一目惚れしちゃった

 一限目、きららが『探偵』を名乗ったときたしかに驚いた。どうやって事件を解決するのか興味があったし、彼女の瞳に宿る生き生きとしたほむらに惹かれた。自分も退屈な日常から抜け出して何か新しいことに挑戦したい。けれど、自分にはそんな資格などないということも、わかっていた。

 呆然とする椎名を見つめて、きららは満足そうに微笑む。


「あはは。椎名って変な子だね~」

「ええ? そうかなぁ」


 椎名はきょとんとした。きららのほうがよっぽど変ではないだろうか。今や、彼女が廊下を歩くとモーゼみたいに人混みが割れるのに。


「っていうのもね、一つ気になるんだ。ぼくが教室に入った時、一番初めに話しかけてくれたのは椎名だったよね」

「うん!」


 笑顔で元気よくうなずいた。あの邂逅を『話しかけた』というならそうだろう。


「ぼくも転校ははじめてじゃないからね。最初はよくいる人あたりのいいタイプなのかなって思った。でも椎名って、ぼくが『二年六組の一員』になれるよう物凄く気を遣ってるくせに、自分は友達の輪から一線を引いてるよね」


 彼女は、端正な顔立ちに薄く微笑みを浮かべながら首を傾げている。


「……ひょっとしてエスパー?」

「なわけないじゃん。椎名がわかりやすいだけ」


 椎名は思わず困り顔になった。きららの指摘は図星だった。

 転校生というと、まずクラスに溶け込めるかどうかが重要だ。転校初日はお互いがどういう人間なのか観察し、それから自分に合った友人を作っていく。

 しかし、中庭ダイブ事件でクラス全員を追試に巻き込んだことによって、きららは明らかに浮きつつあった。

 ここ檜山高校は真面目な校風だ。生徒も年相応に成熟している。異質な人間を目にしたとき、暴力で表立って排除しようとするのは未熟な反応で、高校生にもなると一歩引いて距離を置こうとする。きららはいまその『異物』として扱われているのだ。

 椎名は、きららがクラスメイトと打ち解けられるように努力している。しかしそれはあくまで転校生の居場所を作るための作業であって、自分自身は積極的にそこに入ろうとはしていない。

 その違和感に気付いたのだろうか? 


「椎名はぼくのことを心配してくれてるみたいだけど、そんなの全然いらないんだよね」


 きららは続ける。


「ぼくはむしろ、君に興味があるな。他の子とは違う意味で」


 一瞬、心臓が止まるかと思った。

 すぐ近くで、きららが椎名の顔を覗き込んできている。整った目鼻が至近距離にあり、まつ毛一本一本まで見える。彼女は微動だにせず目を合わせたまま、椎名の手を握ってきた。


「何を……」

「椎名がお節介さんなのはどうして。何か理由があるよね?」

「理由なんか……」

「嘘。目が不自然に動いたよ。脈もおかしいね」


 そんなことを言われたら余計に意識してしまう。逃れなければと思うのに、何か魔法でもかけられたように目が離せない。全部見透かされているようだ。胸の内にある淀んだものを全て話して、楽になってしまいたかった。罰されたかった。


「……俺が中学の頃、剣道部でいじめがあった」


 椎名は中学生の時から剣道部に所属しており、仲間と切磋琢磨する毎日が大好きだった。しかしある日、チームメイトのひとりがぱたりと学校に来なくなった。

 椎名にとっては青天の霹靂だったが、どうやら不登校になった部員と、自分以外のメンバーとが対立していたらしい。

 慌てて連絡を取ろうとしたが、逆に家族から椎名に「息子を見ていないか」と連絡が来た。家出して行方が分からなくなったという。

 それ以来、椎名はもう二度と友人を傷つけないように、誰かを置いていかないように、見捨てないようにとずっと思ってきた。

 そのために道化でいたいし、困っている友達がいれば助けたい。みんな仲良くできれば誰も傷つかない。せめて自分の目の届く範囲だけは平和で穏やかで優しい世界であるべきだ。


「何かあってからじゃ遅いんだ。目の前のダチを助けられないのはもう嫌なんだよ」

「でもさ、そうやってみんなで固まろうとすることが、結局椎名を孤独にしてるんじゃないのかな。健気にご高説垂れてる割にはすっごくつまんなさそうだよ」


 彼女は椎名から離れて元の位置に戻った。瞳がふっと翳ったような気がした。目を細めたせいで、長い睫毛が暗く影を落としたようだ。


「ピエロ役や潤滑油を買って出るのもいいけど、方法がヘタだよね。人間は本質的にはみんな一人でしょ。『仲間を見捨てる』ことへの恐れで仲良しこよしを押し付けてるなんて、そんなの本当に友情と呼べる?」


 体育館の中からクラスメイト達の歓声が聞こえる。ボールが床をバウンドしている。


「もし君の考えが正しいなら、人間って矛盾した生き物だよね。でそれから椎名はこう言うんだ。『それでも俺は友達を大切にしたいと思うよ』」


 口をつぐんで、黙りこくることしかできない。まるで手のひらの上で転がされているみたいだ。

 きららは椎名が反論できないことを分かっているのだろう。何も言い返さないことに失望するどころか、むしろ楽しんでいるようだ。


「……なんとなく分かったぞ。お前、他人を信用してないんじゃないか?」

「はずれ。ぼく、人間大好き。椎名なんかとくに、ぼくの好みだな。一目惚れしちゃった」


 きららはさらりと言ってのけた。

 春の日差しが、彼女のアンニュイな笑みを照らし出す。椎名は思わず見惚れてしまった。理由の分からない強烈な羨望が脳髄に走り、心臓がどきどきしている。


「じゃ、行こうか体育館。そろそろ五限も終わるしね」


 おもむろに彼女は立ち上がり、猫のように伸びをしてすたすた歩きだした。

 ひとり残された椎名はその背中を見てはっとした。やられた。きららの話を聞くつもりが、いつの間にか逆に自分の話を引き出されている。

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