045 - ボス個体

【Gyagyagyaahhh!!】


 私たちを、まるで愚物でも見るかのように嘲る憎き異形の獣。

 15メルトほど上に生えた太い枝にしゃがみ、手にした武器――そこいらで拾ったレベルの棍棒とも呼べない木の枝を、ぐるぐると振り回し威嚇していた。


 アイツが――アイツの配下どもが冒険者を、チューブキャットたちを蹂躙したゴブリンモンキーのボス個体か……っ!

 聞けば聞くほど憎たらしく耳障りな鳴き声を発するゴブリンモンキーの姿を冷静に観察すれば――


「! わ、笑ってる……っ!」

「あぁ……さっきの奴ら冒険者が言った通りだ。これはもう『魔獣』確定だ。お前ら! 用心しろ!」


 ――ボス個体の口角が『やっと気づいたのか?』と千切れんばかりにいやらしく上がる。そしてまた不快極まりない狂声を、森じゅうに響かせるように上げる。そして鳴き声は――笑い、いや嗤いに変わる。


【Kyakyakyaahhh……キャキャキャッ……ッハッハッハッァァ……】

「な、なんだ? アイツ、今ヒトみたいに嗤わなかったか?」

「某も同じことを考えていたでござる……あれは真に魔獣でござろうか」

「ミアはどう思う?」

「ミモねえ……えっと……です」


 こんな緊迫した状況で『わからんちん』が出るとは自分でも驚きだが、ミモ姉には、


「冷静な判断だ……大したものだな。さっきも言ったけど、全力で行けよ」

「う、うん! 了解!」


 思いがけず誉められた……?

 ならばと様子見で人獣化ヒュムニマル迅脚袋猫ノ型モード・フクロオセロットを身体の大きさを変えずに発動、疾双のジャンビーヤを握る手に力を込める。

 どうにも衣服を着たままで発動させると、体毛の生えた部分がゴワゴワするが、今はそうも言ってられない。


「どうするキャプテン? 私の弓で威嚇射撃でもしてみる?」

「僕の『エアロフェルム』であの枝切っちゃうっスか?」

「あぁ、そうだな。仕留める必要はない、試しやってみろ」


 アンジェさんは矢をつがえ、ヴァニアンさんは風刃魔法エアロフェルムをボス個体に放つが、何せ樹上はゴブリンモンキーのホームタウンである。矢は枝に突き刺さり、風の刃は枝を落とせたものの、ボス個体は余裕綽々と別の枝に跳び退いた。


「あちゃー、外しちゃったっス」

「まぁ当たらないわよね、残念っ」

「くそっ……このままじゃ埒があかないな」


 次第にこちらにも焦りの影が落ちる。

 不意にミモ姉と目が合えば、険しい顔を浮かべた後、スッと不敵な笑みを浮かべる。


「ミア。骨は私が拾ってやる。あそこ奴のところまで跳べるか?」

「えっっ!? わ、私? うん……行けると思うけど……縁起でもないこと言わないでこんな時に」

「? 何言ってるんだ。拾うのはアイツゴブモンの骨だぞ?」


 うわぁ……ミモ姉、悪い顔になってるよ。

 絶対恍けて言ってるよねこれ。でもミモ姉は私が全幅の信頼を置くAランク冒険者。今は彼女の言葉を咀嚼し飲み込んで、武器を持つ両手に力を込める。


 そんな顔に気づいたキャプテンは、ミモ姉と何やら小声で話し始め、纏まったところでみんなに作戦を伝えた。


「……よし。じゃあミア、こうしよう。まず――」

「……なるほど、了解です。じゃあアンジェさん、ヴァニアンさん、タイミング合わせますので、準備出来次第よろしくお願いします」

「えぇ、任せといて」

「了解っす!」


 私はボス個体がいる大樹のすぐ隣に聳え立つ大樹の根元に移動。出来る限り気配を消すように息を潜め、頭の中でどの枝を伝って駆け上がるかをシミュレートしておく。

 組み上がったルートを数回反芻してからみんなに目で合図を送れば、最初にアンジェさんとヴァニアンさんが動く。


「“酩酊者の悪夢ボーン・スリッピー”!」

「かーらーのーっ! “エアロ・ブレット”!」


酩酊者の悪夢ボーン・スリッピー』はその名の通り、対象の足を覚束なくさせ、敏捷性などを一時的に奪う魔法。『エアロ・ブレット』は空気の密度を高めて半固体化したのち対象に向けて微妙に回転を加えて……とヴァニアンさんは早口でその説明を説いたのだが、魔法の使えない私にはイマイチ理解が及ばなかった。


 つまりは『酩酊者の悪夢ボーン・スリッピー』でバランスを奪い『エアロ・ブレット』で枝を大きく揺らし足場を不安定にしたところで、移動するであろう枝に私が一気に駆け上がり迎撃、地面に叩き落とす……というのがこの作戦である。


 二人の詠唱を聞き終えてから、自分でも信じられないくらいの速度で何本もの枝を中継して樹上へと駆け上がる。

 思惑通りにボス個体は『酩酊者の悪夢ボーン・スリッピー』に平衡感覚を失い、大きく揺れる足元に、ついには隣の枝に跳び退いたが。


 タイミングよく私はボス個体の直上まで跳躍しており、まさに千載一遇の好機。そのまま自由落下に身を任せながら、右の踵を奴の背中に振り下ろした!


【Gyooooooohhh!!】


 足技なんて護身術教室の手合わせでしか使ったことがないが、私は私の本能に従い踵落としをお見舞いした。自分でも感心するほど見事に入ったそれは、ボス個体を叩き落とすには充分すぎる威力を発揮したようだ。

 身体をくの字に仰け反らせ、理を無視したかのような速度で真っ直ぐに落ちていくボス個体。一方で私は自由落下に任せたまま落ちていく。下ではミモ姉たちが今か今かと落ちてくる獣を待ち構えていた。


 ズドオオォォォォンッッ!!


 あんな速度で叩きつけられたらひとたまりもないだろう。少し離れた場所に着地した私は、すぐに落下現場の様子を窺う。

 地上に控えていた五人の表情は一様にどこか曇っていた。ようやくボス個体を仕留めたのに、だ。


「ミア……分かってたけどお前すごいな……でもコイツゴブモンすごい大概だぞ。見てみろ」

「なんというか……さすが『魔獣化個体』って感じだな」

「僕は魔獣って初めてですけど、こんなに頑丈なんスか?」

「そっかヴァニアンくんは知らないわよねぇ……貴方がうちセンシブルに入る少し前、魔獣の討伐をしたのだけど――」

「――その時の魔獣は凶暴ではあったものの、ここまで頑丈ではなかったな。某のカタナでも傷は付けられたでござるから」


 そんな話を聞いてから、改めて地中に身体をめり込ませたボス個体をまじまじと見てみる。ところどころ小さな傷はあるものの、身体自体は綺麗なまま。普通あんな高さから強かに叩き付けられたら、例えば手足がおかしな方向に折れ曲がっているとか、骨や内臓が衝撃で飛び出しているとか、血が噴き出ているとか、そういった『致命傷』があるはずだ。

 ところがこれボス個体にはそういったものが一切見当たらず、傍目には『汚れたまま突っ伏して寝ている』状態なのだ。


 ミモ姉は自身の大剣の切っ先でボス個体の頭を数度小突いてから、


「さっさと屍体を回収して採掘場まで戻るか? どうだキャプテン?」

「そうだな。お前ら! ミモザの言う通り、コイツボス個体の屍体を回収、念の為他の個体も……そうだな、そっちは右耳を持って帰ろう」

「「「「了解!」」」」


 キャプテンの一声で各々が出来る仕事に取り掛かる。アンジェさんは「うえぇぇ気持ち悪ーい」とぼやきつつも丁寧にゴブリンモンキーの雑魚個体――と言っていいのかはさておき――の右耳を削いでいく。一方男性陣の三人は無言で作業にあたっている。


 じゃあ私は一番遠いあの個体の耳でも削ぐかなと、左腰の『自作のよく斬れる短剣』を引き抜き、足元の屍体の隙間をぬって近づいた。


 みんなの視線がボス個体から離れた、そのわずかな間隙を付いて。


【キャキャッハッハッハッァァ!!】


 死んでいたわけじゃない!? まさか……死んだふりで生命を拾った冒険者二人の咄嗟の行動を真似した!?


 全員がボス個体に振り向くと、すでに綺麗にかたどられたボス個体の窪みしかそこにはなかった。


「っ! どこ行きやがった!? ってかミアの蹴りと落下の衝撃で死んだんじゃなかったのか!?」

「普通はそう考えてもおかしくないぞキャプテン! ……ヤツボス個体が普通の魔獣じゃない……ってだけだ!」

「これ、マズいんじゃないかしら?」

「然り。ではあるが、一体どこに……」

「消えちゃったっスね……」


 管猫闇拡器官チューブセンシズをフル稼働させて、森の微細な音を拾えば、と両手を耳の後ろに当ててみる。

 そして、遥か上空から空気を切るような極小のノイズを拾った!


「う、上から来ます!!」


 一斉にみんなが上に視線を飛ばす――隙もなく、斃れていたその場所に急激に減速し、ふわりと降り立ったボス個体。


 どんな動物にも類似しないような――敢えて強引に例えるなら。

 全ての光を飲み込みそうな、蝙蝠のような濡羽色の翼を生やした生物なにかがそこにいた。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



はい、Underworldも好きです笑

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