第13話 ジュネに相談

「ティルゼレア様と仲良くなりたい……ですか?」


 朝食を食べ、歯磨きと着替えを済ませたアルマは、自室にてジュネに悩みを打ち明けていた。

 ジュネの言葉に、アルマは大きく頷いてから、困ったような表情を浮かべる。


「そうなんです! わたしもここに来てから知ったんですが、ティルゼレアさんは雪桜の民がお嫌いみたいで……」

「へえ、そうなのですか」

「あれれっ、ジュネくんも知らなかったんですか?」

「そうですね。僕はスイーツ以外のことに対する興味が薄いので……」

「な、なんか解釈一致ですよー!」


 頷いたアルマの側で、ジュネは顎の辺りに手を添える。


「となると、大変ですね。アルマ様が雪桜の民というのは、特に変えられることでもありませんし……」

「そうなんですよー……ですが、わたしは思うんです! たとえ種族が異なるからといって、人と人が仲良くなれないはずがありません! なので、頑張って距離を縮めていきたいところなんですが、ジュネくんは何かいいアイデアがあったりしませんか?」


 アルマの問いに、ジュネは考える素振りを見せてから、そっと口を開いた。


「まず、僕には悲しいことにアルマ様以外に友人がいないので、このアドバイスも役に立つかはわかりませんが……」

「えええ、そうだったんですか!? こんなに面白いのに!?」

「ですから僕の面白さは、溶けたチョコレートにも負けるのですって」

「さっきとは違うバージョンが来ましたよー!」


 アルマの言葉に、ジュネはくすりと笑ってから、「それはさておき……」と言う。


「自分がされて嫌なことは他者にもしてはならない、という定説があるでしょう?」

「うんうん、あります! 大事ですよね、すっごく!」

「そうなのです……となれば、自分がされて嬉しいことを他者へとするのは、とても重要なのではないでしょうか。すなわち」


 ジュネはそこで一拍置くと、アルマを真っ直ぐに見据えた。



「ある方と仲良くなりたいのなら、自分がかつて仲のいい方にして貰って嬉しかったことを、その方にもしてあげればいいのだと思います。……あくまで、僕の意見ですが」



 ジュネの真剣な言葉を、アルマは心の内で繰り返す。


(わたしが、かつて仲のいい方にして貰って嬉しかったこと……)


「仲のいい方」ですぐに思い出したのは、幼馴染おさななじみでありメイドだったセレン=ルルエンスの姿だ。

 ずっと一緒にいたセレンが少し遠い存在となってしまったことを思い出し、アルマの心は微かにきしんだ。それを振り払うように、セレンとの数々の記憶に浸る。


 ――そうして思い出したのは、アルマが十七歳になった日のこと。


 部屋に差し込む朝の光で目を覚ましたアルマの側には、既にセレンが立っていて。セレンは少し恥ずかしそうに俯きながら、アルマに向けてお誕生日おめでとうと言う。目を擦りながら嬉しそうに笑うアルマに、セレンは一つの箱を差し出す。開けてみてよと言われ、アルマは頷いてそっとふたを外す。そこには、アルマが昔から大好きなお店のマカロンが入っている。驚いたように目を輝かせるアルマに、セレンは照れたようにそっぽを向きながら、これからもよろしくねと告げる――


(ああ、あのときわたしは本当に嬉しくて、幸せで……)


 アルマの赤紫色の瞳に、優しい感情が灯る。

 それから彼女は、ジュネへと笑いかけた。


「ジュネくん、素敵なアドバイスをありがとうございます!」

「いえ、お気になさらず……何か思い付いたのですか?」


 ジュネの問いに、アルマは「はいっ!」と力強く返答する。


「わたし、前にちょっと話した親友みたいなメイドさんに、お誕生日プレゼントとお祝いの言葉を貰ったことがあって。それが、とても嬉しかったんです。だから、決めました……わたしはティルゼレアさんに、仲良くなりたいという自分の真っ直ぐな気持ちを伝えて、結婚を記念した贈り物を渡したいと思うんです! どうでしょうか、ジュネくん?」


 ジュネはこくりと頷くと、淡く笑った。


「いいのではないでしょうか……とても、素敵なアイデアだと思いますよ」

「わあ、よかったです! よーし、それでは早速、贈り物を何にするか考えたいと思いますよー!」

「ああ、でしたら……近くの町に出掛けてみるのはいかがでしょう?」

「町、ですか?」

「そうです……あの辺りには色々な店がありますから、贈り物を見繕みつくろうのに適していると思います。さらに、住民の方からティルゼレア様への印象を聞けば、参考になるかもしれません……アルマ様も、ずっと城にいるのだとお暇ではありませんか?」

「確かにですよー! ではでは早速お出掛けしましょう、ジュネくん!」


 意気揚々と歩き出そうとするアルマに、ジュネは「お待ちください……」と声を掛ける。


「あれっ? どうかしましたか、ジュネくん?」

「結婚の話は、まだほとんどの民には知らされておりません……なので、そのままの姿ですと、目立ってしまうと思われます」

「ええと、このドレスを着たままだと、ってことですか?」

「それもありますが……身体の構造という面においても、です」


 ジュネの言葉を反芻はんすうして、アルマは理解したように手を合わせた。


「ああー、確かに、魔族の方って雪桜の民とはちょっと違った見た目ですもんね! 耳が尖っていたり、角が生えていたり!」

「そうなのです……ですので、アルマ様に魔法を掛けてもよろしいですか?」

「ええっ! い、いいですけれど、それってどれくらい痛いやつですか!?」


 若干怯えた表情を浮かべるアルマに、ジュネは「全く痛くありませんので、ご安心ください……」とほのかに笑う。

 それから眠たげな目を細めて、口を開いた。


「〈どうか夢見のような惑いを――幻視げんしの魔〉」


 ぎゅっと目を閉じているアルマを、青白い光の粒が包み込む。


「……できましたよ、アルマ様」


 ジュネの言葉に、アルマは緊張した面持ちを浮かべて、ゆっくりと目を開けた。

 彼女は自分の手や身体を見下ろした後で、不思議そうに首を傾げる。


「な、何か変わったんですかね!? 全くもってわかりませんよー!」

「でしたら、鏡を見てみるといいですよ……」


 アルマは「わかりましたよー!」と返し、部屋に置かれているドレッサーに近付く。鏡へと自分の姿を映し、そうして驚いたように目を見張った。


 アルマの元あった耳はどこかへ消え去り、代わりに頭から猫のような耳が生えている。髪と同じ灰桃色をしたそれは、ふわふわと柔らかそうな毛並みだ。

 後ろ姿を確認すれば、ドレスに覆われたお尻の辺りから一本の長い尻尾しっぽが生えている。アルマの動きに合わせるように、楽しげに揺れた。


「えっ……えええ、ええ!? わたし、猫っぽくなっていますよー!?」


 鏡に釘付けのアルマへと、ジュネが「幻視の魔法ですよ」と説明する。


「元のアルマ様の姿は何も変わっていませんが、誰の目からも違う姿に見えるようにする魔法です。僕はこういう類の魔法が得意なので……」

「へええええ、すごいですよー! この魔法、普段はどんな風に使っているんですか?」


 首を傾げたアルマに、ジュネはテーブルの方に視線をやる。

 それから再び、先程と同じ呪文を唱えた。


「〈どうか夢見のような惑いを――幻視の魔〉」


 するとアルマの視界に、突如としてテーブルの上に現れた豪華なケーキが飛び込んでくる。一メートルほどの高さがあり、何層にもわたって生クリームと苺が飾り付けられている。小さな雪山のようなケーキに、アルマは目をきらめかせた。


「や、やばいくらい美味しそうなケーキが登場しましたよー! えええ、もしかして、ジュネくんからのサプライズプレゼントですか!?」

「どうして今の流れでその発想になるのですか……これも、幻視の魔法ですよ」

「……つまり、このケーキは幻、ということですか?」

勿論もちろんです……」

「ガ、ガガガガーン!」


 その場にくずおれたアルマに、ジュネはうっすらと笑う。


「これは以前雑誌で見たケーキなのですが……流石に高価すぎて手が出なかったですし、一人で食べ切れる気もしませんでしたので、時折幻として発生させて視覚的に楽しんでいるという訳です」

「……ジュネくんって、変わってるって言われませんか?」

「失敬な……僕は至って普通の人間ですよ」


 真顔で言うジュネに、アルマは「普通の人は巨大ケーキの幻を眺める趣味とかないと思いますよー!」とツッコみをいれた。

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