きららルール

 それから二人は階段の中ほどに腰掛けた。生ぬるい日差しに照らされて、弛緩した雰囲気が漂っている。

 椎名はぱちんと手を合わせていただきますを言った。弁当箱を開くと、食欲を唆る匂いがふわっと漂う。今日のメニューは白ごはん、母親謹製の唐揚げ、冷凍エビグラタン、ひじき、卵焼き。ついでに小腹調整用のパンもある。醤油のしみた唐揚げを犬歯で噛みちぎった。こんな時でもご飯は変わらず美味しい。

 きららは首を伸ばして、弁当箱を興味深そうに見つめている。


「自分で作ったの」

「いんや? 母さんが作ったやつ」


 へえと返された。それから彼女は鞄からパンを取り出してハトロン紙を剥ぐ。購買で売っている焼きそばパンだった。確か地元の名店が焼き上げたものだ。


「そういや、何でうちの学校の制服着てねえの?」

「届いてないんだよ。転校ギリギリに採寸したからまだ仕上がってないんだろうね。まあ、そろそろ夏服移行期間だし、そのタイミングで着替えようかなって」

「じゃあ、転校前の学校が先生の説明と自己紹介とで食い違ってたのは?」

「転校と退学を繰り返してたから、自分がどこに所属してたのかぼく自身も忘れてたんだよ」


 意外と普通というか、適当が過ぎる理由だった。

 きららは麦茶のペットボトルを取り出して一口飲んだ。細い喉がこくんと蠢く様に、昨日金魚を丸呑みしていたことを思い出す。


「で、一応調べは済ませたよ。君のクラスの子と剣道部のメンバー、アカウント持ってる子全員に噂が知れ渡ってるね。椎名周辺の人間に狙い撃ちしたって感じ」


 それを聞いて、太い眉を八の字にしてしょんぼりしてしまった。これから友達に会った時どんな顔をすればいいのだろう?


「どうやってそんなの確かめたんだ? さっきから『自分とつるむと警戒される』ってお前が言ってたじゃんか」

「黙ってても耳に入ってくるよ。一応、SNSで檜山高校の新入生名乗るアカウント作って、かわいい女子の写真アイコン設定にして、何にも知らない振りして聞き込みして裏取りしたけどね」


 しれっと答えられた。つまりは成りすましである。コワ〜……。

 皆口を揃えて『SNSにいきなり送り付けられてきた』というが、その送り主のアカウントは運営会社によって即座に凍結されていた。理由は、アカウント作成時に使い捨てメールアドレスを使用していたから。ログこそ残ってはいるだろうが、送り主が既に存在しないため発信者開示請求をする事もむずかしく、出処は実質不明だ。そもそも相手が接続経路を匿名化していたら、警察のサイバー課でも頼りになるか怪しい。


「ま、知り合いがやったんじゃないの? 椎名って嫉妬や恨みを買いやすいタイプだからね」

「ええっ? どこが?」


 絵に描いたような普通の学生なのに。イケメンでもなければ女の子にもてるわけでもなく、実家は中流家庭で成績なんか最底辺だ。取り柄といえば『健康なこと』くらいか。


「例えばいつも明るく振る舞ってる分、他人からは悩みがなさそうに見えてるとかさ。しかし、友情を何より重んじてたのに、その友達から冤罪をかけられるなんて皮肉だね」

「それは……。いや、俺はそうは思ってない」


 椎名はきっぱり言い切った。


「紺野達だって、安西のことが心配で不安な所にあんなメッセージを送られたから信じちゃっただけだと思う。だから真実が明らかになったらきっと仲直りできるはず。悪いのは紺野達じゃなくて、デマを流した奴なんだから」

「ふーん。そっかそっかあ〜」


 何がおかしいのかきららは満足げだ。それからパンをひとくち齧り、階段で脚をぶらぶらさせながら、


「安西は土下座の姿勢で昏倒していたんでしょ? その理由ってなんだろうね」


 そう言ってきららは携帯端末を開き、大量の画像を表示してみせた。全て安西のSNSアカウントに上がっていたもの、チャットアプリのクラス用グループに貼られていたものだ。


「いかんせん、ぼくは転校した日にしか安西を見かけてないからね。こういう写真やクラスでの扱いで大体の立ち位置は分かるけど、安西って、椎名から見てどんな人物なの?」

「普通の友達。中学は別々で、出会ったのは高校の剣道部がきっかけ。何回か家に行ったこともあるし、放課後よく遊んだり飯食ったり」


 倉庫で事故るようなそそっかしい奴でもないし、恨み買うようなタイプでもないはずだ。


「安西を発見した時、気になったことはある? どういう状況だったのか教えてくれるかな」


 きららは矢継ぎ早に質問を投げかけるので、椎名は弁当をつまみながら説明した。彼女が興味を示したのは、安西の身体の側に残されていた模様だった。


「体育倉庫の傍に、砂を掻いてつくったような跡があったんだ」

「それってどんな模様だったの」


 弁当箱を隅に置き、スマホのメモ帳に手書きで模様を再現してみせた。虹をいくつも重ねたような形だ。

 それにしてもこの形、どこかで見たことが……。腕組みして首をかしげていると、きららがぽつんとつぶやいた。


「青海波?」

「俺も思い出した! 去年の学園祭で、こんな模様の着物を展示してた」

「へえ。それは見れるの?」

「いいや……。離れの文化会館に展示されてるんだけど、いつもは鍵がかかってて、一般生徒は立ち入り禁止なんだよな。華道茶道みたいな和風の文化部が使ってるんだけど、どこも部員が少ないんだよ」

「ふうん。じゃあそこを突破しなくちゃね」


 きららルールその一。行動は早ければ早いほど良い(多少拙速でも可)。

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