第3話 王の言葉

 シルヴェークス城は、美しくはかなげな橙色をした夕空に包まれていた。

 城の者たちは、大広間に集められていた。話し声でざわざわとしている中で、アルマはセレンの隣で大きな欠伸あくびをする。セレンはじとっとした目でアルマを見た。


「アルマ、緊張感とかないの? 今から貴女に関するすごい話があるのに」

「ふわああ……だって昨日の夜、中々寝付けなかったんですもん」

「昨夜? あれ、でも結婚の話を聞いたのは今朝だったわよね? 昨日何かあったっけ」

「実はですね、『美味しいケーキの種類ランキング』を考えていたら、全然寝付けず……」

「ちょっと、睡眠時間削って何してるのよ!」


「まず一位を決めるのに難航したんですよね。生クリームとスポンジの相性抜群、頂上に乗った苺が美しすぎるショートケーキ。甘さの中にほのかなビターさが感じられる、少し大人なチョコレートケーキ。チーズクリームの濃厚な味わいが楽しめる、皆大好きチーズケーキ。うう、どれも魅力的で選ぶなんてできません……!」

「で、結局どのケーキが一位になったの?」

「二時間考えても結論が出なかったので、寝ました」

「ええっ!? じゃあ、二位とか三位とかは決まったの?」

「あはは、何を言っているんですかセレン! 一位が決まってないのに、その下が決まる訳ないじゃないですかー!」

「二時間掛けて何も生産できなかったのに、何でそんな上から目線なのよ!」


 呆れたように言うセレンに、アルマは「えへへー」と笑う。

 そんな二人の元に、一人の青年が近付いた。


「やあ。アルマ、セレン」


 聞き慣れた声に、アルマとセレンはばっと顔を上げる。

 後ろで結わかれた燃えるような赤色の癖毛と、アルマと同じ色合いをした赤紫色の瞳。すらりとしていて背が高く、優しげな微笑をたたえている。

 アルマの二歳年上の兄である、雪桜の民の王子――マキア=シークレフィアが立っていた。


「あら、お疲れ様。マキア」

「そちらこそいつもお疲れ様、セレン」

「お兄様、おはようございますー!」

「もう夕方だからその挨拶あいさつは怪しい気がするけど、おはよう。アルマ」


「そういえばお兄様は、一番美味しいケーキは何だと思いますか?」

「一番美味しいケーキ? そうだな……昔アルマがつくってくれたカップケーキかな」

「ええっ、本当ですか!? あのカップケーキ、加熱に失敗して真っ黒焦げだった気がしますけれど!」

「何とも斬新ざんしんな味わいだったね。センスあるよ、アルマ」

「ないわよ」


 半眼で言うセレンの隣で、アルマは「やっほいやっほいですー」と嬉しそうに謎のダンスを踊り出す。


「おお、何とも斬新な振り付けのダンスだね。センスあるよ、アルマ」

「ないわよ」

「さあ、お兄様も一緒に『やっほいダンス』を踊りましょう!」

「うん、わかった。こんな感じかな? やっほいやっほい」

「おおっ、完璧ですよお兄様ー! 流石ですよー!」

「こんな二人が王族で大丈夫なのかしら、この国の未来……」


 どこか遠くを見ながら呟くセレンの横で、アルマとマキアは謎のダンスに興じた。

 少しして、セレンが目を見張る。


「あっ、アルマ、マキア! 王様と王妃様が来たみたいよ」

「おっ、本当ですかー?」


 アルマがセレンの指し示す方向を見ると、言葉通り父親――ディンと、母親――レミーの姿がある。

 マキアはそっとあごに手を添えた。


「それにしても、お父様とお母様から大事な話、ね。一体何の話なんだろうね?」

「……ん?」


 マキアの言葉に、セレンは不思議そうな顔をしてから、みるみるうちに表情を曇らせる。

 彼女はアルマの肩を叩くと、ひそひそと話し始める。


(ねえ、アルマ。マキアは貴女の結婚の話、知らないの?)

(ああ、本当は事前に話しておきたかったそうなんですが、お兄様は一昨日おとといからお仕事で遠くの町に出掛けていて。さっき帰ってきたみたいなので、タイミングが合わなかったんですよね)

(そ、それまずくない?)

(え、まずいって何がですか? わ、わたしのカップケーキがですか!?)

(違うわよ! そのほら、マキアは妹の貴女を溺愛できあいしてるから、いきなり結婚だなんて知ったら……)

(知ったら……?)

(……灰になって、自然に還るかもしれないわね)

(お、お兄様ー!)


 アルマは、両手を口に添えて目を見開いた。

 内緒話をしている二人を、マキアは不思議そうに眺める。


「二人とも、何の話? そろそろ話が始まると思うから、静かにね」

「「はーい……」」


 どうかお兄様が灰になりませんように――そう思いながら、アルマはセレンと共に返事をした。

 王ディンと王妃レミーの存在に、段々と城の者も気付き、大広間は静寂に近付いてゆく。

 会話がすっかり止んだ頃、ディンが話し始めた。


「……皆の衆。忙しいところ来ていただき、ありがとう。本日は、王女アルマ=シークレフィアに関する大切な話を伝えるために、集まっていただいた。アルマ、前に出てきてくれるか?」

「はっ、はい!」


 アルマは緊張した面持ちで、ディンとレミーの側に駆け寄る。振り向くと、城の者たちの視線が自分に集中していることに気付き、ごくりと唾を飲んだ。

 再び、ディンが口を開く。


「アルマの話をする前に、その前提となる話から始めようと思う。……この国ファルザシスには、我々『雪桜の民』の他にもう一つの種族が暮らしている。ご存知の通り、『魔族』だ」


 魔族――その言葉を聞いたとき、人々の表情がそれぞれ微かな歪みを帯びたのを、アルマは目にした。その光景に、彼女の胸は少し痛む。


「雪桜の民と魔族には、長い間交流がなかった。我々はシルヴェークス地方に住み、彼等はレモナゼル地方に住んでいる。同じファルザシスの民であるにも関わらず、だ」


 はっきりとした語気で、ディンは言い切る。


「近年、他の国々での動乱や戦争が目立っている。ファルザシスは今でこそ平和を保っているが、未来に何が起こるかはわからない。他国の侵略といったき目に遭った際に、今のような分断が続いていれば、瞬く間に蹂躙じゅうりんされてしまうだろう」


 ディンの話を聞きながら、アルマは自身のドレスにきゅっと爪を立てる。彼女はこの国の王女として、そして一人の人間として――ファルザシスを、愛していた。そんなファルザシスが壊れてしまうことを、アルマは心の深い部分で恐れている。


「そうした未来をうれう気持ちは、魔族の女王――ミスフィーズ=タシェラートも同じだった。私は彼女との協議を交わし、雪桜の民と魔族の交流を回復する運びとなった。そして、その証として――」


 ディンはちらりと、アルマの姿を見る。

 それに気付いたアルマは、彼と視線を合わせた。大丈夫ですよ――そう告げるかのように、アルマは優しく微笑んで頷きを返す。ディンもまた頷いて、人々の姿を見た。



「――雪桜の民の王女・アルマ=シークレフィアは、魔族の王子・ティルゼレア=タシェラートと、結婚することとなった」



 その言葉を聞いたとき、城の者たちは確かな驚きの声を漏らし、


「ええっ……う、うっ、嘘でしょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 兄のマキアは普段の冷静さの欠片もない叫び声を上げ、隣にいたセレンに「ちょっとうるさいわよマキア!」と小突かれることになった。

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