031 - ……なんだこれ?

【テイムの方法については、テイマーの数だけあると言われており、テイム可能な生き物を前にした際、その方法が自然と頭に流れ込んでくる、という報告が一般的である】


 冒険者になった後、すぐに冒険者ギルドの資料室で知ったテイムの方法。事実この通りにテイムの方法が自然と理解出来、結果プルクラをテイム出来た。その時の『従属契約詠唱』とでも言うのか、それも一字一句覚えている。


【……我が名はミア・ラキス。汝を従属使役する者也。我が聲に応えその身を委ね、我の与えしこの名を受け入れよ……プルクラ! テイム!】


 ――しかし。


 頭の中に流れ込んできた目の前のこの動物に対するテイムの詠唱は、プルクラのそれと全く異なっていた。本当にこれで合ってるの……?


 そして一つの懸念が頭をよぎる。


 テイマー一人がテイム出来る生き物の総数は、下級中級上級超級によって異なるらしいけど、白金聖級の私には一体どれだけの数の生き物ネコの仲間をテイム出来るかが一切不明。何しろテイムしているのがプルクラだけなのだから。


 もしこれでテイムが出来て、代わりにプルクラとのテイムを失ってしまったら。考えただけで切なくなる。


 でもバイラン様は『白金聖級超級より上』と仰っていたし、テイムの総数もきっとすごいに違いない! と自らを奮い立たせる。

 というかそもそも目の前のこの生き物、ネコの仲間なんだね……。


「ミア……テイム出来るって本当か? そいつどう見てもイタチの仲間っぽいんだけど……」

「うん……頭にテイムの流れもしっかり浮かんでる。だから試してみるね」

「おう……気を付けろよ」


 首肯だけを短く返し、ボス個体に向けて両手をかざす。

 ここまではプルクラの時と一緒。でも、詠唱が違う。でもこれ以外が全く頭に浮かばないところからして、これで正解なはずなのだ。でも、こんなので本当にいいの……?


 自分への疑念が晴れないまま、意を決してその言葉を詠唱した。


「……ヘイ! そこのアニマル。私、ミアっていうんだけど、キミが欲しいんだ! どう? 従属しちゃわない? ……テイミングカモーン!」


 言ってすぐさま右手を握り、親指を突き立て、先端を自身の胸にビシッ! と突き立てた。


 ……なんだこれ?


「ミア……お前巫山戯ふざけてるのか? 合ってるのかそれで?」

「母さまかっこいいのー」


 だってしょうがないじゃん! こうやれって頭の中の『テイマーミア』が囁くんだから! 私だって恥ずかしいんだよ……っ!

 羞恥に熱を帯びた顔を前に向ければ、その生き物は私のおかしな行動で呆気に取られていた……が、その瞬間。あの時と同じ、そうプルクラの時と同じように魔法陣がその生き物の足元に現れた。


 その後は思った通りに事は進み、やがて閃光が収束……あれ? プルクラの時と違う。

 プルクラは体毛の色が変わり倍近く大きくなったのだが、目の前の生き物は全く姿を変えていなかった。


「姿が変わってないな……本来はこういうものなのか? プルクラと比べるのもおかしいけど」

「そうかも……特に手順も詠唱も間違ってないよ」

「ねんわできいてみるのー」


 そうか。テイム出来てるなら念話できるはずだよね。

 相変わらず目を閉じたままのその生き物に、優しい気持ちで驚かさないよう念話を送る。


【君……私の声、感じる?】

【……えぇ。感じますわ。暖かい声を感じる……】

【! ……私、ミアっていうの。君の名前は?】

【名前? ……我に名前はありませんわ。ただ、皆からは『女王』と呼ばれていますわ……成り立てなのですけど】

【じょおう】


 女王!? それって一番偉い個体ってこと!? もしかして私、テイムしちゃダメだったのかな。そしてこの仔、メスだったのか……。


「おい、どうだ? 念話できたか?」

「うん……出来た。なんか女王なんだって」

「じょ、女王!? というかこの動物、なんて種類なんだ?」


 うん、そういえば名前は聞いたけど種類は聞いていなかったね。

 女王と言われてからどうにも気品を感じるその生き物に尋ねる。


【ところで、貴女たちはなんて種類の動物なのかな?】

【我らは『チューブキャット』。地中に暮らす『水脈の管理者』を司る種族ですの】

【『水脈の管理者』? それって何?】

【話すと長くなりますがよろしいかしら? 『水脈の管理者』というのは――】


 女王の話をまとめるとこうだ。


 チューブキャットというのは、地中を生活圏としたネコの仲間で、地下に溜まった水を自ら掘った穴を利用し制御することで、森の生き物を育む植物の成長を管理しているのだそうだ。その生態と性質上、ほとんどの動物――ヒト族も含む――には認識されていない。チューブキャットは、光のない地中に永く生きたせいで必要性のない視力を捨て、代わりに聴覚と臭覚を過剰に発達させた。その結果、生き物の足音や鳴き声、排泄物の匂いなどで種類や大きさ、雌雄の区別、ひいては感情――善意や敵意すら――をも感知できるように進化したのだそうだ。


 そしてさらにチューブキャットの念話は続く。


【我らチューブキャットは一頭の女王を中心に、少規模のオスの小隊……これは女王を護衛するための兵ですが、それ以外は全て不妊の多数のメスで群れを形成していますの。先ほど我は『成り立ての女王』と言いましたが、我には他に四頭の姉妹がおりましたの。我を含めて五頭のメスの中から先代女王が次代女王を任命するのです。そして数日前に我が選ばれ、残りの姉妹たちは我の子……女王の子の乳母になる……というのがチューブキャットの生態なのですわ。ですが――】


 そこで女王の顔、というかそれまでぴんと張っていた髭がしなりと閉じた。一体何があったのかな?


【――サルの群れが我らの巣穴を破壊し始めたのですわ】


 サルの群れ? と独りごちれば、ミモ姉が弾かれたように呟いた。


「それ……『ゴブリンモンキー』じゃないか?」


 ゴブリンモンキー。

 確かここ中間部に生息するサルだったかな。キーキーと不快な声を挙げ、樹上を自在に動き回るらしいんだけど、私はまだ見たことがない。


【それって、ゴブリンモンキーのこと?】

【おそらくは。しかし、明らかにゴブリンモンキーとは違う匂いと足音の個体がいましたわ。我らは目が見えないゆえ、姿形までは分かりませんけど】


 明らかに違う?

 ゴブリンモンキーの匂いがどういうものかは知らないけど、明らかに違うほど、個体ごとの匂いって変わるものなのかな。

 話せば話すほど、このチューブキャットの女王の口調? に品があるせいか、動物と話してる感じがしない。さすがは女王というところだ。


【話が逸れてしまいましたわね……サルの存在自体は我らも認識しておりましたが、それまでは干渉せずにいたのですわ。そもそも生活圏が違いますから。ですが、群れを巧みに統率する者……先ほど言った『明らかに違う匂いの個体』が群れを使って、弱い仲間……若い者から根こそぎ襲い始め……多くの仲間が殺され……我の姉妹も一頭を除き攫って行ったのですわ。卑劣なことにその個体は姿を見せず、自身では一切手を下しませんの。どうにかサルたちの目を逃れ、ここにいる子らは辛うじて救えましたが……じきに命を落としてしまうでしょう】

【! で、でも女王様がお乳を与えれば大丈夫じゃないの!?】

【それは無理なのですわ。女王とは子を残す者であり、育てる者ではありませんの。女王に選ばれた瞬間、授乳の機能は失われ、逆に受胎能力が格段に上がるのですわ。乳母になった者はその逆で、受胎の機能は失われ、授乳能力が格段に上がる……のですわ】

【もしかしてその一頭の姉妹メスって……?】


 言葉なく女王は小さな頭を横に振った。

 そのメスも数時間前までは生きていたが、襲われた際の傷が思った以上に深く、命を落としてしまったのだそうだ。


 つまり背中で震える七頭の子どもたちは、じきに餓死してしまう。

 せめて乳離れしていれば、我が家で一時的に保護できるのに。


 自分へのもどかしさに歯噛みする傍で、それまで気配を消すかのように押し黙っていたプルクラが静かに口を開く。それは私にもミモ姉にも予想すら出来なかった、突拍子もない言葉だった。

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