026 - 再生魔法? ではない

「――という訳で、リジェネレ再生魔法系統の魔法を扱える職号を賜った人は……大神殿行きになるのです」


 ようやく私の頭も整理が出来てくる。一口にリジェネレ再生魔法と言ってもその効果は千差万別で、例えば肩から先を失った人にリジェネレ再生魔法をかけると、肘までしか再生しないとか、手首までしか再生しないとか。つまり術者の力量でその効果は違うのだそうだ。指先まで再生し、さらに欠損前と同様に動かせるくらいに再生出来る魔導師ともなると、一つの国に一人二人いればいい方だ、というくらいに希少らしい。

 ちなみにタイゴニアにそのレベルの魔導師は一人しかおらず、司教様の孫娘がリジェネレ再生魔法の使い手らしい。聞けば私より一つ年上のそれは綺麗な女性で、『可逆の大聖女』の職号を賜っているとのこと。


 つまり、もし私がバイラン様の膝の痛みを緩和できてしまったら「確実に大神殿行きになり、宮廷魔導師にならなくてはいけないじゃろうな」とバイラン様は言う。


「ミアは大神殿行きは避けたいんじゃったな? 宮廷魔導師になれれば将来は安泰……いや、そこを辞めたわしが言うことではないの」

「祖父の跡を継いで鍛治士になるのが私の望みですから」


 権力争いに嫌気が差し、筆頭宮廷魔導師を辞したバイラン様の話を聞いて「宮廷魔導師になります」とはならないよね。そんなギスギスしたところに行くのは絶対に嫌だし、私には『じっちゃんのような鍛冶士になる』という夢があるのだ。


「なぁランばば様? それって隠し通すことはできないのか?」

「それは無理じゃな。仮にミアがリジェネレ再生魔法を……いや、あるいは……アルビよ、ミアの国民証とプルクラの使役動物証を聖蘭珠で更新してみてくれんかの?」

「? 少々お待ちく――」


 言い終わる前に既にアルビさんは、部屋の隅にある聖蘭珠で更新作業をしている。その顔つきはとても綺麗で、少女のようなハリのある肌が一層彼女の魅力を引き立てる。うん、リジェネレ再生魔法の術者が大神殿行きになるのも納得だ。


 手際よく作業を終えた彼女はこちらに戻り、なんとも言えない表情を浮かべながら、バイラン様に一枚のメモを差し出した。


「……ギルマスはを見越していたのですか?」

「どれ……ふむふむ、やはりな。ミア、お主、大神殿は行かんでも良いぞ」

「はい……?」


 バイラン様がテーブルにポイっと投げ置いたメモには、更新された私とプルクラの情報が記されていた。



氏名:ミア・ラキス

性別:女

種族:ヒト族

年齢:15

職号:ネコ●○目の調教師テイマー

職業:見習鍛冶士・冒険者(Fランク)

技能:刀剣鍛治・双短剣術

   駆跳獣脚ワイルドレッグ野生の治癒ワイルドヒール巨人獣化ヒュムギガニマル



名前:プルクラ

使役者:ミア・ラキス

種名:フクロオセロット?

登録:冒険者ギルド・ティグリス支部

技能:駆跳獣脚ワイルドレッグ野生の治癒ワイルドヒール巨獣化ギガニマル

特記事項:技能追加の兆し有


「お! 私が名付けた『巨獣化ギガニマル』が反映されてるじゃないか!?」

「ほんとだ……ミモねえすごいね」


 あの大きくなるやつ、正式名称に……って私とプルクラの名称、微妙に違う。まぁ私は人間でプルクラは動物だから、こういう名称になるのか。

 それはさておき、どうして大神殿行きにならないんだろうか。国民証にしっかりと野生の治癒ワイルドヒールって書かれているのに。


「さてさて。疑問だらけといった顔じゃなミアよ。わしも聞きたいことはあるし、順番に行こうかの。まず大神殿行きにならない理由……それは野生の治癒ワイルドヒールではなくだから、じゃな」

「! でもラン婆様! ミアが野生の治癒ワイルドヒールっていうヒール治癒魔法が使えることには……ってそういうことか……考えたなラン婆様」

「なるほど……さすがギルマスです」


 ではなくだから。

 これの何が違うのか、私にはだけど、三人には分かっているようだ。


「つまりの。魔法系職号は『魔導師』『大魔導師』『聖女』『大聖女』『神官』『聖騎士』……とまぁ色々あるんじゃが、大神殿行きになるのはいずれもなんじゃよ。ところがミアの野生の治癒ワイルドヒールは技能じゃろ? まぁこれはズルに近いが、何しろお主の職号は魔法系ではないからの。つまりいくらでも言い逃れができる……ということじゃ」

「なるほど……?」


 要するに『魔法じゃないし職号も一般職だし』って言い訳ができるから、今は黙殺しておけば問題にはならない、ということ?

 バイラン様もこう仰ってるし、いざとなったら冒険者ギルドがなんとかしてくれるのかな。


「そういうことじゃな。もちろんギルドとしてお主の身の上は最大限庇護するつもりじゃよ……さてさて。今度はわしの番じゃ。駆跳獣脚ワイルドレッグ野生の治癒ワイルドヒールは理解できたが、この巨人獣化ヒュムギガニマルというのはなんじゃ? プルクラの巨獣化ギガニマルと同じ技能というのは察しがつくんじゃが」

「えっと、それは――」

「すごいんだぞラン婆様! その名の通り、巨大化できるんだよ!」

「は? ミモザさん貴女一体何を――」

「おっきくなるのー!」


 そう叫んだプルクラの身体はむくむくと大きくなる。

 あ、この部屋だとあの大きさが収まらないじゃない! ちょっと待ってプルクラ! ……ってあれ?

 村まで帰ってきたあの大きさの半分ほどで大きさが止まる。約2メルトでもこの執務室いっぱいになるのを見ると、改めてあの4メルトの大きさのプルクラがいかに大きいのかがよく分かる。というか大きさって自由自在なのか……。


「ちょ! プルクラちゃん!? なんですかそれは!?」

「プルクラよ……お主何者なんじゃ? まぁこれもミアの白金聖級がそうさせておるんじゃろうが……」

「な? すごいだろ!? ほんとはさ、この倍くらいまで大きくなれるんだぞ! 現にビャッコの森からここティグリスまで私とミアを乗せて、しかもウマより速く走れるんだからな!」

「「……」」


 静寂。

 まさに静寂が執務室を支配する。

 そうなるよね。私がお二人の立場ならそうなるに違いない。


「ミアよ……ちょっとお主の言葉、借りるぞ。もうわしらにもじゃよ」

「ですよねー……あははは」

「つまり、このようにミアさんも大きくなれる、と?」

「はい。試していませんが、出来ると思います」


 なぜ試さなかったのかと当然聞かれるが、衣服がそれ巨人獣化に耐えられないことを説明すると、なるほど尤もだと二人は首肯する。


「確かにミアさんも成人したてとはいえ大人の女性ですから、それは恥ずかしいですよね」

「それに対応できる素材なんか聞いたこともないもんな……」

「でも、冒険者ギルドとしては実際に見てみないことにはのう……」


 偶然だけど、今ここにはプルクラ含め女性しかいない。いっそのこと全部脱いで試すのは吝かではないが、如何せん執務室は狭すぎる。どうせやるなら最大まで大きくなってみたい。


「それならいい方法がある。でもその前に……わしの膝に野生の治癒ワイルドヒールをかけてみてはくれんかの?」

「あっ! そうでした。では試してみますので、ローブを膝まで捲っていただけますか?」

「あいわかった……これでいいかの?」

「母さまがんばるのー」


 時々じっちゃんも「若い時ほど膝が曲がらんから仕事がきつい」と零すことがある。その度に私は膝を摩ってあげているのだが、これが成功すればじっちゃんも仕事がしやすくなるだろう。だから何としても成功させたい。痛くない膝とそのイメージ……私みたいに自由に痛みなく曲がるのをイメージして。そしてバイラン様の両膝にそれぞれの手のひらをそっと添える。


「ではいきます……“野生の治癒ワイルドヒール”!」


 その刹那、バイラン様のが火照るように赤みを帯び、血色鮮やかに変化した。

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