022 - プルクラ危機一髪!?

 我が家にプルクラが来て十二日。


 今やティグリス村北区画の名物となったプルクラは、すっかり村にも馴染み、自由気ままにその生活をエンジョイしていた。

 なにしろ私たちと普通に会話ができるので、していいことと悪いこともすぐに理解してくれるし、一昨日なんかは『一人でお買い物』までこなしたのだ。もちろん話せることは近隣住民には明かしていないから、買い物袋にメモとお金を入れて、になるのだが。ちなみにプルクラがお買い物をすると、お店の人はその可愛さに当てられるのか、何かしらオマケしてくれて、明らかに頼んだ品以上の物が入っている。


「プルクラ、買い物ご苦労様。すぐご飯もできるから脚洗っておいで」

「ごはんなのー!」

「あ、今日はお魚が二尾多いね。よかったねプルクラ!」

「おさかな好きなのー!」


 に作った庭に移動したプルクラは、背の低い水桶に両脚を漬けて、じゃぶじゃぶと踊るように泥を落としてから、渡り廊下で繋がった我が家へと入っていった。


 想定外の大きさになってしまったプルクラのため、結局右隣の土地を我が家が格安で借上げ、そこをプルクラの養育施設にしたのだ。幸い蓄えがあったのと、冒険者ギルドからの援助、というかバイラン様の私財なのだが、寝床も2メルト四方の屋根付きの小屋を用意することができた。そこと母家である我が家を渡り廊下で繋げたから、自由にプルクラは行動できるようになった。とはいえあの子は中身はまだ子どもで、時々私の寝台で一緒に寝たりして、そんなところも可愛かったりする。



† † † †



「なあミア。そろそろ中間部、どうだ? 指名依頼もあるし、さ」

「大丈夫かな? 中間部って肉食動物もいるんだよね?」

「あぁ。でもプルクラもいるし、ミモザもいるんだ。これ以上の護衛はないと思うんだがなぁ儂は」


 プルクラを冒険者ギルドに登録して以来、二日に一度はビャッコの森の浅部で常設依頼の薬草採取をしながら、プルクラは現地で基本自由行動。小遣いは貯まってホクホクなんだけど、プルクラはどこか満足していないようで、時折中間部の方向を見ては寂しそうな顔を浮かべていた。中間部はプルクラの育った場所だし、その気持ちは汲んであげたいけど、同時に傷だらけで追われ、親と別れた場所でもある。


「プルクラはほんと平気なの? その……怖くない?」

「ウチならだいじょぶなのー。母さまもミモザおねえちゃんもウチがまもってあげるのー」

「コイツもこう言ってるんだ。な? な!?」

「……分かったよプルクラ。少し怖いけど、私のこと、守ってね」


 言うとプルクラは私の頬をペロッと一舐めした。


 翌日。


 ついにビャッコの森、私にとっての未踏の地、中間部の入り口までやってきた。浅部とはまた違う、禍々しいというのか神秘的というのか、明らかに植生も違うし、半端者は立ち入りすら拒む、そんな雰囲気を醸し出している。


「まぁ硬くなるなってミア。もちろん油断は禁物だけど、ちゃんと私が見ててやるから」

「うん……緊張するけど、ね」

「さてと! まずは採掘場まで行くぞ。あそこは浅部の広場同様、拠点にも使われる安全地帯だ。気を引き締めていくぞ!」


 程よい緊張を以て歩きながら考える。それは私がDランク冒険者に昇格するための『指名依頼』のことだった。それは――。


【採掘場に水……ですか?】

【はい。ここ半月ほどかららしいのですが、地表から水が染み出してきて、今はちょっとした水溜まりにまで拡がっているんです。今は定期的にギルド職員や冒険者が水を汲み出していますが……】

【それで、私はそれを止める……?】

【いえいえ、そうではありません――】


『水が止まれば御の字だけど、原因さえ掴めれば依頼達成』という、簡単なのか困難なのか分からない依頼。しかもまだ緊急性が薄いとのことで、特に期限も設定されていない。


「おそらくギルドはいい意味で『ミアに期待していない』んだろうな。Fランクのミアを中間部に立ち入りさせるための口実にすぎない……と私は睨んでるけど」

「う……うん、そうだねきっと」


 それはそれで釈然としないけど、私がFランク冒険者なのは純然たる事実だから仕方ない。でも私にできることはあるはずだし、いち鍛治士としても採掘場の異変は看過できない問題でもあるのだ。


 ならばまずは現地に行って調査しないと。そこで初めて依頼達成へのスタートラインに立てるのだから。より一層気を引き締めて、再び採掘場を目指した。


「……止まれ。樹上に何かいる」

「!」

「ウニャ」


 ミモ姉の言葉に緊張が走り、汗が垂れる。豊かな葉を付けた枝からカサカサと音が鳴り、そして葉の隙間からその顔が覗く。

 あれは……トカゲ? 異様に大きな目はぐるぐると左右独立した動きで全方位を睨みつつ、そして私たちに気づくと射殺すような眼を向けた。


「あれはキワタリカメレオンだな。アイツはさほど脅威じゃないが、舌には気をつけろ」

「舌?」


 あのトカゲ――キワタリカメレオンは、木々をその強靭な後肢で素早く跳躍移動、長い舌を伸ばし小動物や昆虫を巧みに絡め取り、捕食するという。大型個体ともなると、その舌の長さは1メルト半ほどもあるらしい。しかも粘着力もかなり強く、人肌くらいは平気で剥ぎ取る程なのだそうだ。


 プルクラは途端に警戒モード、全身の毛を少し逆立て喉を唸らせ、私を守るように立ちはだかる。ミモ姉も気づけば背中の大剣を抜刀し、寄らば斬るといった気迫を全身から漂わせていた。

 私も腰の短剣を逆手に構え、臨戦体勢に移行する。


「母さま、ミモザおねえちゃん。あれはウチに任せてなのー」

「おいプルクラ……お前なら心配はしてないが……大丈夫なんだな? アイツ、相当でかいぞ。でかいってことはこの厳しい中間部でしぶとく生き残った個体……つまりそれなりに強く、狡猾ってことだぞ?」

「だいじょぶなのー。みててほしいのー」


 言ってプルクラはさらに一歩前に立ち、キワタリカメレオンのいる木の下へ距離を詰めた。


【GYOOOOooooo!!】


 樹上で一鳴きしたキワタリカメレオンはドンッ! と根本に着地、その眼をギロリと剥いて長い舌先を揺らしながらこちらを威嚇する。

 こんな大きなトカゲ、初めて見た。その大きさは私と変わらない。ザラッとしたやすりのような表皮も恐怖感を煽り、自然と身震いを覚えた。


 シュッ! とその長い舌がプルクラ目掛けて矢のように飛んでくるが、意外とそのスピードは遅い。いや、本当は速いけど私とプルクラには遅く視えているだけだろう。そんなプルクラはサイドステップで軽々と避ける。

 

 再び対峙した二頭の獣の睨み合い。少しだけ右に位置取りしたプルクラは、それまで正面だった身体の向きを変え、身体側面をキワタリカメレオンに向け、一気に全身の毛――豊かな立て髪も――を立て『グルルルル……』と威嚇する。これは自分を少しでも大きく強く見せる、動物にはよく見られる行動。フクロオセロットのプルクラにもその習性があるようだ。


 まさに一触即発。ピンと張り詰めた均衡を破ったのは。


【SHUAAAaaaaa!!】


 先ほどより一段速いスピードで飛んできたその舌先がプルクラの前肢を襲う。でもプルクラなら余裕で――


【ウニャッ!】


 ――避けられるはずの舌を、なぜかプルクラは左脚に敢えて受けた!

 どうして!? 私でも避けられるくらいなのに……!?

 プルクラの顔は苦痛で歪み、痛みに耐えるように、ただ小さく唸りながら歯を食いしばる。


「プルクラっ! 待ってて、今――」

「だいじょ……ぶなの……母さ……ま! 見ててほしいのー!」

「なっ! 何バカなこと言ってんだ! ソイツの舌はやべーんだぞ!」

「ミモザおね……ちゃんも何も……しな……いでー!」


 そう言うプルクラの意図がどこにあるのか解らないまま、ただ私たちはその危機を前に、プルクラの言葉を信じることしか出来なかった。

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