第16話 少年との会話

 商店街でジュネが買ってきてくれた絆創膏ばんそうこうを、アルマは少年の怪我けがしている部分に貼っていく。

 全ての傷に貼り終えて、アルマは満足げに微笑んだ。


「これでよし、です! 傷口が広がっちゃうといけないので、しばらくは安静にしていてくださいね」


 少年は公園のベンチに座りながら、こくりと頷く。


「ありがと……あ、ごめん。自己紹介がまだだった」

「そういえばです!」


 目を見張ったアルマに、少年は「あんたって、一々反応が大袈裟おおげさだよね」と笑う。


「オレはユキノ=カシャテノン。よろしくね」

「こちらこそ! わたしはアルマ=シークレフィア。こっちはしつ……じゃなくて、友人のジュネ=スクラディルくんです!」

「よろしくお願いいたします……」


 笑顔のアルマと頭を下げたジュネに、少年――ユキノは優しい目をする。


「アルマとジュネね、よろしく。……そうだ、さっきは助けてくれてありがと。二人がいなかったらやばかったかも」

「いえいえ、お気になさらないでください! ええと、ユキノくんはどうしてあんな目にっていたんですか……?」


 アルマは心配そうな顔付きを浮かべながら、そう質問した。


「別に、あいつらとは知り合いでも何でもないよ。ちょっとぶつかっちゃって、それで因縁いんねん付けられたって感じ。だりーよね、まじで」


 からっと笑うユキノに、アルマはほっとした表情になる。


「それじゃ、いつもああいうことをされている、という訳ではないんですね! よかったです」


 そんなアルマを、ユキノは少し不思議そうに見つめた。


「あんたって、変な奴だよね」

「へっ……変!? わたしはそんなことないですよー! ジュネくんの方がよっぽど変です!」

「アルマ様、僕を巻き込まないでください……」


 じとっとした目をするジュネに、アルマは「ひゃあー!」とのけぞった。

 ユキノは二人のやり取りを面白そうに眺めながら、足をぶらぶらとさせる。


「変って言っても、マイナスの意味じゃないよ。むしろプラス。何というか……すっげーいい人だなって思ったんだよ、アルマのこと」

「いい人、ですか……!? わたしが!?」


 再びのけぞったアルマに、ユキノは「そーだよ」と笑う。


「あんたとオレ、さっき初めて会った訳でしょ? それなのに、あんたはオレのことを本気で心配してくれて、気遣ってくれる。それってすげーことだと思わない?」

「そうですかね……? 至って普通のことだと思いますよー!」

「そういう『普通』をできる奴って、中々いないよ。だからそれは、あんたの才能だと思う」


 どこか羨ましそうに、ユキノは言う。

 直球の褒め言葉に、アルマは照れたように「あ、ありがとうございます……」と告げた。

 ユキノは、再びアルマと目を合わせる。


「そうだ、なんかさ、オレにできることってない? 助けて貰っただけじゃ悪いし、よければ何らかの形で恩返ししたいんだけど」

「ええええ!? そ、そんなの別に気にしないでくださいよー!」

「オレは気にすんの。何かない?」


 首を傾げたユキノに、アルマは目を閉じながらうんうんと考える。

 それから何か思い付いたように、手を合わせた。


「そうしたら、ユキノくんに二つほど質問したいことがあります!」

「質問? 答えるだけでいいの?」

「はい、勿論もちろんですよー! ええと、一つ目なんですが……実はわたし、とある方にプレゼントをしたくて! でも、何がいいか全然決まらないんです。どうすればいいと思いますか?」

「へえ。参考までに、それってどういう間柄の人?」

「婚約者さんです!」


 婚約者、という言葉を聞いたとき、ユキノは驚いたように目を見開いた。


「あんた、結婚してんの? オレとそんなに年変わらない気がするんだけど」

「そうなんです! 実はわたし、オトナなんですよー!」

「そっかー、びっくりだわ。え、でもさ、結婚するくらいならその人の好みとか知ってるんじゃないの?」

「それがですね、実は最近初めて会った人なんですよー……」


 肩を落としたアルマに、ユキノは「へえ、なるほど」と頷いた。


「じゃ、もう答えは出てるようなもんじゃん」

「ええっ!? そうですかね!?」

「そーだよ。つまりさ、アルマは、その人が何を好きで何を嫌いか――そういうことが全然わかってないから、何をあげるかも決まらないんじゃないの?」


 ユキノの言葉に、アルマは浅く息を吸った。


(そっか……そうでした。わたし、ティルゼレアさんについて、知らないことだらけじゃないですか……)


 セレンがプレゼントしてくれたマカロンのことを、思い出す。

 あのマカロンは、アルマが幼い頃から大好きなお店のものだった。セレンはそれを知っていたから、大切な日に贈ってくれたのだ。


(こんなに単純なことに、どうして気付けなかったんでしょう……)


 そう思いながら、アルマはユキノへと微笑んだ。


「ありがとうございます、ユキノくん! すっごくヒントになりました」

「そう? それならよかった。で、もう一つの質問は何?」

「……もう一つは、やっぱりやめておきます」

「そう? それならいいんだけど」

「はい! ……ところでジュネくん、さっきからどうして全然喋らないんですか?」


 アルマの問いに、ジュネはふっと悲しそうに口角を上げる。


「僕のコミュ力だと、一対一の会話で精一杯なんですよ……アルマ様」

「も、もっと頑張りましょうよー!」

「……というか何であんたらは友達なのに、様付けで呼ばれてんの?」

「ひゃあー! えっと、えっとですねー」


 目を逸らしながら言い訳を考えるアルマの代わりに、ジュネが口を開く。


「最近とある勝負に負けまして、罰ゲームなのですよね……」

「ああー、なるほどね」


 納得した様子のユキノに、アルマは(こ……この人、さらりと嘘つきましたよー!)と思った。


 ◇


「そういえば」


 ユキノと別れた、夕暮れ時の帰り道。

 オレンジの陽光できらめく銀色の髪を揺らしながら、ジュネはアルマに問い掛けた。


「もう一つの質問が何だったのか、お聞きしてもよろしいですか……?」


 アルマは瞬きしてから、「ああー、あれのことですか!」と笑う。


「実はわたし、初めはユキノくんに聞こうかと思っていたんです。ティルゼレアさんについて、何か知っているかって」

「ふむ」

「でも、一個目の質問をして気付いたんです。そういうのは、わたし自身がしっかり考えないとって」


 アルマはそこで一拍置いて、柔らかな笑顔を溢れさせた。


「わたし、ティルゼレアさんについて、もっと知ってみようと思います!」


 そんな彼女の表情を、ジュネはどこか眩しそうに見つめる。

 それから彼は、そっと頷いた。


「僕もお手伝いしますよ……ちなみに明日は、ティルゼレア様は休日で城にいらっしゃると思います。ですので、チャンスですね」

「本当ですか! そうしたら、一緒に頑張りましょう! 名付けて、『ティルゼレアさんを裸にしちゃうぞ! 大作戦!』です!」

「はい……ですがその作戦名は、一度考え直した方がいいかもしれませんね」


 ジュネに淡々と言われ、アルマはその意味に気付くと、みるみるうちに顔を赤くした。

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