第11話 アルマの決意

 飾られた美しい絵画と豪奢ごうしゃなシャンデリアが印象的な、城の食堂にて。

 アルマ、フィティリナ、ミスフィーズの三人は、四人掛けのテーブルに座って、豪華な食事を食べていた。ティルゼレアの分も用意されていたが、勉強が忙しいため後で食べるとのことで、彼の姿はない。それが建前の理由だということを、アルマは何となく察していた。


「……そういえば、お義母様かあさま


 アルマはナイフとフォークを動かす手を止めて、向かい側に腰掛けているミスフィーズと目を合わせる。


「ん、どうした? アルマ」


 少し寂しそうな表情を浮かべながら、アルマは問いを口にした。


「その……ティルゼレアさんが、どうして雪桜の民のことを嫌っているのか、ご存知ですか?」


 その言葉に、ミスフィーズは目を丸くする。


「え……あいつ、そうなのか?」

「あれっ?」


 てっきりミスフィーズはその事実を知っているものだと思い込んでいたので、アルマはぱちぱちと瞬きしてしまう。

 二人の会話を聞いていたフィティリナが、丸っこい野菜をフォークで刺そうとしながら、口を挟んだ。


「かあさま、やっぱり知らなかったのですか? にいさまの雪桜の民に対する苦手意識、すごいですわよ?」

「えっ……いや、わたくしの前では全くそんな素振りなどなかったし……結婚の話を持ち掛けたときも普通に頷いてくれて……」

「にいさまは、かあさまに心配を掛けたくなかったのだと思いますわ。ですからフィティは、果たしてこの結婚大丈夫かしら……とこっそり心配していたんですの」


 野菜をフォークで刺すことに成功したフィティリナは、ぱくっとそれを食べる。ミスフィーズは困ったように頭を抱えた。


「なっ、何で教えてくれなかったんだ、フィティ!」

「えーだって、フィティは雪桜の民激推しですもの! 出会えるチャンスをみすみす逃す訳にはいきませんわよ! そのために、今日学校もサボりましたし!」

「同じように育てたはずなのに、何故兄妹でこんなに極端な差が生まれているんだ!? あと学校にはちゃんと行きなさい!」


 ミスフィーズは愕然がくぜんとし、それから恐る恐る、食事を再開していたアルマの方を見る。


「ア、アルマ。うちのレアが、何か貴女に失礼なことをしたりしなかったか……?」

「いえいえ、全然大丈夫ですよー! 余り話し掛けないでくれって言われたくらいですから、ご安心なさってください!」

「いや既にだいぶ失礼なことしてるな! 全く安心できないぞ!」


 はあああ、とミスフィーズは大きな溜め息をつく。


「どうしたものか……わたくしからレアに注意しておくべきかな……」

「うーん、それは悪手だと思いますわ。母親に言われたって、すぐに気持ちが変わるとは思えません。にいさまはもう十八歳ですもの」

「まあ、それもそうだな」

「そうですわ。なのでフィティが、にいさまに『ひめあい』を布教するしかありませんわ!」

「すっ、すごい解決策が提示されましたよー!」

「ちなみにもう二十回ほど断られているので、多分今回もだめだと思いますわ!」

「逆に二十回もチャレンジした気概きがいを見習いたいです、わたし!」


 アルマの言葉に、フィティリナはにこにことしながら、「ねえさまの反応、面白くて好きですわ」と言う。

 アルマはスプーンですくったスープに口を付けてから、微笑んだ。


「まあ、婚約者さんには距離を置かれてしまっていますが、お義母様もフィティも優しくしてくださって、すっごく嬉しいです! ……あれ、そういえば、お義父様とうさまはどこに?」


 その問いに、ミスフィーズはほのかに表情を曇らせた。


「ああ、すまない、話し忘れていたな。わたくしの夫は、八年前に病気で亡くなっているんだ」

「あ……そうだったんですか。そうとは知らず、すみません」

「いや、気にしないでくれ。疑問に思うのも当然だからな」


 申し訳なさそうにしているアルマに、ミスフィーズは「それはそうと」と話題を変える。


「貴女には明日から、一人執事をつけることにした。色々わからないことも多いだろうから、彼に何でも相談するといい」

「しっ、執事さん……! 前住んでいたところはメイドさんが多かったので、何だか新鮮ですよー!」


 ミスフィーズの言葉に、アルマは驚いた様子を見せる。フィティリナはミスフィーズに向けて、「どの執事ですの?」と首を傾げた。


「ジュネだよ。ジュネ=スクラディル」

「ああー、ジュネですのね……」


 遠い目をしたフィティリナに、アルマはどきどきしながら口を開く。


「どういう反応ですか、それは!? も、もしかしてジュネさんも、雪桜の民がお嫌いだったりするんですか……!?」

「それすらわからない、というのが本音ですわ。二年前ほど前からジュネのことは知っていますが、フィティ、あの人と全然仲良くなれませんの……!」

「ほほう、なるほどです! ちなみに何故ですか?」

「うーん、何ででしょうね? 一つわかるのは、ジュネはとにかく謎に包まれている存在ということですわ。城の方々と仲良く喋っているところを見たこともないですし、クールでミステリアスな人でしてよ」

「ひゃあー、すっごい不安ですよー!」


 冷や汗をかき始めたアルマに、ミスフィーズが「まあ、仕事はしっかりしてくれる人だよ」と笑う。


「いやはや、どきどきです……」

「はは、そんなに身構えなくて平気さ。食後にはスイーツもあるから、それを食べて緊張をほぐしてくれ」

「うわーい! むしゃむしゃがつがつ」

「ねえさまの食べるスピードが急に上昇しましたわ!」


 フィティリナの言葉に、アルマは食事を口いっぱいに頬張りながら、楽しげに微笑った。


 ◇


 夜も更けてきた頃。

 自室にて『ひめあい』の二巻を読み終えたアルマは、疲れた目を擦りながら呟いた。


「ううう……今巻は切ない展開でしたよー……でもハッピーエンドでよかったです」


 物語の余韻よいんに浸ったあとでふと時計を見れば、もうすぐ日付が変わろうとする時刻だった。


「はっ、いけません! 眠らなくては!」


 アルマはベッドから起き上がり、部屋の明かりを消す。ゆっくりとベッドに戻り、ふかふかの掛け布団を身体の上に重ねた。

 日中に眠ったとはいえ、遠くの地方に来たことや初めて会う人と会話を交わしたことで蓄積された疲労が、アルマの意識を少しずつ薄めてゆく。


(それにしても、お義母様もフィティもよくしてくれて、本当によかったです……)


 二人の姿を思い出し、アルマの口角は無意識のうちに上がってゆく。


(ああ、でも……ティルゼレアさんとは、全然お話しできなかったなあ……)


 アルマはその事実を思い出し、少しだけ目を開いた。

 夜の暗さが思考に入り混じっていくように、ほのかな悲しみがアルマの心を包んでゆく。アルマはぎゅっと、布団の端を握った。


(……そうだ。わたしは、雪桜の民と魔族の関係を改善させたいと、そう思っていたんでした)


 マキアとセレンに語った言葉、そして二人の優しい笑顔を思い出し、アルマの胸中に勇気の火種が灯る。


(よく思われないことなんて、これから沢山あるはずです。でもそれはきっと、しょうがないことです)

(大丈夫です。……しっかりと向き合えば、きっと誰とでも素敵な関係を築けるはずだから)


 アルマは再び、そっと目を閉じる。



(決めました。これからのわたしの第一歩として……まずは、ティルゼレアさんと仲良くなります!)



 強い意思を携えながら、アルマは穏やかな呼吸を繰り返す。

 気付けば彼女の意識は、夢の世界へと誘われていった。

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