028 - 小人獣化

 巨人獣化ヒュムギガニマル


 ある意味これがギルドの三人――後からブリッツ師匠にも見てもらった――を一番驚かせた。野生の治癒ワイルドヒールの場合は、魔法と技能の差こそあれ、少数だが同効果を行使できるものがいる。ところが巨人獣化ヒュムギガニマルの場合はバイラン様以下、見たことも聞いたこともないと口を揃える。


 私自身も初めて試した巨人獣化ヒュムギガニマルは、色々と見えなくて良かったとか、大きさも自由自在に制御できるとか、5メルトになってもスピードなどのパフォーマンス低下が一切ないとか、とにかく色々ありすぎて気持ちの置き所が見つからないでいた。


 ちなみに私がバイラン様にかけた野生の治癒ワイルドヒールで、杖なしで歩くことはおろか、アルビさんと同じくらいのスピードで走ることすら出来たのだ。これはもはや『リジェネレ再生魔法』すら超えた『リバース再誕魔法』じゃな、とバイラン様は悪戯な顔を浮かべる。

 ただ、上半身の衰えが下半身について来ないと半ばボヤかれたので、背中を中心に野生の治癒ワイルドヒールをかけてみたところ、佇まいだけを切り取れば姿勢の良い妙齢の女性そのものに変貌を遂げた。ついでにお顔もどうかと提案したが、そこまでやると各方面から勘繰られると固辞される。


「さてさて。色々見させてもらったが……ミアよ、お主もはや人間辞めとるの! プルクラの乗り心地も快適な上にあの速度! あんなに愉快な気持ちになったのは久しぶりじゃよ!」

「ウチもたのしかったのー! ばばさまこんどもりまでいっしょにあそびにいくのー!!」


 私が首から下に野生の治癒ワイルドヒールをかけたおかげか、バイラン様は宮廷魔導士時代の全盛期ほどまでに生気が戻ったらしく、声量もハリが出たようだ。

 おまけにプルクラはすっかりバイラン様に懐いてしまい、足元に伏せて時折彼女の足に顔を擦り付けていた。強いものには服従するという野生の本能が働いてるのかな……。


 一瞬途切れた会話の隙をついたのはブリッツ師匠。私と視線をしっかり合わせて、諭すように言った。


「ミア・ラキス。バイラン様も仰っていたが、お前の技能はかなり特異なものゆえ、迂闊に使わないようにな」

「っ! はい、師匠。気をつけます。助言感謝いたします!」

「うむ。元気があってよろしい! 以後も励むといい」


 最後の最後でブリッツ師匠に褒められるという『ご褒美』をいただき、こうして波乱の一日が終わった。


「ではバイラン様、今日は色々とお世話になりました」

「こっちこそ有意義な時間じゃった。何か困ったらいつでも来るんじゃぞ」

「プルクラちゃんも、今日はありがとうございます。お肌のこと、またよろしくお願いしますね!」

「ウチにおまかせなのー!」


 一通り挨拶を済ませ、ギルドを後にしようかと思えば、ミモ姉が大事なことに気づく。なにかあったかな?


「キワタリカメレオン、どうするかなぁ……」

「あぁ……そんなものもあったね、そういえば」

「もも肉はウチのなのー!」


 これ以上の面倒事、つまり解体作業をする気力も無くなった私たちは、ギルドに解体をお願いして、じっちゃんの待つ我が家へと急いだ。



† † † †



 なんだかんだで家に着いたのは夕飯前。普段の食事は私が担当だけど、今日はさすがに疲れて作る気力もない。ならばと商業区画まで足を伸ばしておかずを購入。スープだけは簡単なものを作れば立派な夕食になる。

 プルクラのご飯だけは自作なので、これはミモ姉に任せることにした。とはいえやることは肉を食べやすい大きさに切って、野菜と獣骨を少し付け合わせるだけなんだけど。


 夕食を囲みつつ、じっちゃんに今日の報告をしたのだが、もちろん話題の中心は『巨人獣化ヒュムギガニマル』。念の為聞いてみたが、案の定じっちゃんも知らないと首を振る。


「ギルドマスターも知らないなら、都のお偉いさんレベルじゃないと無理だろうなぁ」

「でもよゼルじい。行ったら行ったで下手したら大神殿に軟禁されちまうぞ」


 えらく物騒な話に身をすくめれば、隣で大人しくご飯を食べていたプルクラが頬を一舐め。ありがとね、心配してくれて。私も頭を撫でてお返しする。


「そもそも巨人獣化ヒュムギガニマルって、プルクラはともかく私には使い所がなさそうだから、使わなければ大丈夫バレないんじゃないかな?」

「だよなぁ。でかくなるたび服が破けたら、いくらあっても金が足りなくなるもんな」


 まぁお金はさておき、なんといっても恥ずかしいからね。大きくなればなぜか恥ずかしくないんだけど、いざという時に躊躇したら意味がない。


 ふとじっちゃんを見ると、考え事をしているのかフォークを持つ手が止まっている。


「どうしたのじっちゃん?」

「……確か巨人獣化ヒュムギガニマルって大きさも自由自在だと言ったな? ってことはだ、今のままの大きさでもイケるんじゃないか? だったら服も破けんだろ。というか小さくもなれるんだよな?」

「「……」」

「……あれ? 違うのか?」


 大きくなれるというその一点ばかりに気を取られ、小さくなれるという可能性に思い至らなかった。確かに生き物の理から逸脱して大きくなれるのなら、小さくもなれる……のかな?


 しばしの静寂を破ったのはプルクラ。動物だから表情は乏しいが、代わりに尾はもうやる気満々で、それを見て可能性は確信に変わった。


「ふたりでやってみるのー!」


 互いに顔を向けて一つ頷いた後、小さくなるなら頭に浮かんだこの言葉しかないとそれを叫んだ。


「“小人獣化ヒュムミニマル”!」「“みにまるー”!」


 うん、小さくなることしか頭になくて、服を脱ぐの忘れていたよ。

 途端に視界が真っ暗になり、巨大な布と化した服をかき分け這い出れば、はるか上空に二つの絵に描いたような驚愕の顔。


「っ! ち、ちっせええぇぇぇ!」

「ミア……お前、人形みたいになっちまったな……」

「そ、そうかな……って二人ともでっか!」

「「いやいやミアが小さいだけだから」」

「ふたりとも小さいのー!」


 じっちゃんに大きさを測ってもらったところ、現在私の大きさはなんと身長およそ30センテ。約1/5ってところだ。ちなみにプルクラも同じ比率で小さくなっていて、体長およそ20センテ。

 私はじっちゃんの、プルクラはミモ姉の手のひらに乗せられて、まじまじと熟視される。人ってでかくなるとこんな風に見えるのか。まぁ実際は私たちが小さいだけなんだけど。というか家も広いしテーブルも大きい。並んだ夕食も食べきれないくらいだ。


「ミア、お前これなら潜入作戦とか、余裕で出来るんじゃないか? あ、でもそんな小さな武器も胴具もないか……」

「まぁ武器は儂が用意してやろう。その手の大きさだと……刃渡り6センテくらいか? 作るのは大変そうだが面白そうだ。胴具なんかはドルドにでも相談してみろ」

「ありがとじっちゃん……というかこうして爪も生えてるし、大丈夫な気もするけどね」


 巨人獣化ヒュムギガニマルがパフォーマンス低下しなかったのはギルドの訓練場で実証済みだから、おそらくこの小人獣化ヒュムミニマルも同様だろう。


「ミア、試しにプルクラとちょっと走ってみ」


 ミモ姉の提案に乗り、部屋の中を一通り走ったり跳んだりしてみるが、大きな二人の視点からすると、驚くほど速いものではなかったらしい。

 元が小さいのだから当たり前だ。つまり、歩幅も1/5になるわけだからね。動きとしてはネズミよりもすばしっこいくらいだったそうだ。


「それでも充分すぎるだろ……ま、とにかく今日はこれくらいにしてさっさと飯食っちまおうぜ!」

「じゃあちょっと部屋に戻るね。恥ずかしいから」


 一度自室に戻って小人獣化ヒュムミニマルを解除。じゃないとじっちゃんに裸を見られちゃうからね。

 1/5の大きさだと、二階に上がる階段すら高山を登るくらいの規模だけど、馬鹿げた身体能力のおかげなのかポンポンと跳躍で上がることが出来る。


 ふと後ろを見れば、一緒になぜかプルクラも着いて来る。君は元から裸だから大丈夫でしょ? 先にご飯食べててもいいんだよ?


「つくえの上から気になるにおいがするのー」

「えっ……どれのこと?」


 私の机なんて神獣様の像と帳面――こう見えても日記的なものをつけている――とミモ姉が遠征先で買ってきた変なお土産と、あとは……。


「これなのー。こんどもりに行くときにもってくのー」


 そう言ってプルクラが咥えてみせたのは、あの謎の白い短剣ジャンビーヤだった。

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