されているのだ。顔もわからない人間が、椎名について好き勝手書き散らかしている。
『俺こいつと中学同じだった。目立ちたがりなタイプ』
『最悪、地元の恥』
「俺について高校に問い合わせるーって息巻いてる人もいるんすけど、なんか来てました?」
「そうですね。インターネットで、椎名くんにまつわる良くない噂が流れていることは学校側も把握しています。マスコミからの取材が来るかもしれませんが、そういったものは全て断っておいてください」
「へーい」
まあ取材されても何言っていいかわかんないからちょうどいい。
「紺野くんとは仲良くできていますか?」
「いつも通りっすよ」
嘘だ。紺野にはずっと無視されている。メッセージアプリの返信も返ってこない。
「それはよかったです。紺野くん、この前安西くんと喧嘩していたので、心配していたんです」
「喧嘩?」
「ええ。でも、椎名くんが付いていれば安心ですね」
赤坂は安心したように微笑んだので、それ以上追求する気にはなれなかった。椎名は職員室をあとにした。
「……学校来てたのか。無事だったんだな」
教室まで帰ると、最初に話しかけてきたのは意外にも紺野だった。廊下に置かれたロッカーから荷物を取り出している最中だったらしい。制汗剤の爽やかな匂いがする。
「俺、轢かれかけたんだけど?」
紺野は目を合わせようとしなかった。まだ午前だと言うのに外は曇っていて、廊下も薄暗い。蛍光灯のひとつがチカチカと明滅していた。
「俺だってさぁ、安西を殴ったのが八房じゃなければいいって思ってんだよ。でも、どうしたらいいんだよ」
歯切れの悪い台詞だ。それは椎名を責めているというよりは、自分に言い聞かせているような口調だった。
「あんな写真見せられて、中学時代実際に不登校になってる奴がいて、安西も委員長も怪我してて」
「それは事実だけど……」
「お前、ずっと委員長の事気にかけてたのに、最近は頭のネジ外れた転校生に構いきりだろ。二年六組に事件が起こり始めたのって転校生が来てからだよな? 八房もマインドコントロールでもされてどっかおかしくなってんじゃねぇーの」
「勝手なこと言うな!」
思わず言い返す。
「紺野はきららとちゃんと話したことないからそんな風に思うんだ。俺は本当に何もやってない。信じてくれないのか」
「……悪ぃ。今は無理だわ」
「待てよ。お前、この前安西と喧嘩してたんだってな? あいつが体育倉庫で殴られた事件と、何か関係があるのか?」
「……ねぇーよ!」
そう言って紺野はロッカーの扉を閉め、踵を返して教室へ戻っていった。
紺野はいつでも自信満々で自分の意見をはっきり言う。例え根拠のない考えだとしても、彼の口から放たれたならクラスメイトはなんとなく納得してしまうのだ。班でのグループワークや、友達同士で遊びに行った時ならとてもありがたかったその長所が、今は最悪の方向で作用していた。
かつて不登校になった広瀬、安西や委員長を心配しているのは椎名も同じだ。人を傷つける奴には憤りを感じる。だからこそ紺野が自分を疑ってしまう気持ちもわかってしまって、胸が締め付けられた。
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