第12話 執事ジュネ
「アルマ様、アルマ様……」
誰かに呼ばれている気がして、アルマはゆっくりと目を開く。
そこに広がっていたのは――朝を迎えた新しい自室と、執事服に身を包んだ雪を想わせる白い肌の少年だった。
歳の頃はアルマと同じくらいに見える。柔らかそうな銀色のショートヘアと、眠たげな深い灰色の瞳。何より目を引くのは、頭から生えている
少ししてはっとした表情を浮かべてから、アルマは慌てたように言う。
「すっ、すみません、まじまじ見ちゃって! その……すごく、かっこいいと思って」
アルマの言葉に、少年は無表情のまま微かに首を傾げる。
「角がですか……? 別にこちらの地方では、特段珍しくもありませんよ」
「えええ、そうなんですか! ……あっ、すみません、自己紹介が遅れてしまいました! アルマ=シークレフィアと申します! なにとぞ、なにとぞー!」
頭を下げたアルマに、少年も
「こちらこそ、よろしくお願いいたします……僕は、ジュネ=スクラディルと申します」
「ジュネさん……あっ、あああ、あの方ですか!」
昨晩のフィティリナとミスフィーズとの会話を思い出し、アルマは少年――ジュネを、人差し指でさした。ジュネは目を細める。
「…………? どの方でしょう?」
「ああ、いえ、こちらの話です! お気になさらずですよー!」
親指を立てつつそう答えながら、アルマはジュネの姿をじっと見つめた。
(これが、謎に包まれている存在のジュネさんですか……! 確かに、何を考えているかよくわかりませんよー!)
アルマの熱烈な視線を意に介した様子もなく、ジュネは再び口を開く。
「僕は執事としてはまだまだ未熟者ですが、今後のアルマ様の生活の助けになれればと思っていますので、何でも申し付けください。朝ご飯ができておりますので、二階の食堂までお越しくださいね。それでは……」
そう言い残して、ジュネは立ち去ろうとする。
ふと、アルマは彼の耳にピアスが付けられていることに気付く。銀色のそれは一見するとただのリングのようだったが、アルマはあることに気付き、真ん丸の目を見開いた。
「ま、待ってくださいジュネさん!」
アルマの言葉に、ジュネは立ち止まると振り返った。
「…………? どうかなさいましたか?」
淡く
「ジュネさんがしているピアス……一般の方にはわからないかもしれませんが、わたしにはわかります! それ、ドーナツがモチーフのピアスですよね!?」
それを聞くと、ジュネは眠たげな目を大きく見張った。
「…………!? な、何故それを!?」
「ふっふっふ、侮らないでください! 一見リングの形に見えますが、少しばかり歪な形、確かな厚み、極め付けに刻まれた微かな模様――これらの情報を組み合わせれば、何らかのソースがかかったドーナツだということが、スイーツ好きのわたしには
人差し指を立てながら語るアルマに、ジュネはすたすたと歩み寄る。
それから彼女の右手を、両手でがしっと掴んだ。
「ひゃっ、ひゃあー!」
驚いて声を上げるアルマに、ジュネは眠たげな目を煌めかせる。
「そうなのです……! ここから幾らか離れたラテレンティという町に、『ルタリリーア』という超有名ドーナツ店があるのですが、その店が数ヶ月ほど前に五種類の限定ドーナツを販売し、このピアスはその全種類を買った者の中から十名限定にプレゼントされる、とてもレアなものなのです……! ルタリリーアの一番人気『チョコ掛け生クリームインドーナツ』をモチーフとしており、耳に付けているだけでその味を思い出してしまう、何とも罪深い魅力に満ちたピアスなのです……!」
(さ、先程までのクールミステリアスがどこに行ったんだってくらい語ってますよー! と、というか……)
アルマはジュネにがっちり掴まれている右手に目をやると、恥ずかしそうに俯く。
そんなアルマの様子に、ジュネは我に返ったような表情を見せ、すぐにアルマから手を離す。
「た、大変失礼致しました……! 実は僕……スイーツが好きすぎて、スイーツのことになると我を忘れてしまうのです」
申し訳なさそうに目を伏せるジュネに、アルマはぱちぱちと瞬きを繰り返してから、堪え切れなくなったように吹き出した。
「ぷっ……あはは、あははははっ!」
お腹を抱えて笑うアルマに、ジュネは「ど、どうして笑うのですか……」としゅんとする。
「いや、その、すみません……だってジュネさんが、想像していたよりずっと面白い人だったんですもん」
「面白い……? はは、何をおっしゃっているのやら。僕の面白さなんて、焦げたクッキーにも負けますよ」
「あははっ、その返しも面白いですよー! いやはや、何だか安心しちゃいました」
アルマは笑いすぎて目に
「実はわたし、前のお城にいたときも、親友みたいなメイドさんがいたんです。だからよければ……ジュネさんとも、そんな感じになりたいんです! なので、その、よければわたしと、お友達になってくれませんか?」
その言葉に、ジュネは少しだけ目を見張ってから、ほのかに笑った。
「……僕でよければ、喜んで」
「やったー、嬉しいですよー! ねえねえ、そうしたら、一緒に食堂まで行きましょうよー! わたし、この地方の有名なスイーツ店について知りたいです!」
「ええ、
アルマとジュネは会話に花を咲かせながら、部屋を出て食堂に向かう。
――そんな二人の後ろ姿を、偶然近くを通り掛かったティルゼレアは、驚いた様子で見つめていた。
「にいさま、にいさま」
後ろから声がして、ティルゼレアはばっと振り返る。そこには、妹のフィティリナが立っていた。
「お、驚かせるな、フィティリナ!」
「別に驚かせたつもりはありませんわ。それより、衝撃的でしたわね……ねえさまは、あのジュネと一瞬で仲良くなりましたわ」
「ああ、衝撃だった。あのジュネと、一体何の話をしているんだろうな……」
「気になるなら、にいさまもねえさまに話し掛ければいいと思いますわよ? ねえさま、とってもいい人でしたわ」
少し責めるような語調で言うフィティリナに、ティルゼレアは目を逸らす。
「……俺はそう簡単に、雪桜の民を認められない」
「そうなんですの? 全く、にいさまは強情ですわね」
呆れた目をするフィティリナに、ティルゼレアは「何とでも言え」と腕を組んだ。
「まあ、気が変わったら、いつでもフィティにご相談くださいまし! この恋愛マスター、フィティリナ=タシェラートにね!」
「れ、恋愛マスター……!? まだ十歳なのに、もうそんなに恋愛経験を重ねたのか!?」
目を丸くするティルゼレアに、フィティは可愛らしく胸を張ってみせる。
「恋愛経験は皆無ですが、今まで読んできた恋愛小説は数知れず! でしてよ!」
その言葉に、ティルゼレアの目が段々と憐れみを帯びていく。
それに気付いたフィティリナは、頬を膨らませるとティルゼレアをぽかぽか叩いた。
「おい、フィティリナ、地味に痛いんだが!」
「全く、ひどいですわ! 恋愛経験がなくて恋愛小説も読まないにいさまよりはマシですもの!」
「うぐっ! 身体も痛いし心も痛い!」
それから数分の間、ティルゼレアはフィティリナによる攻撃を受け続けた――
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