第2話 セレンとのひととき
窓から暖かな陽光が差し込む、穏やかな昼下がり。
アルマは自室の椅子に座りながら、テーブルの上のお皿に置かれたジャムクッキーを一つ手に取る。薄い茶色に焼き上げられたクッキー生地に囲まれるように、とろりとした苺のジャムがきらきらと輝いている。さくっと一口
「んー、美味しいです! 流石セレン、相変わらずの腕前ですよー!」
「そう言って貰えて何よりだわ」
微笑んだのは、アルマの側に立つ小柄なメイドの少女――セレン=ルルエンスだ。
肩ほどまで伸ばされたキャラメル色の髪を、低い位置で二つ結びにしている。猫のようなつり気味の
「いやはや、美味しすぎます。はああ、この味を楽しめるのもあと少しだと思うと、名残惜しいですね全く……」
「え? あと少しってどういうこと?」
首を傾げたセレンに、アルマはジャムクッキーを
(うーん、どうやって誤魔化しましょう……)
「実はですね、セレン! わたし、明日から『ジャム食べちゃだめ教』に入信するんですよー!」
「ジャ、ジャム食べちゃだめ教!? なんてダサすぎる名前の宗教なのよ!」
「ガ、ガガガガーン!」
「なんで貴女がそんなにショック受けてるのよ!」
「ち、違います! 決して、自分のネーミングセンスにだめ出しされて落ち込んでいる訳ではありませんよー!」
「ん、自分のネーミングセンス? ということは、アルマが命名したの?」
「ひゃあー! えっとですね、えっとえっとー」
視線を斜め上に逸らしながら
「ねえアルマ。貴女、何か隠してるでしょ」
「な、何故バレたんですか!? ……じゃなくて、何も隠し事なんてしていませんよー!」
「いやもうバレバレだから。自分が嘘をつけない性格だってこと、そろそろ学びなさいよ」
半眼のセレンに、アルマはしょんぼりした様子で「はあい……」と口にする。
「しょうがないので、セレンには教えてあげます。あ、でも、他の方々には内緒ですよ?」
「わかったわ。それで、何?」
「実はですね、わたし、魔族の王子様の元へ
アルマの言葉に、セレンの表情がみるみるうちに驚きへと染まってゆく。そんな姿を見ながら、アルマは取り敢えずジャムクッキーをもう一枚頬張った。
言葉を失っていたセレンが、ようやく口を開く。
「はっ、はあー!? アルマ、お嫁さんになるの!? しかも、魔族の王子と!?」
「そうなんです! はっ、そんなに驚いているということは……もしかしてセレン、わたしがいなくなるのが寂しいんですか!? いやはや、どきどきですよー!」
「あのねえ、寂しいんじゃなくて心配なのよ!」
「あれれっ」
目を丸くしたアルマに、セレンは呆れたように額に手をやる。
「だってアルマ、生活能力皆無お姫様じゃない!」
「せ、生活能力皆無お姫様……!? すごいパワーワードをいただきましたよー!」
「もう午後なのに、まだネグリジェだし!」
「うぐっ! いやいやセレン、ネグリジェを侮ってはいけません! 可愛いし着心地いいし、何よりケーキ柄なんですよー!」
「いやその派手なケーキ柄が、実は一番気になってるのよ! 町のお店で見掛けるネグリジェ、もっとデザインがシンプルなのばっかりなんだけど!」
「実は――特注です」
「特注なんかい! ……で、でもそれってアルマが、服屋さんに自分で行って、自分でオーダーしたってことよね? なんだ、思ったより生活能力あるじゃない。安心したわ」
「ど、どうしましょう……全部お兄様にやってもらったって、とっても言い出しにくい空気ですよー!」
「言ってるしマキアにやってもらったんかい! 全く、あの妹バカは……」
溜め息をついたセレンに、アルマは「えへへー」と笑う。
そんな表情のアルマを見て、セレンは少しだけ笑ってから、真面目な顔付きになって口を開いた。
「というか、魔族の王子って……大丈夫なの?」
「へ?」
首を傾げたアルマの目を覗き込むように、セレンは少しばかり屈む。
「私、魔族の人たちのことは余り知らないけど……でも、いい噂を聞かないわ。それに、今まで交流がなかったのに、急に王族同士の結婚ってどういうことなの? 私……アルマに何かあったら、嫌よ」
セレンの声は僅かではあったけれど、震えを帯びていて。
アルマはほのかに笑って、両手をセレンの右手に伸ばし、包み込むように手に取った。
「セレンは優しいんですね。わたしのことを、そんなに心配してくれるなんて」
「……別に、優しくなんてないわ。ただ、貴女とは長い付き合いだから」
セレンは、ぼそぼそと言う。
セレンの祖母はこの城でメイドとして働いており、その繋がりでセレンは幼少期からアルマと知り合いだった。一年前にセレンがメイドとなってからも、
アルマはセレンの右手をそっと撫でながら、丁寧に言葉を紡ぐ。
「結婚の理由は、ちゃんとあります。ただ、わたしは説明するのが下手なので、夕方のお父様のお話を待ってほしいです。それと、わたしは思うんです――確かに魔族の方々に怖いイメージはありますが、それはあくまで想像でしかない、って。なので、折角の機会ですし、わたし自身の目で確かめてみたいんです! 彼等がどんな方々なのかを、ね」
言い終えて、アルマはセレンの目を見て微笑んだ。
セレンの瞳が、少しずつ温かな光を取り戻してゆく。彼女は
「ひゃあー! どうしたんですか、セレン?」
「別に。ただ撫でたくなっただけよ、貴女のこと」
「そうなんですか? えへへ、何だかくすぐったい気持ちですよー!」
幸せそうにはにかむアルマに、セレンも柔らかな笑顔を零した。
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