第4話 夜の庭園にて
夜空に浮かぶ満月が、ほのかな月明かりを城の庭園に落としていた。
春という季節に相応しく、植え込みには多くの花々が咲いており、夜という時間に溶け込むような綺麗さをしている。噴水に反射している星々は、数多の小さな
そんな庭園に備え付けられているガーデンテーブルを囲むように、アルマ、マキア、セレンが椅子に腰掛けていた。セレンがつくってくれた苺のソーダに口を付けて、アルマはうっとりと息を吐く。
「うーん、すっごく美味しいです。透明と赤色のグラデーションが美しくて、見ているだけでうきうきしちゃいますねー」
「それはよかったわ。ところでマキア、貴方いつまで落ち込んでるつもりなの?」
紅茶を飲んでいるセレンに尋ねられて、テーブルに突っ伏しているマキアは「別に落ち込んでなんていないよ……」と呻くような声を発した。
「わたしも心配です。お兄様、どうしたら元気になってくれますか?」
「セレンが今から告げる最高のギャグによって、かな……」
「えっ何その無茶振り! 会話の投げ方がやばすぎるわよ、貴方!」
「わあ、セレンの最高のギャグですか!? わたし、すっごく楽しみですよー! セレンのツッコみはいつもキレッキレですから、きっとギャグも一流に違いありませんね!」
「アルマはアルマでハードルの爆上げをやめなさいよ! あああ、ええと、どうしようかな……」
セレンは数秒の間俯いてから、意を決したように顔を上げる。
そうして両手を頭の辺りに添えて、少し顔を赤くしながら口を開いた。
「ねっ、猫のものまねよ! にゃ、にゃあーん」
アルマとマキアは、顔を見合わせる。
それからアルマは、楽しそうに顔を綻ばせた。
「わあ、セレン可愛いです! 確かにセレンは猫っぽいですし、相性ばっちりですね!」
「そ、そうかしら? 褒められると嬉しいわね……」
「それで、最高のギャグはまだですか?」
「今のが私なりの最高のギャグなのよおおおおおおおお!」
頭を抱えたセレンに、アルマも「ええっ、そうだったんですか!? そうするとわたし、かなり失礼でしたよー!」と頭を抱える。
そんな二人のやり取りを見ていたマキアは、堪え切れなくなったかのように笑い出した。
「あははっ……ほんと、二人は昔から変わらないよね」
「ええっ!? そんなことありませんよー、わたしは昔よりもずっとオトナになりましたよー!」
「そんな得意げに言ってるけど、貴女はまだまだ子どもっぽいと思うわよ」
「むむー! そんなことないですもん! 例えば、胸とか結構育ちましたもん!」
「はあー!? む、胸!?」
「おや……? そう考えると、セレンの胸は昔と変わらない気がしますね」
「よーしアルマ、一旦表に出ましょうか」
「こ、ここは既に表ですよー!」
負のオーラを放つセレンから遠ざかるように、アルマはそそくさと席から立ってマキアの後ろに隠れる。くすくすと笑いながら、マキアは言う。
「そういうやり取りが変わらないよね、ってこと。二人は昔からずっと仲がよさそうで、見ていて楽しかったな。だから、これから中々見れなくなっちゃうと思うと、寂しくはある」
マキアは、
それから振り向いて、アルマと目を合わせた。
「ねえ、アルマ。一つ聞いてもいい?」
「はい、大丈夫ですよ。何でしょうか?」
マキアは切なげな微笑みを浮かべながら、問う。
「お父様とお母様から聞いた。今回の結婚は、アルマから言い出したことじゃないんだよね。無理をしてはいない? 本当は嫌だったりしたら、断っても平気だと思う。王女と王子の結婚以外にも、関係改善の道はあるだろうし」
アルマは兄の心配の言葉に、ほのかに目を見張る。
それから彼に向けて、微笑み返した。
「大丈夫ですよ。勿論、最初に話を聞いたときは驚きましたし、悩みましたが……でもそれよりずっと、わくわくしているんです、わたし。今まで存在しか知らなかった魔族の方々と出会える喜びだったり、わたしの頑張りで雪桜の民と魔族の関係が改善するかもしれない期待だったり。……心配してくれてありがとうございます、お兄様。けれど本当に、大丈夫なんですよ!」
アルマの言葉を聞いて、マキアは微かに口角を上げてから、しっかりと頷いた。
「それならよかった。ぼくは、きみならきっとうまくやれると思うよ。優しいし、面白いし、何より……大事なときに、丁寧に言葉を紡げる人だから」
「はい。ありがとうございます、お兄様!」
二人の会話を聞いていたセレンは、うんうんと頷く。
「何だかあったかい気持ちになったわ。癖は強いけど、いい兄妹ね」
「それに、アルマに何かあったら、ぼくが魔族を滅ぼしに行くから安心してね」
「ちょっとマキア! 私のあったかい気持ち返せ!」
「ほ、滅ぼしちゃだめですよー!」
庭園に、三人の笑い声が響く。
そんな楽しげな様子を見守るように、満月は空高く昇っていた。
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