029 - 水溜り

 疾双のジャンビーヤ。


 それはミモねえが命名した恥ずか……かっこいい名前の一対の短剣。金属製とも違う、おそらく骨か牙でできているらしい真っ白なそれを腰に帯剣し、ビャッコの森中間部の拠点兼採掘場に来た。


 この短剣はじっちゃん曰く、捨てられていた私の傍に置かれていたもので、どうやら私以外には扱えないものらしい。だって他の人が持つとビリッときて身体が反発して弾け飛ぶからね。それはじっちゃんとミモ姉が身体を張って実証済みだ。しかし、先日プルクラはこれをビリッともさせず難なく咥えてみせたけど。


 見た目も私が普段数打ちしている短剣とは違い曲刀で、なんと言っても。斬れ味だけなら今手にしている自作の短剣の方がよく斬れる。にも関わらずそれを持って来たのは、プルクラが持って行けと言ったからだ。プルクラは言葉足らずなところがあるけど、嘘を言ったことは一度もないから信用して持って来たんだけど……。


「母さまなんでそれつかわないのー?」

「だってね、この短剣、あんまり斬れないんだよ。ほら」


 言って足元の雑草を一株斬って見せる。

 自分で斬っておいてなんだけど、正直刃物として、ましてや自分の命を預けることにもなるこれは、少々不安が残る。ミモ姉にも『武器というより装身具』と言われているしね。


 ミモ姉の方を振り返り同意を得ようとすれば、珍しく腕組みをしながら難しい顔を浮かべる。


「私も最初はそう思ったんだけどな。プルクラが持って来いって言ったのは何かしら理由があるんだろう。今日は私もいるし、この採掘場周りで試してみるか? まぁその前にアレをどうにかしないことにはな」

「そうだね。この前より拡がってるみたいだし」


 ミモ姉の視線の先には、もはや小さな池くらいの規模に拡がった水溜り。原因も今だに解らず、それを突き止める依頼をバイラン様より受けていて、今日、二度目の調査なのだ。まぁ前回は予期せぬキワタリカメレオンとの戦闘で採掘場にすら来られなかったから、事実上初めての調査だけど。


 中間部の拠点兼鉱石採掘場では、ティグリス村の数少ない特産品の一つである『琥珀鉱』という、半透明の飴色をした鉱石が採れる。太古の昔よりその姿を変えないビャッコの森の樹木から生成された樹脂が、地中で長い時間をかけ鉱石化したもの。この辺りではさほど希少とは言えないほどに馴染みのある――とはいえ安いものではないけど――鉱石だが、何しろ産出地が大陸全土を見てもここビャッコの森と数カ所しかないがゆえに、他の国や遠方の街や都などでは希少鉱石扱いになっている。


 それがこの水溜りのせいで採掘できないとなると、我が『ラキス刀剣鍛冶工房』をはじめとした鍛冶工房は大打撃なのだ。それほど大きくもないティグリス村の経済が比較的安定しているのは『琥珀鉱』のおかげ、と言っても過言ではない。だからこれは私たち鍛治職人だけではなく、ティグリス村全体の問題でもあるのだ。


「うえぇぇ……ぐちゃぐちゃじゃないか。でも調査しないことにはミアがDランクに上がれないからな、我慢するか」

「母さまー。ウチあし汚れるからここでみてるー」

「プルクラは少し休んでていいよ。水溜りはミモ姉となんとかするから」

「じゃあみはりするのー」


 私たち二人は早速ブーツを脱いで泥で濁った水溜りを隈無く探索、背後でプルクラに周辺警戒を任せる。私とプルクラだけはお互いに念話で意思疎通が取れるから、何か異変があったら知らせてと言っておいた。


「……一体どこから水が、というかなんでいきなり水が染み出してきたんだろうな?」

「それは分からないけど、雨も多いから水自体は豊富だもんね」

「だからビャッコの森は動植物生物資源が豊かなんだよなぁ。相当地下水も多いんだろうな」


 ティグリス村の経済はもとより、各種動物や木の実、果実に至るまで、『ティグリス村の食』を彩るビャッコの森がもし無くなったら……と考えるだけで戦慄が走る。プルクラの食事はほぼ現地ビャッコの森調達だからね。今日ももちろん調達予定だ。


 そんなことをぼんやり考えているうち、ミモ姉が何かを見つけたようで、私を手招きする。

 泥濘ぬかるみに足を取られつつ近寄って彼女の指差す先を見れば、そこだけ僅かに波紋が浮かんでは消え、を繰り返していた。水泡を伴っていればともかく、それが一切無いことから、道理で誰も発見できなかった訳だと推測できる。


「おそらくあそこの下から少しずつ滲み出てるんだろうな……」

「どうしよっか?」

「そうだな……採掘した時に出た捨て石でも積んで塞いでみるか」

「了解」


 ひとまずの方針は決まった。この採掘場の隅には、採掘の際に出た鉱石以外の大小様々な石や細かい砂が山積みにされていて、村の住民が自由に使えるものとして一時保管されている。これらは石壁や庭の敷石、建材などに有効活用されているのだ。ちなみに鉱石類は資格のあるものしか採掘は出来ず、必ず商業ギルドに売却する、もしくは我が家のような『鍛治をはじめとした加工業』は採掘量を申告の後、規定の料金を支払う……というのが決まりになっている。


 まずは大きめの石というかもはや岩を二人して何往復もしては当該箇所に積んでいく。ミモ姉は身体も大きいし力もあるから楽々運んでるけど、小さい私には結構な重労働。


「だったらおっきくなればいいのー」

「! そ、そうだよな!? なぁミア、お前がでかくなって私に手渡せばすぐに済むんじゃないか!? な!?」


 うっ……バレたか。実は私もそれ思ってたんだけど、ここ思いっきり外だから、ミモ姉に提案するのを躊躇してたのに……。

 でかくなっても色々見えないから大丈夫だろ? と彼女とプルクラは言うけど、当事者からしたら結構、いやかなり恥ずかしいからね?


「こ、ここで脱ぐの!? だって人来ちゃったらどうするの?」

「いや、それは大丈夫だよミア。実はな――」


 どうやら私の知らないところで『ミアと私が依頼調査中は誰も採掘場への立ち入りをさせるな』と冒険者ギルドに伝えていたらしい。なんとも手際のいいミモ姉に舌を巻き、渋々ながら採掘場の隅で服を脱いで、


「はぁ……“巨人獣化ヒュムギガニマル”」


 とはいえせっかくの『目的のある“巨人獣化ヒュムギガニマル”』だからと目一杯、つまり5メルトまで大きくなった。



† † † † 



「やっぱりでかいとこういうのは捗るな!」

「はかどるのー!」

「そうだね、あはは……」


 ミモ姉が抱えるくらいの岩も鷲掴みで運べるんだから捗らないわけもなく、ほんの少しの時間で積み上げ作業が終わった。これであとは水を掻き出して数時間から数日様子を見ようということになり、食事休憩をそのまま採掘場で取ることに。もちろん『巨人獣化ヒュムギガニマル』は解除して、しっかり着衣済みで、だ。


「これで解決すれば晴れてミアもDランクだな」

「うん、じっちゃんも喜ぶと思う。でも、商業ギルドで『採掘権』を取得しないとじっちゃんの代わりは出来ないよね?」

「あぁそうだな。私も一応ゼルじいの護衛をするようになってから『採掘権』は取得したぞ」

「おやつおいしいのー」


 プルクラは行儀良く伏せのポーズでおやつの干し肉をもしゃもしゃと美味しそうに食べていた。これはプルクラ用に自作したもので、人間用とは大きさと味付けが違う。味付けと言っても動物には塩がよくないので、単に天日干しただけのもの。これを『プルクラ専用背負い雑嚢』に入れて持ち歩かせている。自分の荷物は自分で、というミモ姉の提案でドルドじいちゃんに作ってもらったものだ。

 これは前肢を通して背負う背嚢に似たもので、私たちの背嚢が背中にくるのに対し、プルクラのものは左右の胸脇に嚢がくる。ウマやロバの背負い嚢とほぼ同じものだ。


【なるほど、こいつプルクラの背負い雑嚢か。よしわかった、こんなものはすぐに作ってやるからちっと待ってろ】

【ありがとじいちゃん。あと――】

【あぁ。『伸び縮み自由自在の素材』だろ? ワシは聞いたことないが、客の中には噂好きや情報通もいるからな。情報だけは集めといてやる】


 そういうわけでドルドじいちゃんには、巨人獣化ヒュムギガニマル小人獣化ヒュムミニマルに対応できそうな素材の情報を頼んであるのだ。まぁあてにしないで待ってろ、と言われているからあれば御の字くらいの気持ちで待つことにした。


 じゃあそろそろ水の汲み出しでもするかとミモ姉が立ち上がれば、


「……プルクラ。気付いてるな?」

「きづいてるのー」

「何? どうしたの?」


 ミモ姉とプルクラの顔には緊張の顔が走っていた。私だけがその原因に気づかずに二人に聞くと。


「何かはわからないが動物に囲まれてるぞ……」

「……ウチたちよりたくさんなのー」


 どうやら得体の知れない生き物に、私たちは既に包囲されていた。

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