041 - 異形の反撃

「それは我らにお任せくださいませ」


 実はシリンディアってお茶目なんじゃないだろうか。


 森で別れたと思ったら次の日にしれっとプルクラの小屋で寛いでるし、かと思えば先回りしてバイラン様と話をつけちゃうし。でも女王の責務をサボっているかと言うとそうではない。しっかりと配下の者を指揮しているしね。


「ほんとお前シリンディアって唐突に現れるのな!?」

「コイツがチューブキャットって奴か……俺も初めて見たな。お前らはどうだ?」

「私もないわねぇ。故郷でもこういう動物はいなかったと思うわ」

「僕も動物好きで、子供の頃は動物の書物を結構読んでましたけど、載ってた覚えがないっスね」

「某の故郷は離島ゆえ、こういった動物はそもそもいなかったでござる」


 なにしろ地中生活が永いチューブキャット。知っているわけもない。ミモねえはおろか、ギルドも把握していなかったくらいの珍獣、もとい動物だから。


「我らのことは後々皆様には詳しくお話ししますわ。でも今は――」


 そう言って、シリンディアは『今まで自分たちが何をしていたのか』を話し始めた。私とミモ姉は知っていたけどね。


 シリンディアたちチューブキャットがやっていたのは『深部隧道ネットワークトンネル』の構築だ。深部とは言っても森の深部ではない。普段は掘らないくらいの深さに隧道を張り巡らせ、ゴブリンモンキーに悟られないようにした、というわけだ。


 ただそれは私の予想を遥かに凌駕したもので、森の入り口――これはシリンディアから聞いていた――を始め、採掘場、我が家の庭、ギルドの馬車留め、およびティグリス村に数箇所ある門の側。それら全てが『人が一人通れるくらいの隧道』で繋がり、さながら一大迷宮の様相らしい。


 もちろんそれだけではない。討伐隊の3グループを全て地中から監視し、状況を逐一採掘場で待機しているブリッツ師匠に伝達しているのだ。


「チューブキャットのことはギルドではバイラン様の指示で、ブリッツ師匠、アルビさんしか知らないんだよね? どうやってブリッツ師匠だけにこっそり伝達してるの?」

「あら。ブリッツ殿の足元に何があったか。ミア様、お忘れになって?」

「足元? あぁ……なるほど」


 そう言われて思い返す。

 確か琥珀鉱運搬用の木箱に乗っかってみんなに話してたよね。あの箱の下に隧道の出口の一つがあるってことか。


「そういうことですわ。今もブリッツ殿は木箱に座って各所からの報告を受けていますの。一見するとただ木箱に座って独り言を呟いているようにしか見えないと思いま――」

「――女王様。お話中失礼致します。デルタから報告が……」

「ふむ、なるほど……皆様、ゴブリンモンキーの屍体を回収、一度採掘場まで帰還してほしいとブリッツ殿が仰っているようですわよ?」


「「「「……有能すぎる(でござる)」」」」

お前シリンディアたちが味方でよかったよ……マジで有能だな!」


 あんぐりと開いた口を揃って動かす『センシブル』の面々。

 ミモ姉も、改めてチューブキャットたちの有能さに舌を巻いている。

 うん、有能ですよね、私も同感です。まぁこれもチューブキャットの習性と能力の賜物なんですけど。


「では皆様。ご武運をお祈りいたしますわ。我は引き続き管猫伍衆らの指揮がございますので、お暇いたしますわ」


 労いの言葉をかける間も無く隧道に消えるシリンディアを横目に、私たちはお互い無言の首肯で、なすべきことに振り返る。


 比較的損壊の少ない屍体をいくつか雑嚢に詰め込み、巨大化したプルクラの首に掛け、来た道を引き返し採掘場へと急いだ。



† † † † 



「ふむ……報告通りだな。この屍体、通常個体とは確かに少し違うようだ」

「でもよおやっさん。これが『魔獣化してる』とは思えないよな? キャプテンもそう思うだろ?」

「あぁ。俺らも魔獣化個体とは何度もりあってるが、魔獣って奴はもっと黒い……というか禍々しい感じだよな?」

「然り。言うなれば某らが斃したのは『半端者』な印象にござるな」


 ――半端者。


 そう言われれば確かに私たちが斃してきたゴブリンモンキーは、体毛こそ濃いけど黒くは魔獣っぽくないし、何よりじっちゃんが言っていた『目が赤く充血』という特徴が現れていなかった。


「ということはコイツら『魔獣のなりかけ』ってやつなんスかね?」

「「「!!」」」


 ヴァニアンさんの推測にみんなが固まる。

 もしそれが推測通りだとすると、受動的に討伐するというのは些か心許ない。未だ発見できないボス個体が『配下を魔獣化できる能力』も持っていて、この森に住むすべてのゴブリンモンキーを魔獣化しようと画策しているのだとしたら。


 そんな考えたくもない憶測を想像すれば、それまで組んでいたブリッツ師匠の両腕がピクリと動く。どうやらチューブキャットからの新たな報告を箱の中から拾い上げているようだ。


 数度無言で頷きながら、報告を整理した様子のブリッツ師匠は、大きく肺いっぱいに吸い込んだ息をゆっくり鼻から排気した。


「ふうむ……北に向かった第二グループが接敵、数は15、現在対処しているそうだ。戦況はこちらが優勢、殲滅は時間の問題……南の第三グループは未だ敵を発見できず、目下探索継続中……とのことだ」

「で? ……私ら第一はどうするよ、おやっさん?」

「そうだな……ふむ、第二グループが殲滅完了したそうだ。では、お前たち第一グループは南に向かい速やかに第三グループと合流、引き続き探索を続けてくれ。第二グループは屍体を回収後こちら採掘場に戻し、南に追って向かわせる。以上だ」

「「「「「「「了解!(にゃー!)」」」」」」」


 私たち第一グループは今再び、姿を見せないボス個体を討伐するべく、南へと足を向けた。



† † † † 



「……全然気配もねえなぁ」

「あぁ。静かなもんだ」

「マジでどこにいやがるんだサル野郎ゴブリンモンキーは!」

「そんなん俺が知るか! お前の索敵がヘボなんじゃねえのか?」

「うるせえ! だったらお前がやってみろってんだ!」


 南に向かった第三グループは、かれこれ数刻を手がかりも見つけられずに焦れていた。いつもより静かな森の得体の知れなさに、いつも以上の警戒はしているものの、それが長時間ともなればこういった口論になるのも仕方のないことであった。


「黙って索敵もできねえのかよ!? ったく、これじゃいつまで経っても埒があかねえ。お前ら、一度採掘場に戻るぞ!」


 第三グループのリーダーは、他の二グループのリーダーと違い、冷静な判断に欠ける、いわゆる『沸点の低い』人物であった。腕は立つがこういった『探索絡みの終了時間が読めない依頼』を普段はほぼ受けず、ひたすら強い獲物を狩る武闘派集団であった。最初は断ろうかと考えていたが、何しろギルドマスター直の案件であったし、報酬も悪くなかった。つまりは『金に釣られた』わけだが、やはり受けなければよかったとほぞを噛んでいた。


 全員が一時帰還の一声で踵を返す。

 リーダーが自然と殿しんがりを取る形となり、さらに焦れる。足元の雑草を蹴って八つ当たりをするが解消されるほどの硬度もなく、却って苛立ちは増幅し、他のメンバーに当たり散らした。


「さっさと歩けよ! もたもた……っがはぁっっ!!」

「「「「「「「リーダー!?」」」」」」」


 リーダーの吐き出すような叫びに皆が振り向いたが、すでに彼は鮮血を撒き散らし倒れていた。そして数メルト先には、リーダーの頭を踏み躙りながら奇声を上げる異形。

 右手に握った粗末な木の枝を振り回しながら、ゲシゲシとリーダーの頭を何度も踏み付けた。異形の足元にあったはずの頭は粉砕し、原型を留めずに大地に還っていく。

 完全に不意をつかれた形になり、残されたメンバーに戦慄が蠢く。


「っ! リーダーがられたぞ!」

「な、なんだコイツ! コイツがボスってやつか!?」

「それしかないだろ! 見てみろ、身体もでけえし体毛もおかしい」

「あれが魔獣化したって奴か?」

「でもコイツ一匹だぜ? どうにかなるだろ……お前ら下がってろ」


 メンバーの一人――最も腕っぷしの強い男が片手斧を握りしめ、余裕とばかりににじり寄る。リーダーに起きた惨劇を教訓としないまま、得意とする間合いに入った瞬間、上段に構えた得物を振り下ろす――が。


「……あれ?」


 振り下ろしたはずの武器は。いや、振り下ろしたはずの腕はなかった。

 これまで幾多の動物、時に魔獣を屠ってきた相棒とも言える斧、そしてそれを振るってきた右腕が、そしてそれらの動きを司る自らの頭は。


【Gegyagyagyagyaaaaaa!!】


 いつ奪われた!? どのタイミングで奪われた……?

 勢いよく噴き出る鮮血に、その思考も覚束なくなり――答えを知ることもなく、男は異形の急襲にその腕と命を狩られていた。


【Gegyagyaaahhh!!】


 明らかにボス個体と思われたそれは、瞬く間に遥か高い樹上に戻ると、顎をしゃくり狂声を上げる。

 ガサガサガサガサッ! と複数の葉擦れを鳴らしながら、配下のゴブリンモンキー十頭が地に降り立ち、冒険者たちを取り囲む。


 少しの睨み合いが辺りの空気を不穏に変えて。


 そして――壮絶な戦いが幕を開けた。

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