044 - 惨状に木霊する狂声
――南は今、一体どうなっているだろう?
プルクラとは『三人は五頭と交戦中、負傷した二人は救出、採掘場へ搬送』というところで念話が途切れた。
そこからの戦況がどう傾いているのかは分からない。
ただプルクラの念話からは悲壮な状況は感じ取れなかったので、それ以上悪い方向には転んでいないと思いたい――が。
(血の匂いが濃くなってきた……っ)
私の中に蠢く不安も現場に近づくたび、濃くなっていく。
一刻も早く駆けつけたいが、私の全力疾走に付いて来れるメンバーはいないだろう。だからわざと焦れた声音で、
「あの大きな倒木を越えた先が現場ですっ! どうしますかっ!?」
「……よし! ミアは先行して様子を探れ! 次いで俺とミモザが突入、アンジェとヴァニアンは倒木手前で待機! カイセンは二人の壁になれ!」
「「「「了解!」」」」
「先行します!」
キャプテンの言葉に一言だけ置いて、一段、いや二段速度を上げて樹木の間を駆け抜ける――交戦中の三人の無事を祈りながら。
程なく見えた倒木目掛けて10メルト手前で大きく跳躍、太さ3メルトはあろう朽ちかけた倒木の上に降り立ち、現場を目の当たりにする。
眼下では息を切らす三人の冒険者。惨たらしく斃れた敵味方が散乱し、赤黒い大量の血は足の踏み場もないほどに地を覆っていた。澱んだ空気は頑なに血生臭さを孕んだまま、動こうとしない。
(……っ!)
初めて見る殺害されたヒトの亡骸に戦慄し、背中に汗が滲む。
こういうことは自分の身にも起こり得ることなんだ。しかもそれは明日明後日のことじゃない、今この瞬間にも起こり得ることなんだ。
目を背けるのは容易いことだけど、今は三人が生き残っている、という事実を喜ばなくては。救える生命は救いたい。そしてみんなで生きて帰るんだ。生きて成果を持ち帰るのが冒険者なんだから!
周りの警戒もせず、目下の生存者に声を張る。
「みなさん!! 大丈夫ですか!? 私は第一グループのミア・ラキスです! もうすぐ五名の増援が到着します!」
相当心身が疲弊しているのか、声に応じたのは一人だけ。
残る二人はその場に座り込み、呆然と項垂れたまま、こちらに向く気配もない。
「た……助かったのか俺たち!?」
「はい……はいっ! もう大丈夫です、今そちらに降ります!」
僅かに覗く地面目掛けて着地すれば、ようやく二人も現実に引き戻されたようで、お互いに抱き合いながら生命の危機を脱した歓びに声を上げている。
斃れた
でも今は感傷に耽る時間も惜しいので、周辺警戒を怠らずまずは三人に
「痛みはないですか?」
「お前、
「いえ、まぁ……はい、そんなところです。ところでここに、
「あぁ! 颯爽と現れて
「そのおかげで三対二になったからな、どうにか凌げた……ってわけさ」
なるほど、救出だけじゃなくて討伐もしたのか。優秀だなあの子。
私もようやくこの惨状に慣れてきた頃、ふと違和感に気づく。
「あの……今気づいたんですが、屍体の中にボスらしきものが見当たりませんよね?」
三人は弾かれたようにお互いに顔を見合わせる。
「奴は仲間一人を殺して樹上に戻ったきり、一歩も降りて来なかった……
「ただ、俺は見ちまったんだ……」
一人の冒険者が、額に手を添えながら苦々しく言った。
彼は何を見たのだろうか。
「俺は『遠見』の技能持ちでな。遠くのものが大きく鮮明に見える技能なんだが……奴と一瞬目が合って……笑いやがったんだ」
「笑った……ですか?」
言葉なく首肯を返す彼の立場になって考える。
動物には『喜ぶ感情』はあっても『笑う』ことはないはずで、ヒトと動物とを分ける境界は『笑えるか笑えないか』である、と資料室で見た記憶が頭を
他にも彼らが言うには「相当大きい。体毛も漆黒と言っていいくらいの濃い緑で、聞かされていた通りに、手には武器を持っていた」そうだ。
やはり間違いなくボスは『魔獣化個体』で、しかも相当の知能を有していることは想像に難くない。笑うということは高度な感情表現で、おまけに武器まで所有しているというのだから。
程なく後続のみんなが到着して、惨状を見て一様に怒りが匂い立つ。
「くそっ! ここまで酷いとはな……。こいつら三人はひとまず休ませよう。ミア、報告してくれないか? ゆっくりでいいから。出来るな?」
「うん……出来るよミモ
酷いとか可哀想だとか、今は無用な感情を排除して、簡潔に状況を伝える。冒険者の三人から聞き取りしたことを自分なりに纏め、最後に懸念――ボス個体の異常さを、これは少し私見を加えて伝えた。
「なるほどな……。
言いながら頭をぽんぽんと撫でるミモ姉の優しい手に、ひとときの安息をもらう。
それまで無言で周辺を検分していたキャプテンが、次の行動を指し示す。今回の討伐において、過剰に気負わずに動くことが出来たのは、彼の冷静かつ迅速な判断のおかげだ。
「まずは
「なっ! だ、大丈夫だ。まだ動けるぞ!」
一番元気が残っている――傍目には随分疲弊しているが――冒険者が食い下がるが、キャプテンは強く首を横に振る。
「……なら正直に言ってやる。足手まといになってこっちまで危険に晒されたくねえ。こっちも生命は惜しいんでな。悪いが撤退してくれ」
三人はぎりりと歯噛みするが、私にはキャプテンの言葉は『冒険者としての正しさ』に思える。そして『冒険者としての
でもこうして今日まで冒険者として生き残り実績を上げ、Bランクまでのし上がり、パーティーリーダーとしてメンバーにも認められているのだから、彼の判断は『キャプテン』としてきっと正しいのだ。
ただ彼ら三人の心情も理解できる。彼らは私よりもはるかに経験豊富な冒険者だ。それを『撤退しろ』と言われたのだ。冒険者としての矜持が許さないのだろう。
「そうですよぉ。キャプテンの言う通り、ここは一度引いてくださいな。
有無を言わせず三人に魔法をかけるアンジェさん。本当は私が全力で
「かーらーのーっ! “アッセレーラー!”」
次いでヴァニアンさんの魔法が三人の身体を淡い光を伴って包み込む。なんの魔法だろうと首を傾げれば、
「今のは速度上昇の魔法っスよ! かけられた本人がそこそこ走れないとあんまり意味ないんスけどね! まぁおまじない程度の
快活な声で応えたヴァニアンさん。彼は『センシブル』の中ではムードメーカーなのだろう。他のメンバーも微笑ましく見ていたしね。見た目も若いし、私よりちょっと年上くらいかな?
「では最後に某が……“蒼龍忍戯・薄羽蜻蛉”」
最後はカイセンさんだ。胸元で何やら複雑に指を組んだり絡めたり。
不思議に思い観察していれば、キャプテンが横から口を開く。
「詳しくは知らんが、アイツの故郷に伝わる技能……術って言ってたな。それを発動させるための動作らしいぞ。『印を結ぶ』って言うらしい」
印とやらを結び終えると、冒険者たちの影……いや、気配みたいなものがスッと消えて、見えてはいるけど認識できないという不思議な状態になっていた。分かっているのに三人が森の一部――路傍の石ならぬ森林の樹木にしか見えない。
「これで接敵しても逃走は容易でござる。しかしながら、この術は制限があるゆえ、本日はもう終いでござる。出し惜しみして死人が出たらこちらも寝覚めが悪いゆえ、術をかけたでござるよ」
『センシブル』の手厚い保護に護られた冒険者たちを見送った後、今後の動きについて打ち合わせをしようとする――
【Gyagyagyaahhh!!】
――間隙を狙ったかのような狂声が、はるか頭上からばら撒かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます