027 - 巨人獣化

 血色も良く、くすみやむくみなど微塵も見て取れないバイラン様のおみ足に、みんなが驚愕する。もちろん術者本人の私もだ。

 私の足と比べてみても肌艶がさほど変わらないということは、バイラン様の足は、十代の私ほどまでに再生した、ということになるのかな。


「むっ……ミア、お主。今失礼なこと考えとったじゃろ?」

「! いや、そんなことありません! き、綺麗な足だなって見惚れてただけで……そうだ! お膝の具合はどうですか!?」

「ふむ、そうじゃったな……ちょいと杖なしで立ち上がってみようかの」

「なっ! ギルマス!? ご無理なさらないでくださいね!」


 アルビさんの心配をよそに、バイラン様はソファの肘掛けに左手を添え、


「どっこいしょ!」


 一つ気合を込めて立ち上がった。私もミモねえもバイラン様の一挙一動に目を見張る。

 ややあって、彼女は右手で持っていた杖をポンとソファに投げ捨てた。少し体は揺れているものの、安定はしているようだ。『野生の治癒ワイルドヒール』はプルクラ同様に私も成功したとみていいだろう。


 ただアルビさんだけはそのさまに狼狽えバイラン様を支えようとするが、バイラン様に制される。


「ほ、本当に大丈夫なのですか、ギルマス!?」

「こりゃアルビよ、取り乱すでないわ。わしが大丈夫だと言っとるんじゃ、安心せい。ふむ……いけそうじゃな。さてさてミアよ。さっきわしが言った巨人獣化ヒュムギガニマルの件、覚えておろう?」

「はい。『いい方法がある』って仰ってましたよね」

「なんだよランばば様? 勿体つけないで教えてくれよ」


 それは後でのお楽しみじゃ、と一言だけ述べたバイラン様は、我先にと執務室を出ていった。



† † † † 



「おいおいアルビ姐さん……ラン婆様、一人で歩かせて大丈夫なのかよ? いつも姐さんが横で手助けしてるんだよな?」

「私ももちろん心配なんです。ですがご本人が大丈夫だと仰っているんです。ここで手出し口出しすると後々怖いんですよ、察してください……」

「ねえミモ姉……バイラン様ってそんな怖いかたなの?」

「ミアは本気と書いてマジのラン婆様を知らないからな……あれは私がこの村を拠点にしようと思った矢先だったな……」

「あぁ……私も覚えてますよ。今思えばミモザさん、相当失礼でしたよ。あの時はギルド職員総出でギルマスをお止めしたんですから」

「えぇ……ミモ姉、一体何やったの?」

「ん? いや、んだよ」

「……こりゃお主ら、何くだらんこと話しとるんじゃ……ほれ、さっさと行くぞい」

「「は、はいっ! すいません!!」」

(一体何があったんだろう……?)



† † † † 



 軽快に歩くバイラン様に連れてこられたのは、先日ビガロと仕合った訓練場だった。ここは多数の人が鍛練しても余るほどに広く、しかも屋根もないので閉塞感もない。もちろん四方は高さ約10メルトの石壁に囲まれているから、覗き見される心配はないけど……。


「ふむ、ちゃんと人払いはされてるようじゃな。ここへの入り口は一箇所しかないし、そこにもブリッツを立たせておるでな。心配せずに脱いで構わんぞ」

「まっぱだかなのー!」

「万が一野郎が来ても私が一刀両断にしてるから大丈夫だぞ!」

「殺らないでくださいねミモザさん! でも、さすがに屋根のない訓練場で全裸にさせるのは気が引けますね……」


 アルビさんが言うのも尤もだよ。みんな簡単に脱げ脱げと言うが、湯浴みするでもない、寝巻きに着替えるでもない、ただ脱ぐだけって結構恥ずかしいものだ。


「全く手間がかかるの、生娘というやつは。仕方ないのう……“イリミタートゥス・カルチェレ・パルヴィタス”」


 刹那、私を半球の闇が覆い尽くす。夜の闇より深く静謐な黒は、否応無しに不安な気持ちを増幅した。


「……ア! ミア! 聞こえるか!?」

「あぁ、そうじゃった。音も遮断しておったわい……これで大丈夫じゃな。おーいミア、聞こえるかの?」

【! はい! 聞こえます】

「これは双方の視界を切り離す結界じゃて、誰にも見えん。遠慮なく脱ぐが良いぞ。手足も出せるから、脱いだ服はアルビに渡すんじゃぞ。汚すといかんでな」

【分かりました……少し待ってください!】


 結界ってこんな感じなのか……。手足も出せるとバイラン様は言うけど、本来ならこれって対象を拘束する魔法な気がする。だってさっきまではバイラン様の声すら聞こえなかったのだから。


 おずおずと胴具、そして肌着、最後に下着を脱ぎ、生まれたままの姿になった。しかし、こんなに真っ暗なのに、なんで自分の姿はしっかりと見えてるんだろうか。これもバイラン様の魔法がすごいということ?


 すると結界の外から二本の手が入り込んでくる。アルビさんの手に畳んだ服と胴具を渡すと、いよいよ後に引けなくなった。


「さてさて。ミアも準備できたことじゃし、拡げようかの……“ヴェルシオン・ギガス”」


 結界の外から聞こえた詠唱に応えるように、一気に結界は大きくなり、全員が入っても有り余る、というか訓練場全体を飲み込んだ。

 みんなと目が合い、羞恥のあまり両手で大事な部分を隠す。耳も火照ってとにかく恥ずかしい!


「母さままっぱだかなのー! ウチとおそろいなのー!」

「おう! そうだなプルクラ。よかったなーかーさまとおそろでー」

「ふむふむ。やはり若い肉体は瑞々みずみずしくていいの。こっちまで若返るようじゃな」

「そうですね……よく見ると意外と女性らしい体型――」

「もう止めてくださいっ!!」


 もう何だかわからないけどさっさと終わらせたい! ミモ姉も棒読み止めてーっ!


「ウチも母さまといっしょにおっきくなるのー。だからだいじょぶなのー。ふたりでがんばるのー!」

「プルクラ……うん、二人で頑張ろうか?」


 お互いに強く頷いてから、改めて二人並んでみんなの前に向き合い、せーのであの言葉を唱える。


「“巨人獣化ヒュムギガニマル”!」「“ぎがにまるー”!」


 刹那、私の身体中の血がものすごい速度で流れるような感覚に襲われ、気づけばみんなは足元で愕然と崩れ落ちていた。



† † † † 



「おー……5メルトってこんな視線になるんだね」

「おっきい母さますてきなのー。たてがみもおそろいなのー!」


 立て髪? と頭頂部から首筋にかけて撫でてみれば、確かにプルクラのような長い立て髪がある。どうやらそれは背中の中央くらいまで伸びていて、これ巨人獣化に限って言うと私がプルクラの見た目に寄ったみたいだ。

 しかもプルクラの見た目に寄ったのは立て髪だけじゃなかった。手足の爪もプルクラよろしく鋭く尖っていて、確実に地面を捉え、獲物を一振りで切り裂けそうなほど。

 だめ押しなのは耳だ。これもプルクラ同様に『獣耳』に変わっていて、自由にピコピコ動かせる! これ、もはや獣人なのでは……。


 そして何より不思議なのは『羞恥心が一切ない』ことだった。これも『裸で当たり前』なプルクラに心までが寄ったのだろうか。


「おーいミアよ。お主の姿、確認すると良いぞ……“エフィンゴ・ヴェリタス・ギガス”」


 足元のバイラン様が杖を一振りすれば、執務室で見た、あの鏡のようなものが私の大きさに合わせ現れる。どうやら『ギガス』というのは『大きい』ってことなんだろうな。


 言われるままに巨大な姿見に自分を写すと。


「あ……下着付けてる……いや、これって――」

「ウチとおそろいの毛なのー!」

「おおっ! ミア、色々と全然見えないぞ!」

「なるほどのう……こうなるのかい。まっこと面白い娘っ子じゃな!」


 普通に下着の形状で胸と下半身に、プルクラと同じ白地に薄墨色の斑紋の体毛が生え揃っていた。念の為背中を捻ってお尻を見れば、ちゃんと体毛がお尻を覆い隠していた。ちなみに尾はなかった。


「ギルマス……ミアさんの変化……巨人獣化ヒュムギガニマルに気を取られてましたが、プルクラちゃんも普通に巨大ですね」

「ほんとじゃのう。そういえばお主プルクラ、帰ってくるのにミアとミモザを乗せたんじゃったな? その……わしとアルビも乗せてはくれんかの?」


 わかったのー! と一言元気に叫んだプルクラ。スッと伏せのポーズをとり、今か今かと尾を振って待つ。


「では、私が乗せますね」


 この身体なら二人を難なく乗せられる。手のひらを地面に据え、二人を両手に乗せてプルクラの背中に運ぶと。


「しゅっぱつなのー!!」


 訓練場を全速でプルクラは周回し始めた。

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