043 - それぞれの思い

 ――ミアたちが南に向かった、まさに同刻。


 ビャッコの森中間部採掘場には、腕を組んだまま目を閉じ深慮に沈む冒険者ギルドサブマスター、ブリッツ・アーデライの姿があった。


 森の中では刻々と状況が変わっていく。チューブキャットからの報告を受けるたび、ブリッツの胸中に焦燥が降り重なる。


(私が出るべきか……? いや、ここには戦闘に疎い者もいる……守りを固めて万が一に備えるべき――)


 戦闘力も非常に高く、部下想いの冒険者ギルドサブマスターである彼らしい判断だが、実際のところは『生来の殴り屋気質』が顔を出しかけていた。


 冒険者ギルドのナンバー2であるブリッツは、不慣れな事務仕事もそれなりに多く、ストレスも少なからず感じていた。今もこうして第二の拠点で様々な報告を座して受けているが、正直な気持ちを言えば『交戦現場に駆けつけ、未知の魔獣に一発喰らわせてやりたい』のだ。


 とはいえサブマスターとしての責務があるためここを離れるわけにもいかず、握った拳と湧き上がる闘争本能を振るう当てなどここにはない。


 ほぅと一つ溜息が虚空に消えた時、北に向かった第二グループが採掘場に帰還した。

 報告では敵は殲滅と聞いていたが、実際は手負いに追い込んだ一頭の逃走を許した。が、かなりの傷を追わせたので深追いはしなかったそうだ。引き際を解っている冒険者に、まずは無事に帰還したことを労った。


 ここで今までの討伐数を思い起こす。

 先ほど第三グループの援軍に向かわせた第一グループが15頭。今しがた戻った第二グループが一頭逃して14頭。つまりチューブキャットの調査報告にあった『推定50頭前後』が正しいとすれば、残りは約20頭、となる。


 討伐も後半戦かとブリッツは次の手を考える。

 このまま第二グループも第一同様に南へ向かわせるか? 万が一のことを考え、採掘場に留まらせるか……?


 纏まらない思考に多少の苛つきを覚えれば、座した箱の下から報告が入る。今回の討伐に際し、森と討伐隊の状況を細かに報告する伝令担当、チューブキャットの精鋭部隊『管猫伍衆・乙』隊長、ウノの声である。


「ブリッツ殿。南にて第三グループが接敵交戦……冒険者約半数が死亡、残存二頭を三名の生き残りが対処中、負傷者二名をプルクラ殿が此方に搬送中。第一グループももうすぐ交戦現場に到着とのこと」

「! そうか。報告感謝する……バイラン様に報告は?」

「既に別の者が報告に向かいま……少々お待ちを」


 彼らチューブキャットは、人間の可聴範囲外の鳴き声で意思疎通が、しかも隧道内であればかなりの遠距離でも可能だという。おそらくバイランの元に向かった仲間と話しているのだろう。


 そして、ここにきて犠牲者が出たことに、彼は初めて背中に汗が伝うのを自覚した。


 ウノの新たな報告を聞き、ブリッツは戦慄する。俄には信じられないが、それでも気丈に立ち上がり、駐留している総員に伝える。


「バイラン様がこちらにいらっしゃる! ……新たなゴブリンモンキーの魔獣化個体と思わしき群れ約40頭の気配をバイラン様の索敵魔法が察知! 群れがここ採掘場に向かっているため、ご自身も戦うとのこと! 第二グループはバイラン様を迅速にこちらへ案内しろ!」

「了解! お前ら行くぞ!」


 勢いよく走り出す第二グループの背中を見送る視線の端に、10メルトの高さを誇る防壁を易々と跳び越える白い残像。


 あれだけの高さを跳び越え着地しても一切の音を立てないそれは、背中に息絶え絶えの冒険者を二人載せていた。そう、プルクラだ。


「この人たちまだいきてるのー!」

「そうか! プルクラ、ご苦労だった」

「あと、サルがこっちにきてるのー」


 プルクラはこちらに戻る途中、多数の嫌なもの――ゴブリンモンキーの気配を感じたらしい。しかも、目下交戦中の南とは違う方向からだと言う。


「信じたくはないが、バイラン様の索敵結果は正しいのだな……」

「ウチはどうするー?」


 緊迫した状況でも口調の変わらないプルクラに平静を取り戻したブリッツは、次の手を指す。


「戦闘職は応戦準備、回復職は天幕に戻り負傷者二名を治療しつつ待機! プルクラは天幕の護衛……任せて構わんか? プルクラ!」

「おまかせなのー!」


 一気に採掘場は浮足立ち、各々が自分の持ち場へと動き出す。

 ブリッツもまた、自分の雑嚢から愛用のガントレットを取り出し、丁寧に装備していく。燻んだ鋼色に染まる一対のガントレット歴戦を共にした勇ましくも頼もしき相棒は、互いを鼓舞するように打ち鳴らされ、鈍い金属音で呼応した。



† † † † 



「なんだか嫌な気配がするのう、アルビよ」

「気配……ですか? 予感ではなく、ですか?」


 ビャッコの森入口にて待機する、冒険者ギルドマスターであり、今回の討伐責任者でもあるバイラン・ティエルもまた、不穏な空気を僅かながらに感じていた。

 彼女はその膨大な魔力を用い、広範囲の索敵魔法を展開、大まかな戦況を把握していたのだが、ここにきて敵の気配が急に増えたことを憂慮していた。


 しかし憂慮は思わぬ方に天秤を傾ける。

 予期せず乗せられた分銅の正体。それは『管猫伍衆・乙』の副隊長、ドスの報告だった。


「バイラン殿。南にて第三グループが接敵交戦……冒険者約半数が死亡、残存二頭を三名の生き残りが対処中、負傷者二名をプルクラ殿が採掘場に搬送中。第一グループももうすぐ交戦現場に到着とのこと」

「! ギルマス、これは……」

「あぁ……思った以上に深刻じゃな」


 負傷者が出てしまったこと。

 ここにきて敵の気配が急に増えたこと。

 

 悠長にここで戦況を俯瞰している場合ではないと判断し、ドスに事態の更なる急変と、そして自らの決断を伝えた。


「ドスよ。わしの索敵魔法に新たな敵意が引っかかったぞい。数は30……いや、40ほどじゃな。それが採掘場に向かっておるようじゃ」

「! それは我らの調査が足りなかった……ということですか!?」

「その敵意はつい今しがた湧いて出たものじゃ。お主らには何の非もない……さてさてドスよ。ブリッツに『今からそっちに行く』と急ぎ伝えてくれんかのう?」


 採掘場に送った人員では戦力不足が否めない。

 しかも犠牲者まで出てしまったのは自分の見通しの甘さに他ならないと、バイランは手にした杖を地に突き刺し、憤りを露わにする。


「ギルマス!? まさか自ら戦うおつもりですか!」

「そうならないよう願っておったが、今は有事じゃ。ほれ、アルビもさっさと支度せんか」

「許可しかねます! お身体に差し障り――」

「わしを誰だと思っとる?」


 刹那、バイランの身体から夥しい魔力が、質量を得たかの如く可視化し、蜃気楼のように景色ごと揺らし歪ませる。圧倒的な魔力の奔流に気圧されるアルビをよそに、彼女は手を数回結んでは開き、確かな手応えを確信した。


 先日ミアにかけられた野生の治癒ワイルドヒールは、バイランの活力まで治癒させた。魔導師として東奔西走していたあの頃までに、だ。


 久しく忘れていた感覚に、バイランは奮い立つ。

 愛用の杖も今は足代わりではない。幾多の難局を共に乗り越えた戦友として側に在るのだ。


 奮い立ったのはアルビも同様である。

 バイランの魔導師としての輝かしい経歴は多方面から聞き及んではいたものの、つい先日まで自分の介助なしでは歩行も覚束ない、魔力だけは潤沢な老婦人だった。

 しかしミアの野生の治癒ワイルドヒールを受けて以降、介助も杖も要らず、時に歩き回り自身の身体を動かし、時に執務室で一人魔力を嬉々として操る姿をアルビは度々目にしていた。


 かつて高名な魔導師として名を馳せたバイランの全盛期の姿を頭に描き、アルビは高揚する。


 それでも平静を装い、憂いを込めて言った。


「承知しました、では参りましょう。ですがくれぐれもご無理は――」

「わしを誰だと思っとる?」

「……冒険者ギルドティグリス支部ギルドマスターにして『悠久の大魔導師』であらせられます、バイラン・ティエル様……その人です!」


 ニヤリと一つ笑ったバイランは、力強く森へと足を踏み出した。

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