021 -『ビャッコの森・生物体系 動物の刊』

「「「「……はあああぁぁぁ!!!???」」」」


 うっ! み、耳がキーンってする。ブリッツ師匠声デカすぎ! そんなにみんなして大声出すようなこと、言った覚えはないんだけど……。

 ぐっと身を乗り出したミモねえは、口をパクパクしながらも、やっと声を絞り出す。


「ミア……? アイツビガロの奴、普通に動いてたぞ……あの技……疾駆穿幽シックオンユーだったか? 爆発的なスピードで距離を詰める技だと思うけど、かなりのスピードだったからな!?」

「私も間近に見ていたが、あれは素人では消えたように見えるだろう。私は辛うじて目で追えたが……」

「わしは全く見えなんだな。アルビ、お主もじゃろ?」

「はい、砂煙が舞ったかと思ったら別な場所に立っていた……そんな感じでした」

「私もおやっさんと一緒だな……ってか疾駆穿幽シックオンユーってダッセエ名前だよな! な!?」


 まぁダッセエには同意だけど、何か私と四人の間には大きな齟齬があるように思える。私だけ見えていたものが違うのかな……。


「うーむ……そうじゃアルビよ、資料室から『ビャッコの森・生物体系 動物の刊』を取ってきてくれるかの?」

「承知いたしま――」


 やっぱりアルビさんは物理的に速い。聞けばアルビさんは身体強化魔法の使い手で『四則の魔法士』の職号持ちなのだそうだ。

 あっという間に『ビャッコの森・生物体系 動物の刊』を取って戻ったアルビさんは、バイラン様の意図を汲んで『フクロオセロット』の項を読み上げ始めた。


「では僭越ながら……『大陸全土の森林に広く生息する中型のヤマネコの仲間。妊娠から出産までの期間が非常に短く未熟児を産むが、腹部にある育児嚢で長期間子育てをする変わった生態を持つ。樹上生活にも適応しているが、大半は地上を生活圏としている。通常の肉食動物は獲物を索敵追跡するのにその鋭い嗅覚を活用するが、本種はそれ以上に鋭い視覚を活用、そしてその俊足を駆使し、狩りを行うと言われている。また他のネコの仲間と異なり泳ぎが上手く、川幅数キリメルトの大河すら泳破すると言われており、これにより大陸全土にその生息域を拡げたと考えられている』……と、ありますね」


 一同その解説に思考を巡らす中、やっぱり答えらしきものを見つけたのはバイラン様だった。


「ミアよ。プルクラに『よく見ろ』と言われたんじゃったな? で、言われるがまま凝視した……テイムした動物の基本性能を超えた……なるほど、つまりミアはプルクラの基本性能である『鋭い視覚』をそれ以上に引き出し、鈍重に感じるくらいにあのスピードを捉えることができた……というわけじゃな? 一気にビガロに詰め寄れたのは『俊足を駆使』、離れた位置から一足跳びで掴みかかれたのも『樹上生活に適応』をそれ以上に引き出した結果、と考えていいじゃろうな。それが『白金聖級のテイマーは生き物の基礎能力を超えた行動をことすら可能』ということじゃろう」


 バイラン様の言葉の全ては腑に落ちる。他のみんなも一様に同じ思いを感じているようだ……もしかして私、強くなっちゃってる?


 そんな思考が顔に出てたのか、ミモ姉が諌める言葉を述べた。

 つくづくこの人には隠し事ができないと思い知らされる。


「私もさ、敵の動きが解る時があるんだ。ただ私の場合はミアと違って戦いの経験値を詰んでるから、予測がある程度できるってだけだ……だけどな、ミア」


 ミモ姉の顔に憂いが滲む。私の頭をくしゅくしゅしながら彼女は続けた。


「お前のテイマーとしての能力は確かにすごい。でも、だからといってその力に溺れるな。過信するな。そういう奴は必ず――」


 大丈夫だよミモ姉。分かってる。

 いつも私を心配して、過剰なくらいに言い聞かせるけど。でも私にとっては姉同然の人。だから彼女の言う言葉に私は全幅の信頼を寄せている。


「うん。『侮は驕。驕は等しく身を滅ぼす』でしょ? もう身体に染み込んでるよ。だから大丈夫」

「ふむ……いい言葉だ。私も同感だ。その言葉、ゆめゆめ忘れんことだな、ミア・ラキス」

「ブリッツ師匠……はい! ありがとうございます!」


 そう返せば、みるみるうちに師匠の耳が赤くなる。

 私はその顔を見るのが実は嬉しくて。もしかしたら私は師匠に『父親』を重ねているのかもしれないな……。会ったこともない父親を。

 そんな感傷をよそに、なおもバイラン様の話は続く。


「さてさて。また色々と解ってきたところでじゃ。この書物を読んで推測するに、ミアはかなりの長距離を泳げそうじゃな。ただここいらにはそんな大河はないから、今は試せんがの。それよりも……」


 ここでバイラン様は言い淀む。何か隠しているような、それとも荒唐無稽な話に言うのを躊躇っているのか、そんな表情だった。


「バイラン様、何かご存じなのですか?」

「いやいやそうじゃないんじゃブリッツよ。さっきプルクラが言ったことを思い出しての」

「プルクラお前……って寝てるし」


 言いながらプルクラの耳を弄るミモ姉。それでもプルクラは起きる気配がない。

 バイラン様が言う通り、確かになんか気になることを言ってたような……あ。


「【ウチ、つよくなればもっといろいろできるかもなのー。だから母さまももっといろいろできるようになるのー】のこと……ですか?」

「うむ、その通りじゃ」

「なるほど……そういうことですか。ギルマス、私からお話ししても?」


 首肯したバイラン様の言葉の続きをアルビさんが引き取る。

 いまいちよく解っていない私とミモ姉とブリッツ師匠は固唾を飲んで二の句を待った。


「この『ビャッコの森・生物体系 動物の刊』は完全なものではないんです……というよりも、資料室の全ての書物は不完全なもの、と言った方がいいでしょう」

「え……そうなんですか? 私が調べたことは全部無駄だった、っていうことですか?」


 せっかく頭から湯気を出してまで調べたことが無駄?


「いえ、そうではありません。そうですね、例えば……村の中でも普通に見かける『カンムリスズメ』、ご存知ですよね?」

「おう、それなら私も知ってるぞ! 頭に冠みたいな飾り羽根がついてて真っ赤な奴だろ?」

「うん、私も知ってる。うちの庭にも時々来るもんね。オスは真っ赤で派手だけど、メスは焦茶色で地味なんだよね」

「今まではそうですね。しかしながら実は最近の発見で『派手な方がメス、地味な方がオス』ということが分かったんです」


 へええ。あんなに身近な鳥ですら新たな発見があるのか……あっ!

 そんな私の気づきにバイラン様は口角を上げる。


「気づいたようじゃの。つまり『ビャッコの森・生物体系 動物の刊』にも記載されていない、フクロオセロットの生態はまだまだあるんじゃなかろうか……と、わしは考えとるんじゃ。プルクラはこんな身体ナリでも中身はまだ子ども。でも成長するにつれ、わしらも知らんこと生態が明らかになるやもしれん。プルクラが言葉足らずなのも、此奴がまだ子どもで、しかも親とすぐに別れてしまったからじゃろうな」


 そういえばそうだった。今でこそこんな大きく育った――というには甚だ疑問だけど――プルクラだけど、中身は子ども。だから私が、私たちが見守ってあげなくちゃならないのだ。


「母さまー。ウチおなかすいたのー」

「あ、そっか。ごめんね、そろそろ帰ろうか?」

「そうじゃな。長いこと引き留めて悪かったのう」

「いえ……私たちのことも色々分かりましたし、お気になさらないでください。今日はありがとうございました」


 では失礼します、と席を立とうとすれば、アルビさんが引き留める。

 この後に及んでなんだろう?


「バイラン様からの、というよりギルドからの指名依頼の件ですが――」


 その依頼は内容は私、いや『ラキス刀剣鍛冶工房』の存続をも揺るがしかねないものだった。

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