024 - 性能さらに追加

 私が斃したわけではないけど、ビャッコの森中間部での私の初討伐は、目の前でポタポタと血を垂らすキワタリカメレオンだった。せめて毛がある生き物がよかった……。


「ミモねえ……ほんとにアレ、持って帰るの?」

「当っったり前だろっ! キワタリカメレオンは骨以外捨てるところなし、って言われてるくらいの奴なんだぞ!」

「お肉おいしそうなのー!」

「おっ!? プルクラお前分かってるじゃないか。コイツの肉はな、さっぱりしてて鳥の肉みたいなんだぞ! モモ肉なんかは少し歯応えがあるからお前プルクラ向きかもな!」

「もも肉はウチのなのー!」


 モモ肉という言葉に、プルクラの尻尾は残像で何本にも見えるくらいに揺れる。

 もうだめだこれ、持って帰らないとダメなやつだ。でもこんな大きいの、どうやって持って帰るんだろう。

 予め『大型動物を狩る』って目的であれば大型の雑嚢など、準備はいくらでも出来たけど。


「持って帰るのは分かったけど、どうやって持って帰るの? なんにも準備してないよ」

「あー……それなら大丈夫だよミア。念の為でっけえ雑嚢は持って来てるからな。ギリギリ入るだろ」

「もも肉はウチのなのー!」


 歯切れの悪い言葉を吐くミモ姉は、大型雑嚢を取り出し……っていつの間に入れたんだ? 道理で少し重かったはずだよ。

 吊るされた頭・体・舌の三部位を手際よく収納した後、ミモ姉は近くに積まれていた細めの丸太に括り付ける。聞けば、こういった大きめの荷物を複数人で運ぶ目的で、冒険者の有志が置いていったものらしい。なるほど、これの両端を私と二人で持って歩くのか。


「よし! じゃあミアは後ろを持ってくれ。いくぞ……せーのっ!」

「! ま、待って待って! 無理無理! 下がってきた下がってきた!」


 なんとなく予感していた問題が露呈した。私とミモ姉では身長が違いすぎて、前後のバランスがおかしいのだ。当たり前のように私目掛けて括った雑嚢がずり下がってくる。なんか生臭い。泣き言は言いたくないけど、今回は諦めたほうがいいかも。というか諦めてほしい。


「じゃあウチがもつのー」

「いやいやいくらプルクラでも無理だろ。お前とほとんど変わらない大きさだぞ……」

「じゃあプルクラ。モモ肉だけ切って持って――」

「おっきくなるのー!」


 言った瞬間、プルクラに閃光が……ってなんか既視感がある光景だ。

 色々プルクラには驚かされてきたから今更驚かないつもりだったが、それでも驚く以外のことができなかった。


 眩しさで逸らした目をプルクラにゆっくり向ける……うん、敢えて言いたい。君は誰ですか? 私の知ってるプルクラですか?

 そこにいたのは――私の想定を遥かに上回る大きさと化したプルクラだった。



† † † † 



「お、おいプルクラ……なんだよな? 何が起きて――」


 この大きさにミモ姉が驚くのも無理はない。先ほどまで体長約90センテだったプルクラが、ざっと目測で4メルト、少し見上げないと顔が拝めないくらいに急成長、いや瞬成長したのだから。

 でも、私の中の『テイマー』はこの現象を理解していた。これ『威嚇する習性』が『技能』に昇華した、ということだ。


「これでウチの首にトカゲのふくろをまけばはこべるのー。母さまとミモザおねえちゃんものれるのー」


 言いながら伏せのポーズでしゃがむプルクラ。伏せても大きいものは大きい。私たちの事情を知らない他人が見たら、超大型肉食動物に捕食される寸前にしか見えないだろう。

 早速プルクラの首に雑嚢を掛けて、前にミモ姉、後ろに私という順番でプルクラに跨った。なんというか乗り心地は悪くないし、妙に安定感があるのも不思議だ。


「じゃあぎるどに行くのー!」

「「了解!!」」

【……グルルゥアアァオオゥーーッ!】


 軽々とプルクラは立ち上がり、首をもたげて空に向け、地鳴りのような咆哮を上げた。強く重い音圧が全指向に拡がっていく様が、周囲の変化で見てとれる。


「! な、なんだこれ……大気が震えてるぞ……っ!」

「す、すごいっ……!」


 ビリビリと空気の振動が身体を細かに揺らす。辺りの木々の葉もザワザワと踊り哭き、鳥たちが驚きの奇声をあげ、四散した。遠くからは動物の群れの逃げ惑う喧騒が僅かに聞こえる。

 プルクラはこちらに振り返り、これで邪魔者はいなくなったと言わんばかりの顔を浮かべた。


「ミモザおねえちゃんたてがみにつかまるのー」

「おう、わかった。ミア、私の腰に手、回しとけよ」

「うん。プルクラ、準備できたよ!」

「じゃあいくのー!!」


 フクロオセロットは俊足である。それは冒険者ギルドでアルビさんが読んでくれた『ビャッコの森・生物体系 動物の刊』で得た知識。しかし、知識は実地や経験が伴って初めて活きた知識になる。つまり、私たちはプルクラフクロオセロットの活きた知識をまさに今、得たのだ……って、めっちゃ速い!


「おぉーっ! プルクラ、すごく速いな! 景色がすごいスピードで流れてるぞ!」

「ウチはやいのー! 母さまー、ウチすごいー?」

「うん! すごいよプルクラ!」


 とにかくプルクラの走る速度が尋常じゃないのは流れる景色から見て間違いないが、体感ではほとんど感じない。まずほとんど揺れないし、風圧というものも一切感じないため、風を切る音すらしない。それが証拠にミモ姉の髪は、なびくことなくわずかに揺れているだけ。つまり、椅子に座ったような状態で高速移動している、といった感じで快適そのものなのだ。


「プルクラ、今ってどのくらいの速度で走ってるの?」


 なにしろ体感としてどの程度の速度が出ているのかわからない。かろうじて感じる要素は『流れる景色』しかないのだ。私はウマに乗ったことがないので、その疑問はまずミモ姉が教えてくれた。


「この感じだとウマの襲歩ギャロップくらいか……? つまりウマの全力疾走ってところだな」

「今ははんぶんくらいで走ってるのー」

「! こ、これで半分なの……?」

「じゃあちょっと全力で走ってみてくれるか?」


 気合を入れたのか、プルクラは『グルゥアァオゥーッ!』と一声吠えた後、一気に最高速度トップスピードまでギアを上げた。

 瞬時に景色の流れはさらに速くなり、もはやどこを走っているのかも認識できないほどに景色がブレて流れる。にも関わらず乗り心地が全く変わらないのは一体どういう現象なんだろう。


「ミモ姉! こんなスピードで走る動物って他にいるものなの?」

「私が知る限りだと『人が乗れる生き物で一番速い』んじゃないか!? あとはこの速度でどのくらいの時間……つまり持久力だな。どのくらい走れいけそうだ? プルクラ」

「うーん、いちにちのはんぶんのはんぶんくらいなら走れそうなのー」


 この速度で四半日!? これなら近隣の村はおろか、隣国まで数日で走破出来るんじゃないかと思う。つまり旅路がかなり時間短縮できるわけで、これってすごいこと……ってあれ? それってつまり――


「母さまもウチといっしょに走れるのー!」

「っておいプルクラ! ミアもこんなスピードで四半日走れる……って言いたいのか?」


 ――そういうことだと私の中の野生テイマーも認識している。ただ、あまりにも人間離れしたものなので、試すのが少し怖い。


「母さまー! ウチといっしょに走るのー!」

「そうだぞミア! ざっと見たところ人影もないし、万が一誰かに見られても『身体強化の一種』で誤魔化せるだろ。な? な!?」


 ミモ姉とプルクラの押しの強さに負けて、走ることになった。精神的には疲れてるはずだが、なぜか身体は走りたいという欲求に支配される。これもプルクラフクロオセロットの本能なのだろうか?


 距離で言うと今現在は、ちょうどビャッコの森とティグリス村の中間辺りだ。この辺は街道沿いに一面の草原が広がっていて、走りやすさで言えば最適な起伏のない平坦な地形が村まで続いている。


 急停止したプルクラから飛び降り、数回足を屈伸して準備完了。

 ビガロとったあの時のように、四足体勢をとる。これも私の野生が『この方が速く走れる』と教えてくれたからだ。


 プルクラに跨ったままのミモ姉の合図で、私vsプルクラとの競争が始まった。

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