034 - これからのこと

 図らずもシリンディアをテイム、そして彼女の部下『管猫伍衆・甲』が仲間になった私たちは、一度採掘場から撤退し、浅部の広場まで戻り、これからの方針を話し合うことにした。


「やっぱり浅部は落ち着くね」

「まぁ中間部に比べれば安全だしな。ゆっくり飯も食える」

「くえるのー」

「そういえば水脈の修復ってチャーリーたち三人だけで平気なの?」


 管猫伍衆・甲の全員が修復に行くのかと思っていたが、規模からして三人で充分らしく、チャーリーと下位二人は、私たちが落ちた落とし穴――シリンディアたちの簡易巣穴に飛び降りて、横穴の一つに侵入して行った。


「えぇ。チャーリーたち三人はヒトの言葉で言うところの『工兵』ですから。工兵とは言っても戦闘能力はそれなりにありますからご心配なさらず」

「戦闘……やっぱりその腕がメインなんだよな?」


 ミモ姉の言葉に短く「えぇ」と頷いたシリンディアは拳を数回握って、一段高みに上がった自身の腕力を確認している。それに倣ってアルファとブラボーも同じ動作をすれば、


「ブラボーよ、少しあちらで仕合うか」

「おう! 手加減はなしだぜ、アルファよ」


 お互いの頭を軽くぶつけ合った後、拠点の隅に移動し、二人の手合わせが始まった。



† † † † 



「思った以上にれるんだなアイツら……体型の割には素早いし」

「えぇ。あれらは我の持つ最高戦力の一翼ですし、今はミア様と私の力も授けましたから」

「ウチもたたかってみたいのー」

「だめだよ。アルファたちとプルクラじゃ体格が違いすぎるもん」

「そうですわね。明らかにあれらの方が不利でしょう、

「地上? まぁ地中特化だもんなお前ら……おい、アルファの奴が見当たらないぞ?」

「? ほんとだ。どこ行ったんだろう?」

「もうすぐ分かりますわよ」

「うわ……アイツいつの間に潜ったんだよ」

「アルファは穴を掘ることに関しては我よりも長けていますの」

「なるほど……地中を移動して敵の真下から一気に飛び出してトドメを刺すんだ。普通じゃできない戦い方だね、シリンディア」

「えぇ。でもミア様ならおそらく可能でしてよ?」

「っ! はい、そうだと思います……」



† † † † 



「ミア。これからどうする?」


 アルファとブラボーの手合わせが続く中、私たちのこれからを改めて話し合う。

 まず、採掘場の水の件、つまりバイラン様の指名依頼。シリンディアたちの協力も取り付けたし、既に水溜りも徐々にその面積は狭まっている。これは達成と見ていいだろう。


 次はシリンディアの今後だ。

 プルクラの場合は単独で発見、そしてテイムだったが、シリンディアの場合は種族存亡の危機でもある。散り散りになった仲間もいる。そんな状況で我が家に連れ帰るというのはいかがなものか。でもプルクラの育児嚢には彼女たちの種の灯火、つまり子どもたちがいるのだ。


「ちなみになんだけど、チューブキャットの子どもって、どのくらいで授乳期が終わるの?」

「だいたい15日前後でしょうか。それ以降は我らと同じ食事で充分育ちますわ」

「普通に考えると短いけど、状況としてはそこそこ長いな……」

「ウチならだいじょぶなのー」


 うん、プルクラなら大丈夫だろうね。

 ――でも。


「いつも私たちと一緒にいるわけにはいかないよね、シリンディア?」

「そうですわね……散り散りになった仲間と合流しなくてはなりませんし、ミア様に従属したことも、我の口からそれらには直に伝えませんと」

「子どものことは私たちに任せて、今は種の立て直しにシリンディアは注力した方がいいと思う。だからシリンディアとアルファたちは森に残って」

「そうしていただければ我は言うことはありませんわ……ですが、ギルドとやらで我の登録をせねばならないのでしょう?」


 確かにシリンディアの言う通りだ。ギルドの規則にもそう記載されてるらしいし、アルビさんからもそれはテイマーの義務だと聞かされている。


 そこにミモ姉が少しだけ悪い顔を浮かべて、


「シリンディアはひとまずはここに残るだろ? つまり村には来ないわけだ。ということは村に迷惑はかからない。だから報告だけはしといて、こっちが落ち着いたらシリンディアを改めてギルドに連れて行く……でいいんじゃないか?」

「それで大丈夫なら、今とれる最良の手段だよね。あとは……」

「あぁ……シリンディアたちに牙を剥いた『サル野郎ゴブリンモンキー』だな」


 その憎き名前を聞いたシリンディアは歯噛みする。

 その感情は全員にも伝わり、次にすることが明確になる。自然とみんなと目が合えば、無意識のうちに出た首肯は遍く伝わった。


「……シリンディア。私たちが最優先するのは『ゴブリンモンキー』の討伐だよ。だから、くれぐれも無茶しないで逃げることを優先して」

「そうだぞ。こっちも充分に対策するし、おそらく冒険者ギルド直案件になる……強え婆さんがどうにかしてくれるからな?」

「子どもたちのことならプルクラに任せておけば大丈夫だから。ね? プルクラ」

「まかせるのー!」

「みなさん……ありがとうございます。諦めずにいてよかったですわ……」


 プルクラと違い尾のないチューブキャットは、感情をヒゲで表すらしく、バサバサと大袈裟に動かしていた。よほど嬉しいんだね。


 とはいえ、だ。

 私は知識としては頭にあるけど、実際にゴブリンモンキーに遭遇したことがない。だから対策を立てるにもミモ姉やギルドから『生きた情報』を入れないと不安だ。何しろ初めての『意識した戦闘』。キワタリカメレオンの時は急襲だったし、そもそも戦ってもいない。だからどうにも対動物戦闘のイメージを、討伐するイメージを頭に描けないのだ。


「……うん。やることは決まったね」

「あぁ! 初の三人でのガチの戦闘――」

「いいえ。三人と我らチューブキャットたち、ですわよ!」

「! そうだね。みんなで勝とう!」

「かつのー!」


 全員の士気が高まる中、不意に気づく。


 私とミモ姉、そしてチューブキャットたちはまだしも、育児嚢に子どもたちを入れたままのプルクラは戦えるのだろうか? 戦闘ともなればかなり動き回ることが予測される。相手は樹上を動き回るゴブリンモンキーだ。つまりは平面だけでなく立体的な動きが主になるわけで、そんな状況下、育児嚢にいる子どもたちが激しい揺れに耐え切れるのか? 普通に考えて無理だろう。

 そんな疑問を察したプルクラはすくっと立ち上がり、自信ありげな顔を向ける。


「だいじょぶなのー!」


 一声あげたプルクラは、一瞬のうちに拠点の外縁に向かって走り出し、そのままトップスピードで外周に沿って走り出した。時折軽く跳躍した後、太い木の幹に飛び掛かり、身体を捻って幹を足場に遥か上空に跳躍、そのまま地面に着地してから私の元に跳ねるように戻って来た。時間にしてほんの十数秒、プルクラを止める間すらなかった。


「ちょ! プルクラっ! ほ、本当に大丈夫なの……っ!?」

「だいじょぶなのー!」


 ちょこんとお座りするプルクラの育児嚢に指を掛け、恐る恐る引っ張って中を覗いてみると。


「! 信じられない……子どもたち、みんな熟睡してる……」

「まぁまぁ。さすがはプルクラちゃんですわ!」

「いやいやシリンディア……これはさすがってレベルじゃないからな!?」


 あれだけ縦横無尽に動き回っても熟睡できるってどういうこと?

 プルクラがすごいのか、チューブキャットの子どもたちが豪胆なのか。

 なんにせよ、育児嚢の中には全く影響がなく動けることが分かった今、プルクラも戦力に入れていいだろう。


 西に太陽が傾き始め、影が次第に長くなる。

 ここからティグリス村まではさほど危険もないけど、我が家には帰りを待つじっちゃんがいる。そろそろ帰ろうかと荷支度を整え始める。


「シリンディア。そろそろ私たちは帰るけど、明後日に子どもたちの様子、見せに来るからね」

「いくらプルクラの腹ん中が安全とはいえ、会いたいよな、家族だから」

「そのお気持ちは嬉しいのですが、甘えるばかりじゃいけませんもの。大丈夫です、ので」


 茜色に照らされたシリンディアの顔に、女王の風格、そして決意が滲む。こうしている間にも、きっと散り散りになった仲間や種族の将来を憂でいるのだろう、その目は強く美しい。


「ではミア様、ミモザさん、プルクラちゃん。我もやることがありますので、お暇いたしますわ」


 そう一言だけ残して、シリンディアはものすごい勢いで足元の地面を深く深く掘り進んで行く。次いでアルファとブラボーも一瞥だけをこちらに向け、ポッカリと空いた縦穴に飛び込んでいった。


 寂しそうに口を開けた縦穴に、しばしの別れを告げて。

 シリンディアの見せた寂しげな顔に後ろ髪引かれ、家路についた。

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