好きだよ

「……実は、きららちゃんと三人でいるときより沢山話せて、うれしい……かも。もうきららちゃんとも仲良くなったんだね」

「まあ、確かにあいつ外側から見ると突飛だけど、結構親しみやすいよ。『噂の犯人捜し』だって俺が頼んだことだし、あれを一人にするのも心もとないし。灰戸もそういう責任感できららに付き合ってるんじゃねえの?」


 その問いに灰戸はぽかんとして、それから控えめに微笑んだ。


「私と似てるのに、全然違うから」


 ――似てるのに、違う? てっきり学級委員の責任とかそんな理由だと思っていたので、椎名は拍子抜けした。


「最初は椎名くんの言った通りだけと、今は違う。私ときららちゃんが逆だったらよかったのにって、よく思うの。きららちゃんはいつでも自信満々で誰にも束縛されないから」


 声が上ずっていないか気になった。


「椎名くんは、ひとりぼっちのきららちゃんに同情して、かわいそうだから一緒にいるんじゃないわよね? きららちゃんの自由さが好きだから、友達として一緒にいてあげる。その違いはわかるわ」


 自嘲するような響きが気がかりになった。椎名は彼女のことをお伽噺のお姫様のようだと思っていたけど、それは見た目だけの話だった。今の弱弱しい声音は、シンデレラ姫というより、灰被りという名前がふさわしく見える。




 灰戸が、きららについて『自分と似ているようで違う』と評したのには心当たりがある。灰戸もきららと同じく、一年生の頃に転校してきたのだ。きららとは違い、その世話焼きな性格からクラスにはあっという間に馴染んだ。


 けれど一度だけ、彼女の可憐で憂鬱そうなため息を聞いたことがある。

 一年生・二学期初めのホームルームで、立候補したわけでもないのに灰戸は文化祭実行委員をやらされることになった。彼女は人がいいものだからあっさり引き受けたが、その瞳には疲労が滲んでおり、うっすら浮かんだ隈をコンシーラーで隠しているのが見て取れた。ただでさえ学級委員をやっているのに、文化祭実行委員は重荷だろうとすぐにわかった。思わず椎名は文化祭実行委員に立候補していた。

 いざ文化祭が始まると灰戸はどんな役職や仕事を引き受けても愚痴一つこぼさず完璧にこなしてみせたし、持ち掛ける悩みはありふれたものばかりだった。けれどそれは彼女が完璧人間だからじゃなくて、見えないところで努力を重ねているからだった。

 頑張っている人には報われて欲しいとか、優しい人が苦労するのは見てられないとか、そんな感情が淡い恋慕に変化していったのはいつからだろう。


 いつもはにかんだように笑っている、繊細なシンデレラ姫。




「俺は今の灰戸が好きだよ」


 顔が見えないから、素直に言える。


「……え」


 背中から焦ったような声が聞こえた。それと同時に、熱くなった頬にぽたりと水滴が落ちてくる。それからぽつぽつと雨が降り始めた。夕立だ。

 ちょうど目の前の信号が赤に変わったので、灰戸が荷台を降りる。彼女は目を細めて、何か逡巡しているようだった。


「も……もうすぐ私の家の近くだから、降りるわね!」

「どうせ近いし、家まで送ってくよ」


 名残惜しさを感じながらも自転車を降りる。遠くで雷が鳴っていた。

 雨が降ってきたせいで、委員長の身体にシャツとインナーが張り付いている。目を疑ってしまうくらい細くて華奢だった。白いシャツから下着が透けて、控えめに膨らんだ胸を露わにしている。慌てて目を逸らした。

 ……えらいもん見ちまった。

 灰戸の家は住宅地のはずれにあるマンションだった。灰戸はオートロック玄関の前で振り返り、控えめに手を振った。


「じゃあね、椎名くん。また明日」

「おー」


 それから、さっきの儚げな声音を脳裏に思い浮かべながら、口を開いた。


「あのさ、もし、灰戸が困ってたらいつでも言って欲しい。俺も力になるよ」

「……ありがとう。私も同じ気持ちよ。椎名くんこそ、私に協力出来ることがあったらなんでも言ってね。噂のこと心配してるから」


 委員長はしおらしいことを言って目を細め、家へと戻っていった。椎名はそれを見届けてから自転車を漕ぎ始める。

 突然の夕立の中なのに、傘もレインコートもないのに、体が熱い。無性にどこかへ走り出したくてたまらなくなった。

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