039 - 探索

「ギルドマスター、バイラン・ティエル様からは以上になります。ご質問のある方は? ……居られないようですので、次に討伐パーティーの組み合わせを今一度――」


 アルビさんが粛々と組み合わせを読み上げる。

 私たちはキャプテン率いる『センシブル』と一緒に行動することになった。まずは、パーティー全体で採掘場まで向かい、そこから三方向、つまり来た道である東以外の南・西・北へ2パーティーずつが探索討伐する、というのが本作戦の概要だ。

 採掘場にはブリッツ師匠以下、戦闘に覚えのある十数名がギルド代表として参加、第二の拠点を構える手筈になっている。

 ちなみに第一拠点は森の入り口で、バイラン様とアルビさんを筆頭に、討伐隊に志願しなかった、もしくはDランク以下の手の空いた冒険者たちが随時参加予定らしい。


 ほどなく採掘場に到着すれば、各々荷物や装備を確認したり軽く身体をほぐしたりと、これから始まる討伐の準備を始める。私も入念に身体を温めた。


 中央に置かれた大きな木箱、これは採掘した琥珀鉱を輸送するために置かれた採掘場の備品だが、それを壇場代わりにしたブリッツ師匠から、詳細が伝えられる。


「――さて、我々冒険者ギルドはここでお前たちの後方支援……必要な物資などを用意する。まずはこちらで用意した軽い朝食を摂り、その後、第一グループから第三グループは順次出発してくれ」


 みんな食事を摂っていなかったようで、目に輝きが宿る。私たちは普段から朝は早いので、とっくに朝食は摂ってきたのだが、せっかくなのでスープを少しいただくことにした。


 私たちと『センシブル』の面々で車座になり、お互いに自己紹介。

『センシブル』は剣士のキャプテンをリーダーとして、盾役のカイセンさん、魔法職のヴァニアンさん、そして回復職ヒーラーのアンジェさんという、バランスの取れたパーティーだ。特にアンジェさんは同性――垂れ目に泣き黒子が似合う――ということもあり、親しみやすい。


 ただ、回復職といえば神職というイメージを私は抱いているのだが、彼女の装備……というかドレスは深くスリットの入ったタイトなロングスカートで、とてもじゃないけど神職には見えない。そもそもそのドレス、防御力ほぼないのでは……?


 そんなアンジェさんをチラチラ見ていれば、視線に気づいた彼女が心配気な表情を向ける。


「ミアちゃんは討伐系の依頼って今回は初めてなのよね? その……怖くない? 大丈夫?」

「怖くないといえば嘘になりますけど、私にはミモねえとプルクラがいるので」

「然り。ミモザ殿はお強いゆえ、心配ご無用でござろう。某らもいるでござるしな」


 カイセンさんはロンカエルム龍神国の東端に浮かぶ群島出身で、独特な言い回しはその島特有のものらしい。『カタナソード』という珍しい片刃のゆるく反った剣を使い『居合術』という、納刀から一気に抜刀し斬り付け、続く数合いの太刀捌きで相手を仕留める技能を持っているそうだ。でも普段は盾役に徹し、居合術はここぞという時にしか使わないらしい。


「僕はAランクのミモザさんと組めてラッキーって感じっス! 僕は魔法職ですけど、やっぱり大剣ってカッコいいですもんね!」

「あぁそういやぁヴァニアンは初めてだったな。俺らは数年前にコイツと遠征に回ったことがあるぞ」


 ヴァニアンさんは『センシブル』の中では一番の若手で、半年前に『センシブル』にスカウトされたそうだ。シンプルな漆黒のローブがいつもの装備なのだが、今回の討伐が森ということもあり、色彩同化魔法で緑地に茶色のまだら模様に変えたらしい。ちなみにミモ姉とは初対面らしく「ご一緒出来て光栄っス!」と興奮気味だ。


「まぁ私がコイツキャプテンと組んだのはたまたまだけどな」

「確か背中の大剣の支払いがヤバくて俺らと組んだんだよな?」


 痛いところを突かれたからなのか、ミモ姉は両手をバタバタさせながら、


「! あん時は色々金が入り用で、こっち大剣の支払いまで回せなくなったからだ!」


 ふむ、それは初耳だ。そういえば以前は結構遠征に出て、あまり会えない時期があったっけ。それはそういう理由だったのね。


 そういえばこんな大人数と会話したのっていつ以来だろう。

 まぁたった六人と一頭だけど。


 我が工房のある北区画は職人街のせいか、同年代はおろか子ども自体が少なく、友だちと言っていい子がいなかった。

 護身術教室には同年代の顔見知りはいたが、あくまで顔見知り程度。今思えばじっちゃんが教室に通えと言い出したのも、実は『友だちを作ってこい』という気遣いだったのかもしれない。とはいえ私はじっちゃんのような鍛冶士になるのが小さい頃からの夢だったから、友だちがいないことにそれほど寂しさは感じていなかったけど。


 そんな思いに耽っていると、キャプテンはミモ姉に身体ごと向き合い、憚るような低めの声音で、


「そういえばルブラは元気か?」

「……あぁ、多分な」


 ルブラ? 誰だろうそれ。彼女からは散々色々な話――冒険譚を聞かせてもらって、その中にはアイツは女癖が酷いとか、時間を守らないルーズなヤツだとか、色々な名前を挙げていたけど、ルブラという名前は初めて聞いた。

 そして、その名前が出た瞬間、ミモ姉の目に輝きが薄れたのを見逃さなかった。私もなんとなく彼女の抱えた何かを察して、これ以上はと口をつぐむ。


 まずいことを聞いたと自覚したのか、キャプテンは取り繕うようにメンバー全員を見回し、


「よし! じゃあそろそろ出発するか! 他の奴らも行ったようだしな」

「「「「「おー(ニャー)!」」」」」


 その掛け声の中にミモ姉の声はなかった。



† † † † 



 私たち第一グループは、西側の探索を割り振られていた。

 唯一ボス個体が目撃された場所は、採掘場から北に半刻ほど入った場所なのだが、私たちのグループはDランク冒険者、つまり私がいるので、比較的安全であろう西側をバイラン様が割り振ったのだ。

 とはいえ、所々に土の抉られた箇所が散見された。ここにもゴブリンモンキーの爪痕があるところを見ると、相当奴らの行動範囲は広いことが窺える。


 初めて立ち入る場所に身をすくめて歩けば、キャプテンが気を利かせて話しかけてくる。


「そういえばミアたちは、普段どんな感じで森の探索をしてるんだ?」

「えっと、特に役割を決めるほど森に来てないんです。浅部でプルクラが自分の食事を狩って私が薬草採取なので。で、それにミモ姉が付き添う感じです」

「ミアの場合、私は斥候が向いてると思うんだけどな……なんせ小さくなれるし、機動力もある。ないのは経験と修羅場だけだな! な!?」


 経験はさておき、修羅場はちょっと遠慮したいところだけど、そうならない保証はどこにもないのが今回の討伐であり、冒険者という職なのだ。というかこんな時に修羅場とか言わないで!


 抉られた土――ゴブリンモンキーの痕跡以外は特に異変もなく、探索は続く。不思議と他の動物も見かけないし、むしろ浅部以上に静かだ。


 本来ならシリンディア由来の技能『管猫闇拡器官チューブフィールズ』を使えば、苦労もなくゴブリンモンキーを探し出せるのだろうが、「最初から技能頼りじゃ冒険者本来の振る舞いが身につかない」と、ミモ姉から今は使用を封印されている。もちろんミモ姉の許しが出ればフルに技能を使うつもりだ。


「ここまで何もないと逆に怪しいな。ミモザはどう思う?」

「あぁ、明らかに怪しいな……っと、どうやらハズレ……いや、アタリを引いたみたいだ。どこかは分からないが殺気がビンビンだ」


 何かを察したミモ姉の言葉を受けて、キャプテンは叫ぶ。


「総員戦闘体制に移行!」


 一気に緊張が迸る。ミモ姉もすぐさま抜刀、私も自作の短剣を抜こうとすれば、


「母さまはしろい短剣なのー」

「えっ!? それはちょ――」

「ミア、ちょうどいい。そのジャンビーヤ、試してみろ。私が守ってやるから大丈夫だ」

「え、でも……」

「無駄口叩いてる暇があったらさっさと構えろ!」


 キャプテンに叱責され、渋々腰に収まった白いジャンビーヤを抜刀し、逆手に構え気配を探すように耳に意識を集中する。


 これは……!


「みなさん! 上です!」


 遥か頭上の僅かな葉擦れを私は聞き逃さなかった。

 全員が顔を空に向けるのを待ち構えていたかのように、


【Kikyakyakya!!】

【Kyokyoykyo!!】

【Akyaaaaaaa!!】


 枝にぶら下がる、こちらを小馬鹿にしたような複数の金切り声が辺りに木霊した。

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