第15話 助けたいと

 青年は口々に強い言葉を浴びせながら、うずくまっている少年を蹴飛けとばしていた。時折混ざる少年のうめくような声に、アルマはみるみるうちに怒った表情を浮かべ、叫んだ。


「やめなさい、あなたたち!」


 その凛とした声に、青年たちはアルマの存在に気付く。

 そのうちの一人が、面倒くさそうな顔をしながらアルマへと近付いた。


「ああ、何だよお前? なんか文句でもあんのか?」


 彼のいらついたような言葉の響きに、アルマは手が震えてしまうのを感じながら、それでも立ち向かおうとする。


「あるに決まっています。どんな理由があれ、簡単に暴力を振るっていいはずがありません! それは……絶対に、いけないことです」


 力強い口調で言い切ったアルマに、もう二人の青年も近寄ってくる。

 怖い――そう思いながらも、アルマは彼等と対峙たいじし続ける。


(……アルマ様)


 耳元でささやかれ、アルマは驚いたように目を見開き、後ろを見た。


(ジュ、ジュネくん)


 立っていたジュネは、いつものように薄い表情でありながら、心配そうで、呆れているようで、それでいて……少し嬉しそうなのが、アルマには余すところなく伝わってきた。

 アルマがその感情の理由を考える間もなく、ジュネはまた口を開く。


(貴女の言葉は尊いですが、力の面において彼等に敵わないということも理解するべきだと思います)

(でっ、でも……!)

(それでも、助けたいと思ったのでしょう? ……だとしたら、僕を頼ればいいのですよ)

(ジュネくんを、ですか?)

(ええ……少し下がっていてください)


 アルマはこくりと頷くと、いそいそと後退する。

 そうして、ジュネは三人の青年の前に立った。

 先程アルマと話していた青年が、ジュネを小馬鹿にしたようにわらう。


「こそこそ喋ってたと思ったら、お前がやんのか? 痩せぎすに何ができんだよ」

「……魔法の才は、体格に比例しませんよ?」


 ジュネは薄く笑うと、右手を掲げ小声で魔法を唱える。

 唱え終わった瞬間――ジュネと青年たちの間にあった地面が、大きな音を立てて強くえぐれた。


「…………ッ!?」


 深いくぼみとなった地面を、青年たちは冷や汗をきながら見つめている。

 ジュネは彼等を見据えながら、冷えた声音で言う。


「……さて、次は貴方たちの身体を抉るとしましょうか?」


 青年たちは青ざめた顔でジュネを見ると、汚い言葉でののしりながら逃げていく。

 そんな一部始終を、アルマは呆然ぼうぜんとしながら眺めていた。

 振り向いたジュネに、アルマは口を開く。


「ジュ、ジュネくん、めちゃめちゃ強いじゃないですか!? 地面にぽっかり大きな穴を空けられるなんて、すごすぎですよー!」


 アルマの賞賛の言葉に、ジュネはくすぐったそうにしながら、首を横に振る。


「違いますよ、アルマ様……僕、こういう類の攻撃魔法は苦手なのです」

「ええっ、でも今使えていたじゃないですか!」

「そう思うでしょう……?」


 ジュネは悪戯いたずらっぽく口角を上げてから、「〈解除〉」と唱える。

 その瞬間、地面は大きな窪みなど初めからなかったかのように、元の平らさを取り戻した。アルマは目を丸くする。


「えええええ!? ど、どういうことですか、ジュネくん!?」

「わからないのですか? 幻視の魔法ですよ……幻聴の魔法も併用しましたが」

「……あっ、あああ、そういうことですか! わたしたち、幻を見せられていたんですね、今!」

「そうなのです。こういった精神操作の魔法は、そもそも使える者が少ないので認知度が低いのですよ……それを逆手に取りました」

「うわあああ、すごいです! かっこいいですね、ジュネくん!」


 屈託くったくなく笑うアルマに、ジュネは淡く照れたような表情を浮かべる。

 それからアルマは、地面の上に座り込んでいる少年へと歩み寄った。


「あの、大丈夫ですか?」


 アルマの言葉に、少年は座ったままゆっくりと顔を上げる。

 歳の頃は十四歳ほどだろうか。森林を想わせる濃い緑色の髪と、広がる青空を溶かしたようなつり目が印象的だ。背中からは淡い茶色の翼が生えており、彼が魔族だということを余すところなく感じさせる。

 彼の頬には切れてしまったような傷があり、そこから血が少し垂れていた。アルマはそれに気付くと、おろおろとした表情を浮かべる。


「ひゃあー、怪我してるじゃないですか!」


 少年は目を伏せると、口を開いた。


「……別に気にしないでいいよ。あんたが心配することでもないでしょ」


 まだ声変わりする前なのか、少年の声は高めだった。

 アルマはぶんぶんと首を横に振りながら、「そんなこと言われても心配ですよー!」と口にする。


「確か怪我したときには、何か冷やすもの……あっ、ありました! ちょっと待っていてくださいね!」


 アルマは駆け出して、ジュネと少年が残される。

 自分からは何も話そうとしない少年と、人見知りを発動して会話ができないジュネの間に、少しの間気まずい空気が漂った。


 やがて、息を切らしたアルマが戻ってくる。彼女の両手に握られているのは、食べかけの二つのアイスクリームだった。

 アルマは少年に向けて、ずいとアイスクリームを差し出す。


「さあ、こちらで冷やしてください! なにとぞ!」

「…………いや、お菓子はそういう用途に向かないと思うんだけど」


 冷静な少年の言葉に、アルマは一瞬静止してから、「た、確かにですよー!」と叫ぶ。

 それから彼女は、ごくりとつばを飲んだ。


「そうしたら……どんどん溶けちゃいそうなので、さっさと食べるとしましょう。どうぞです、ジュネくん」

「ああ、ありがとうございます、アルマ様……」


 アルマは、牛乳味のアイスをジュネに手渡す。

 それから二人は、もぐもぐとアイスを食べ始める。


「いやはや、何とも美味しいですねー……」

「そうですね。心が洗われていくようです……」


 うっとりとアイスを食す二人に、少年がこらえ切れなくなったかのように口を開いた。


「えっ……この流れでおやつタイムになるの、あんたら!? 衝撃的なんだけど!」

「「だってアイスが溶けちゃいますし……」」


 ハモった二人に、少年は何度か瞬きしてから、くすっと笑う。


「……面白いね。オレ、あんたらのこと結構好きかも」


 そうして少年は、ようやく立ち上がった。

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