038 - 決戦の朝
捜索隊パーティーがギルドに戻り、報告を終えた二日後の朝。
捜索隊3パーティー、私たちを含めた討伐隊3パーティー、そして冒険者ギルドからバイラン様を筆頭とした十数名のギルド職員たちが、ビャッコの森入り口の広場に集結した。
「今日はいよいよ『正体不明のゴブリンモンキー討伐』じゃが、捜索隊からの報告を伝えるぞい。まず――」
バイラン様が大きな声――音声を増幅する魔法でアルビさんが補助をして、ここにいる全ての人員に詳細を伝えた。
チューブキャットの報告通り、群れの数は約50頭。そのいずれも『通常個体よりもツノが長く身体も少し大きい』らしい。体毛も暗緑色に変わっていて、通常個体との区別は容易。偶然一頭で彷徨いていた個体を討伐した捜索隊によれば、戦闘力はそれほど脅威ではなく、地に留まらせれば
「――そして肝心の『ボスらしき個体』じゃが――」
ボス個体を目撃したのは1パーティーのみ、それも矢も届かない程の大樹の枝にいたところを偶然見ただけ。ただ、ゴブリンモンキーであることは間違いないらしい。その個体が、特有の嘲嗤うような金切り声を発していたからだ。
「――明らかに魔獣化個体の特徴を有しておるらしい。しかも――」
バイラン様の二の句に、目撃した捜索隊パーティー以外からどよめきが起きる。
配下と思われる暗緑色の個体よりもさらに大きく、体毛も限りなく黒に近い緑、そして――。
「――武器を所持しておるそうじゃ。とは言っても剣とも杖とも言えん粗末な棒切れらしいがの」
いくら粗末と言っても動物が武器を使うことはない。動物における武器は爪や牙、ツノといった『身体の一部』。道具を使うとしても、せいぜい木のうろにいる虫をかき出す小枝、といったものくらいしか使わない。
つまり、ボス個体は限りなく
「――以上が捜索隊の報告になる……さてさて。最後に一つ。ミア、そしてプルクラよ、こっちに来るんじゃ」
「は……はい!」
『二ャ!』
予め打ち合わせしていたとはいえ、こんな大勢の前に立つのはやっぱり緊張する。おずおずとバイラン様の横に立ち、彼女の言葉を待つ。
どうしてこんなことになったのかと言えば――。
【明日の討伐前に、みんなの前でお主のこと……プルクラ含めて話すが良いかの?】
【えっ!! ど、どうしてですか? 秘密じゃなかったのでは?】
【もちろん討伐に関わったみなさんには箝口令を敷きますので、ご安心ください】
【アルビさん……】
【私からも皆には強く言い聞かせるから大丈夫だ、ミア・ラキス】
【(ブリッツ師匠、目が怖い……)わかりました。でも、なんでまた?】
【お主が『
【あ……なるほど。討伐されるのは嫌です】
そういうわけで、ここにいるみんなに自分の技能を知ってもらうことになったのだ。
「知っとる者もおるじゃろうが、此奴はミア・ラキス、職はテイマーじゃ。で、横におる白いのがテイムされとるプルクラじゃ。先日Dランクに昇格したばかりの娘っ子じゃが、よろしく頼むぞい」
Dランク、という言葉に冒険者の面々がざわつき始める。
「おいおいDだとよ。この討伐の参加条件ってCランク以上だろ?」
「ギルマスも
「ってかテイマーってウシとかウマを操るアレだろ?」
こう言われるのも仕方がない。私はこれまで冒険者としての活動実績はほとんどないし、ミモ姉としか依頼をこなしたことがないから。だから知名度なんて皆無なのだ。かろうじて知られているのは『テイマーであること』と『凄腕鍛治士ゼルド・ラキスの孫であること』くらいだろう。
そんな中、一人の冒険者が手を挙げる。
両腰にすらっと伸びた二振りの剣を差し、軽鎧をラフに……というより適当に装備し、両肩から伸びる長袖シャツは黒と赤のストライプ模様。頭には見たことない形状の真っ赤な帽子がちょこんと乗っている。「あれは大神殿の聖歌隊の子供らがかぶっとるもので、ベレー帽というやつじゃな」と横に立つバイラン様が教えてくれた。
「ギルマス! 本当にそんなちっこいガキが討伐隊だと? 冗談もいい加減にしてもらえないか!?」
「いや、冗談なぞ言っとらんぞレイモンド・バーンズよ。ミアは経験こそ浅いが、この討伐においてミアは切り札じゃと考えとる」
おおよそ冒険者らしからぬいでたちの男性――レイモンド・バーンズさんは、バイラン様の台詞に一層苛立って、
「なっ! 馬鹿言うな! ……おいそこのチビ。俺にお前の実力、少し見せてみろ。いいよなギルマス!?」
「ふむ……いいじゃろう……ミアよ、わしが結界を張るから――」
「……はい、了解しました」
言ってバイラン様はすぐさま『イリミタートゥス・カルチェレ・パルヴィタス』を発動、私を闇のドームで包み込む。
ちなみにこういった『冒険者の言いがかり』は割とよくあることで、お互いの命を預けることもある職業柄、実力を測る物差しとして、殺傷しない程度であれば冒険者ギルドも『手合わせの延長』と容認しているのだそうだ。
バイラン様の言いつけ通りに着衣のまま『
「では解除するぞい」
トンッ! と地に杖を打ち付けると一瞬で闇のドームは消失したが、すでに私たちはそこにはいない。
とっくに
この高さなら一気に目的地まで
「! ど、どこ行きやがった!? はっ! 尻尾巻いて逃げたのか? ご丁寧に服まで脱いで――」
抜刀させる隙も与えず、右肩に跳び乗り、囁く。
「動くと首の皮、切れちゃいますよ?」
プルクラは左肩に跳び乗り、いつもの口調で、
「きれちゃうのー!」
「!! なっ、なんだ!? ど、どこにいやがる!?」
大きな身体にも関わらず、姿なき私たちの声にひどく取り乱し、あちらこちらに目線をばら撒くレイモンドさん。プルクラはお役御免とバイラン様の元に戻ったし、私はもう背中に張り付き移動済み。難なく死角に入ったよ!
そろそろ頃合いか、と文字通り背中から声を掛ける。
「後ろにいますけど?」
「! ふざけんな――」
声にぐるりと身を翻すレイモンドさんの視線は、死角にいる私を捉えられない。隙をみて素早く左肩に移動、今度は少し低い声音で囁く。
「動くと今度は首の皮、斬っちゃいますよ?」
「!! ……な、なんだそりゃあああぁぁぁぁ!!」
優しく丁寧に耳元に語りながら、じっちゃん特製のミニ短剣のきっ先で耳たぶを軽く突っつくと、レイモンドさんは両手を上げて降参した。
† † † †
「おいミモザ。お前の
「さぁ? 私は
「? アイツ、テイマーのくせに隠蔽魔法でも使えるのか?」
「アイツは魔法なんか使わないさ……お、そろそろ仕掛けるみたいだぞ」
「仕掛ける? ……っておい……なんだアレ……?」
「あれがミアの技能だよ。すごいだろ?」
「「「……えええぇぇぇぇ!?」」」」
(ミア、お披露目は大成功みたいだぞ!)
† † † †
「――というわけでじゃ、ミアは実に特異な技能持ちゆえ、今のところ外部に漏らすわけにはいかんのじゃ」
「お前たち、この件に関してはギルドから箝口令を敷かせてもらう。違反したものは……分かるな? 皆まで言わせるなよ」
「俺もコイツ……ミアと
レイモンドさんから勝ちを取った後、自分に出来ることを口で、あるいは実演して説明すると、誰しもが驚き言葉を無くした。
そんな中、レイモンドさんだけは冷静に私を分析した後、その無骨な右手を差し出した。
「ってことだ。ミア、俺は『センシブル』ってパーティーでリーダーやってるレイモンド・バーンズだ。お前には負けちまったが一応Bランク。職号は『聡賢の双剣士』の金だ。ちなみにこの双剣はお前のじいさんの業物だぞ!」
そう言いながら抜剣したそれを見れば、確かにじっちゃんの銘が彫り込まれている。あ……これ打ってるの見たことあるな。全く同じ
「そうなんですね! ……えっと、レイモンドさん。私、ミア――」
慌てて自己紹介すると、レイモンドさんは金色の短髪をばりばりと掻きむしる。
「あー、レイモンドさんとか普段呼ばれてねえんだ。そう呼ばれると頭が痒くなるんだわ。みんなからは『キャプテン』って呼ばれてるからな……『さん』も付けなくていいぞ、『キャプテン』とか『キャプテン・センシブル』とかで構わん」
「はい、了解しました……キャプテン!」
言って私も右手を差し出し固い握手を交わすと、それまでの表情とは打って変わってレイモンド……キャプテンは人懐っこい笑顔を浮かべる。
「おう、こちらこそよろしくな!」
思いがけず、ミモ姉以外の冒険者の知己が出来たのであった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
レイモンド・バーンズでキャプテン・センシブル……少し悪ノリの感がありますがご容赦を!
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