036 - 非日常である

「――シリンディアの飯は家来が運んで来る、か。さすが女王だな! 楽でいいよな! な!!」

「誰か私の代わりにご飯作ってくれないかなー?」

「! そ、そうだよなー!! ……すまんミア」

「冗談だよミモねえ


 冒険者ギルドへの道すがら、シリンディアの色々なことを話す。

 なんと言っても一番大きな変化はシリンディアをテイムしたことだからね。本人(?)からはたくさん話を聞いたけど、何しろ昨日の今日だから、まだまだ知らないことはいっぱいある。例えば『管猫伍衆・甲』以外に九つある他の管猫伍衆にも会っていないし、そもそもチューブキャットの群れも見ていないのだから。


 そうしているうち、冒険者ギルドの建物が目に入る。

 入り口に目をやれば、扉横に置かれた長椅子でくつろぐバイラン様を見つけた。杖がないところを見るに、野生の治癒ワイルドヒールは継続して効いているようで安堵の息が漏れる。

 とはいえ朝の空気がまだ冷たいせいか、足には膝掛けを……ってあれは膝掛けじゃないな……!


 慌ててバイラン様の元に駆け寄れば、


「おや、やっと来たぞシリンディアよ」

「ずいぶんのんびりいらしたのね? どちらかに寄り道でも?」


 ……はぁ。何やってるのシリンディア。『やることがある』って言ってなかったっけ?


 半ば呆れた口調で問いただせば、しれっと彼女は言った。


「えぇ。ミア様の屋敷からここまでの隧道トンネルを掘ったのですわ。あれば緊急脱出孔になるでしょう? それが『やること』ですわ」

「ワシも最初は腰が抜けそうになったんじゃよ。でも――」


 聞けば、最近始めた朝の日課で、ギルド裏手にある馬車留めを散歩していたところ、突然シリンディアが現れ、私の新しい従属動物だと名乗ったらしい。半信半疑ながらも、自分と私ほか数名しか知らないことを流暢かつお淑やかに話し始めたため、話の続きをギルド入り口で聞きながら私たちの到着を待っていた――これが目の前に起きている事象の全容である。


「おかげで大局は理解できたからの。話す手間も省けたじゃろ?」

「そうですね……?」

「ってか勝手に穴なんて掘って大丈夫なのか、ランばば様?」


 ミモ姉の言うことも尤もだ。でも、そんな心配は杞憂だったようで、バイラン様はむしろ嬉しそうにこう言った。


あの穴トンネルがあれば、いざという時に役立つじゃろ? 地表にも影響はないし、沈下もしないよう強固にしておるらしいからの。まぁ普段は格子で蓋はしとかんとならんじゃろうがな。その仕事、ドルドに頼めんかの? もちろん報酬は弾むぞ」

「はぁ……じゃあ帰りにじいちゃんに聞いてみます」


 思いがけずじいちゃんの仕事が増えて良かったのか悪かったのか、複雑な気持ちのままバイラン様の執務室へと移動した。



† † † † 



「なるほど……こちらがチューブキャットというのですか?」

「えぇ。貴女、アルビさんね。ミア様から聞き及んでいますわ。我はチューブキャットの女王、シリンディアと申しますの。以後お見知り置きを」

「こ、これはご丁寧な挨拶、痛み入ります……?」


 初対面にも関わらず、冷静に会話出来るアルビさん。伊達に普段荒くれ者の冒険者を相手にしてないね。

 使役動物登録を先に済ませましょうと言ったアルビさんに、自分の国民証とプルクラの使役動物登録証の更新も兼ねてお願いした。シリンディアの技能が追加されてるはずだからね。


 いつもの通り迅速に作業を終えたアルビさんは、やはり難しい顔でバイラン様にメモを手渡す。そしてみんなでそれを確認すると。


氏名:ミア・ラキス

性別:女

種族:ヒト族

年齢:15

職号:ネコ●○目の調教師テイマー

職業:見習鍛冶士・冒険者(Fランク?)

技能:刀剣鍛治・双短剣術

   駆跳獣脚ワイルドレッグ野生の治癒ワイルドヒール

   獣腕掘削チューブディグ管猫闇拡器官チューブセンシズ

   人獣化ヒュムニマル迅脚袋猫ノ型モード・フクロオセロット管猫女王ノ型モード・チューブキャット


名前:プルクラ

使役者:ミア・ラキス

種名:フクロオセロット?

登録:冒険者ギルド・ティグリス支部

技能:駆跳獣脚ワイルドレッグ野生の治癒ワイルドヒール仮聖獣化ホリィニマル

特記事項:技能追加の兆し有・チューブキャット幼獣育嚢中


名前:シリンディア

使役者:ミア・ラキス

種名:チューブキャット?

登録:冒険者ギルド・ティグリス支部

技能:獣腕掘削チューブディグ管猫闇拡器官チューブセンシズズ

特記事項:チューブキャット幼獣托嚢中


 もうなんというか、ツッコミどころ満載で、どこからどう手をつけていいのやらといった私たちの詳細に、みんなが押し黙る。


「さてさて。呆然としてても先に進まんじゃろ。一つひとつ見ていくかの……ミアよ。人獣化ヒュムニマルというのは……」

「はい。おそらくですが、実は大きくなるだけじゃなく小さくなれることも分かったんです。なので技能が統合したんだと思います」

「「小さく!?」」

「そうだぞ! ミアは30センテ、プルクラは20センテだったよな?」


 小さく首肯を返すと、もはやギルドの二人は完全に呆れ返っていた。

 それ小型化は後ほど披露することになり、引き続き諸々を確認していった。


獣腕掘削チューブディグ管猫闇拡器官チューブセンシズというのがシリンディア由来の技能じゃな? これはどんなものじゃ?」

「えっと、これです」

「「!!」」


 もはやその場で見せた方が時短になるかと、一気に腕を変化させる。

 自分でも思うけど、すごくアンバランスな体型だよね。見た目は強そうに見えるから、ハッタリにはなるんだろうけど。


「この状態だとシリンディアと同様、高速で地面を掘削できるんです。あとは、単純に殴打力も上がりますね。昨日試したら、1メルトの岩が粉砕出来ましたよ」

「ミアさん、何さらっとすごいこと言ってるんですか……」

「まぁ実際すごかったよ。その倍の大きさの岩も貫通してたけどな!」

「ミモザも何さらっとすごいこと言っとるのじゃ……」


 バイラン様もアルビさんも頭を抱えてしまった。私は自分の身に起きていることだから多少の戸惑いこそあれ受け入れているけど、他人にはそう易々とは無理なんだろう。


「で……管猫闇拡器官チューブセンシズとは? まぁ察しはついとるがの」

「それは我からお話しさせていただきますわ。管猫闇拡器官チューブセンシズというのは、本来チューブキャットが普通に有している能力ですわ。我らは地中生活が永いゆえ、視力を失いましたの。それを補う形で、臭覚聴覚が鋭いのですわ。我らの群れは本来約五千頭ですが、それが地中で暮らすには隧道もたくさん必要ですの。隧道は音の反響が宜しいものですから、固有の鳴き声……ヒトの耳では聴こえない高周波で鳴いて、その反響で仲間や外敵の位置情報などを探ることが出来ますわ。臭覚の場合ですと、それに加えて生物の種類、大きさ、雌雄などを探れますの。ですが視力がないぶん、生物の色は分かりませんわ。ですが、我はミア様に従属したおかげか、視力も手に入れましたわ」


 そう、試さなかったけど、管猫闇拡器官チューブセンシズのことは頭では理解し、使えることも分かっている。だけど、これって他者に伝えるには難しいから、昨日は披露しなかったのだ。


「なるほどの、まだまだ聞きたいことは色々じゃが……さてさてお次はプルクラじゃな? お主のお腹育児嚢にシリンディアのわらしたちがおるのはさっき聞いたが、ワシらにも見せてくれんかの?」

「わかったのー!」


 言ってプルクラはコテンと寝転がり服従ポーズをとった。そっとバイラン様は育児嚢に指を掛け、少しだけ伸ばして中を確認する。

 授乳期だけあって、子どもたちはいずれも乳頭にかぶりついたまま静かに眠っていた。


「まぁ……小さくて可愛いですね、ギルマス?」

「そうじゃな。しっかしプルクラも責任重大じゃの。シリンディアには聞いておるが」

「だいじょぶなのー!」


 その後も色々な話を終えたが、解決しなかったこともある。

 その一つがプルクラの『仮聖獣化ホリィニマル』だ。これも私同様に統合された末の名称なのだが、『仮聖獣』がどうにも不明で、プルクラに聞いても「わからないのー」といつもの調子。


「それもいずれわかるじゃろ」と話をまとめたバイラン様にみんな揃って首肯で返し、やっと最優先案件である『正体不明のゴブリンモンキー』について話し合うことになった。

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