030 - 異形の動物
ここビャッコの森中間部に位置する鉱石採掘場は、動物の侵入や盗掘を防ぐために丸太を刺して並べた防壁が、大きな円状を描き構築されている。高さも約10メルトほどはあり、これを乗り越えて進入は難しいだろう。
しかもこの防壁は冒険者ギルド及び商業ギルドに籍を置く職員たちによる障壁魔法が施されていて、摩擦係数が極端に少なくなっているから、簡単にはよじ登れないようにもなっている。
穴があるとすれば空中からの襲撃、つまり大型鳥類になるのだが、ビャッコの森には、脅威になるような大型鳥類は今のところ生息確認はされていない。
肝心な採掘場の出入り口にも堅牢な扉があり、『採掘権』を持つ者が国民証をかざすと開閉する鍵がある。私は未だ採掘権は未取得だが、ミモ
入った際には内側から鍵を掛けるのも規則だし、御多分に洩れずきちんと鍵は掛けた。それも全員で声出し確認したから、隙をついてここから侵入したというのも考えづらい。
つまり何が言いたいかというと、今私たちを取り囲んでいる姿なき生き物が、どうやって採掘場内部に潜入したのかが全く分からないのだ。
「一体どこに隠れてやがる……気配だけはビンビン感じるんだが……」
「ウチにもわかるけどどこにいるのかわかんないのー」
「複数いるんだよね? 私には気配すら感じないけど……」
プルクラは野生の本能で、ミモ姉は豊富な戦闘経験でそれを感知しているが、あいにく今の私にはその両方ともが足りていない。
私にできることは油断せずに『疾双のジャンビーヤ』を逆手に構え、有事に備えるだけだ。とはいえ斬るには心許ないこの短剣。いつも以上に汗が身体中から滲み、切っ先が細かに震える。
静かにゆっくりと時は流れる。相変わらず警戒を解けない私たちを包囲する、姿なき生き物。
その均衡は意外なところから文字通り崩れた。
「! なんだっ!?」
「? きゃああぁぁぁ!」
「おちるのー!」
不意に足元がガクンと陥没し、回避する間も無くただ無防備に落ちていく。
ドンッ! とお尻から落ち、その衝撃に腰を少しだけ痛めたようだ。
ミモ姉も同様に腰を打ったらしく、しきりに腰を摩っていた。ただプルクラだけはうまく着地できたようで、そのまま上を向いて『グルル……』と威嚇していた。
立ち上がるには心許ない自分とミモ姉の腰に
「落とし穴だと……? 人工的なものじゃないなこれは」
「どうして分かるの?」
「見てみろ。無数に横穴があるだろ? しかもどう見てもこれは道具で掘ったものじゃない。でもこれを作った
経験豊富なミモ姉でも分からないのか……。
改めて落とし穴を観察すれば、深さ広さが3メルトほどの円柱状で、側面はミモ姉の言う通り、道具で掘ったというよりは爪や指で掘ったかのように、ところどころ梳ったような痕跡がある。そしてそこには直径20から30センテほどの横穴がいくつも空いていて、まるで大きなアリの巣穴に迷い込んだようだ。
相変わらず上を向いて警戒するプルクラは、小声で周囲を憚るように呟いた。
「上になにかいるのー」
「上? っ! ……あれ、何……?」
「!? なんだあいつら……私も知らないぞあんな奴」
太陽光に視界をやられ、シルエットしか確認できないそれは、七つの小さな頭で落とし穴の淵を均等に取り囲み、こちらを覗き込んでいた。
【Mimimi……】
【Chichichi?】
【Miiii……mimimi?】
【……】
7つの頭はしきりに鳴き合って意思疎通を取っているようだが、私たちにはもちろん理解はできない。だけどどうにも彼ら? からは敵意というものが感じ取れない。それは二人も同じ意見のようだ。
「わるい……きもち? がないのー」
「プルクラ、そういうのを『敵意』って言うんだよ」
「いや違うな。これは……敵意というよりは私たちへの『興味』……だろうな」
しばしの睨み合いの中、まずはこの状況をどうやって打破するか。
私が思いついた作戦を、人語を解するとは思えない相手の前とはいえ、悟られないよう小声で伝えた。
「……私はこの高さなら跳んで上に戻れると思う。プルクラは大きくなってミモ姉を乗せて跳ぶ……出来る?」
「……できるのー」
「よし……その作戦でいこう。合図は私が納剣したら、だ」
作戦は決まった。まずは私が疾双のジャンビーヤを腰に戻し、二人に目配せで合図。次いでプルクラが
一つ深呼吸をしたミモ姉は、ゆっくりとプルクラに跨り、古強者の斬滅剣を背中に納剣し――
「今だっ!」
「了解っ!」
「“ぎがにまるー”!」
――私とミモ姉を乗せたプルクラは瞬時に高く跳躍、地上5メルトほどで最大高度に達し、落とし穴から3メルト離れて着地。
作戦は成功だ! すぐに私たちは抜剣、プルクラも体毛を一気に逆立て、低い唸り声を挙げその生き物たちを威嚇する。
ようやくその生き物たちの姿を鮮明に捉えた。
私はもちろん二人も初めて見たらしいその七頭の生き物は、私たちの急な脱出劇に狼狽えるように、一回り大きな個体の元に集合し、こちらの出方を窺うように顔を向けた。
その姿は普段見かけるどの動物にも似つかない姿を持っていた。
体長は40センテ、ボスであろう個体は50センテほど。体毛は濃墨色で毛足は短い。
ここまでなら普通の小型肉食動物――歯の形状から判断した――と言ってもいいのだが、いくつか異形とも言える特徴を有していた。
まず体長に比べ極端に脚が短く、腹部がほぼ地面に接しているのではというくらいに短い。そして前肢のみが不釣り合いに太く、しかも5センテほどのやはり太く固そうな爪が生えていた。
その上、動物には必ずあるであろう尾がなく、その代わりに顔の大きさに似つかわしくない長いヒゲが生えている。
おまけにどの個体も一様に目を閉じていたが、まるで見えているかのように全頭がこちらを見据えていた。
「敵意も感じない。食っても美味そうじゃない。革は取れても少なそう……だな。これは私も見たことがないから、通常なら討伐もしくは捕獲してギルドに精査依頼だけど……どうするミア?」
「おいしくなさそうなのー」
「……どうしようか……ってちょっと待って!?」
あまりの異形に気を取られていたが、七頭の背中には10センテほどの小さな獣……幼獣がピッタリと張り付いていた。時折小さく震える小さな命に私は行動を起こす。
「背中に子どもが張り付いてる……私が近づいてみるから少しだけ待って」
「……わかった。ただ私たちは臨戦態勢は解かないぞ」
「母さま気をつけるのー」
無言で小さく首肯してからジャンビーヤを腰に戻し、脅かさないよう極力身体を低く構え、ジリジリと近寄る。
本来、このような『幼獣を連れた成獣』は、たとえ大人しい草食動物ですら警戒して何らかの威嚇行動をとるはずなのに、眼前の生き物はそういった行動を一切取っていないのだ。
それでも私たちの元から立ち去らず、ここに留まっているということは何らかの理由があるはずだ。
出ているかは分からない警戒心を極力抑えるように心がけ、少しずつ距離を詰めて――
「っ! これって……?」
「ど、どうしたミア?」
「どうしたの母さまー?」
――ひと回り大きなボスであろう個体を抱き上げようと、手を伸ばした刹那。痛みの伴わない衝撃が頭を襲った。この感覚は覚えがある。そして頭に流れるこの感覚は……っ!
心配そうに声を上げる二人に、私は冷静に言葉を返した。
「ミモ姉、プルクラ……。なんかこの仔……テイムできるみたい……!」
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