第9話 義妹フィティリナ

 そこに立っていたのは――とがった耳をした、まだ十歳ほどの若い少女だった。

 さらさらとした藍色のストレートロングヘアは、腰の辺りまで伸ばされている。大きくくりっとした瞳は、ミスフィーズと同じ蜜柑色だ。ワインレッドのカチューシャを付けており、その近くから出ているはね毛が可愛らしい。


 アルマは驚いたように、来訪した少女の姿を見つめていた。

 すると突然――少女は、アルマに飛び付いた。


「えっ……ええ、ええっ!?」


 状況がつかめず困惑の声を漏らすアルマに、少女は抱きついたまま、顔を上げてにこっと笑う。


「ねえさまー! こんにちはですわ、ねえさま!」

「ねっ……ねえさま? わたしのことですか? ま、まさか……生き別れの妹ですか、あなたは!?」


 驚愕きょうがくで目を見張るアルマに、少女はきょとんとした顔をしてから、可笑おかしそうに吹き出した。


「あははっ、何を言っているのですか、ねえさまは! フィティのお名前は、フィティリナ=タシェラート。にいさま――ティルゼレア=タシェラートの妹でしてよ!」


 その言葉を、アルマは少しの間心の中で反芻はんすうする。


「…………。……ああっ、そういうことですか! 義妹ぎまいさんですか、もしかして!」

「そうですわー! ねえさま、ぎゅー!」

「なっ、何故か義妹さんからの好感度がカンストしていますよー! わたし何かしましたっけ!」

「もう、義妹さんなんて他人行儀な呼び方はやめてくださいまし! フィティでいいですわ」

「わっ、わかりました、ええと……フィティ!」

「きゃー! 自分から提案したのに、何だかどきどきしますわ! フィティの顔、赤くないでしょうか? ううう、恥ずかしいですわ……!」


 抱き付くのをやめて、少女――フィティリナは、両手で自身の頬を包み込む。アルマはそんな姿を見ながら、(おおお……急に可愛い義妹ができちゃいましたよ……)と心の中で呟いた。

 相手が年下なこともあり、会話を主導しなければと考え、アルマは口を開く。


「ええと、フィティはどうして、わたしのことを好いてくれているんですか? お兄様の他にきょうだいがいなくて、新しく姉ができるのが嬉しかった……とかですか?」

「ああ、それも勿論もちろんありますが、フィティはずっと雪桜の民の方にお会いしてみたかったのですわ!」

「ええっ、そうなんですか! ちなみに、理由をお聞きしても?」

「構いませんわよ! ですが、ねえさまにそれを説明するには、とある本をお見せしなければならないのですわ」

「とある本? 何だか気になりますよー、ぜひぜひ見せてください!」

「いいですわよ! 少し待っていてくださいまし、ねえさま!」


 フィティリナはそう言い残すと、部屋を飛び出て駆け出す。そんな後ろ姿を見ながら、アルマは「いやはや、元気ですね……」と呟いた。

 数分ほどして、十冊ほどの本を抱きかかえたフィティリナが戻ってくる。


「お待たせしましたわ、ねえさま!」


 フィティリナはアルマの部屋のテーブルに、丁寧に本の山を置いた。それから頂上に置かれていた一冊を手に取ると、アルマに向けて表紙を見せる。

 その本の題名を、アルマは声に出して読み上げた。



「『秘められた恋愛 〜魔族の私はそれでも、雪桜の貴方が好きです〜』……!?」



 フィティリナは、「そうなんですの!」と目を輝かせる。


「タイトルからもわかる通り、この本は魔族と雪桜の民の禁じられた恋愛を描いているのですわ! 俗に言われる『魔雪まゆき』というジャンルの作品なのですが、その中でもこの作品――通称『ひめあい』はとてもハイクオリティ! ルミ=トナティノス大先生の偉大なる筆致で紡がれる笑いあり涙ありの物語は、どの巻でも心を揺さぶられ、掴まれてしまうんですの! フィティ、この物語が存在する世界に生まれて本当によかったですわ……!」


 かつてない早口で語るフィティリナに、アルマは目を見開きながら「なっ、なんか愛がやばいくらい伝わってきますよー!」と言う。

 フィティリナは掲げていた本を、アルマにずいと押し付ける。


「フィティ、ねえさまにもぜひ『ひめあい』を読んでほしいですわ! ねえさまと『ひめあい』について語ることができたら、フィティはすごく幸せですの!」

「わ、わかりました! そうしたら、こちらの一巻をお借りしてもいいですか?」

「勿論ですわ! フィティはねえさまともっとお喋りしたくもありますが、記念すべき『ひめあい』の初読書を邪魔する訳にはいかないので、一旦失礼しますわね!」


 フィティリナはアルマに本を手渡すと、颯爽と部屋から走り去った。

 残されたアルマは、改めて本の表紙――魔族の少女(やたら顔がいい)と、雪桜の民の少年(やたら顔がいい)が並んでいる――を見つめながら、ぽつりと呟く。


「いやはや、世界は広いですね……」

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