020 - またひとつわからんちん

 再びやって来たギルドマスターの執務室。

 先ほどと違うのは、ブリッツ師匠が加わったことだ。狭くないこの執務室に窮屈さを感じてしまったのは大柄な師匠のせいだろう……師匠、悪気はありません!


「さてさて。わしが話すより、まずはミア本人から聞いたほうが良いかの。あの童……ビガロだったか? 彼奴あやつと仕合ってみて、何かあった……いや、教えてくれんかの?」


 本能では鮮明に理解しているが、いざ言葉にしようとすると、自分のことながら情けないけど、こう言うしかなかった。


「……プルクラが念話で話しかけてきたんです。『ビガロのことをよく見ろ』『母さまはウチ、ウチは母さま』って。そして不思議と理解できたんです。私、プルクラみたいに動けるんだ……って」

「そしたらいきなりあんな動きができちまったってことか?」

「これこれミモザよ。慌てるでないわ……さてさて。では次はわしが話そうかの。ミアよ、わしが言ったこと、覚えておるか?」


 そう言われて思い返す。テイマーのもう一つの特徴……『超級のテイマーは生き物の基礎能力を超えた行動をさせることすら可能』だよね?


「その通りじゃ。で、わしはこうも言った……ミアの色は超級以上、言うなれば聖級白金じゃとな。そしてミアは人智を超えた動きを見せた……つまりじゃ、『白金聖級のテイマーは生き物の基礎能力を超えた行動をことすら可能』ということじゃなかろうかの?」

「「「「!!」」」」


 私のことがこうして言語化されると、改めて自分が少し常識外れなテイマーなのだと思い知らされる。しかもバイラン様命名の聖級白金は、彼女の知る限り私しか今のところいない訳で、つまり私は未知の存在ということになるのか……なんだか少し怖くなってきた。


「ってかミア。あんな動きできるんだったらビャッコの森の中間部までなら通用するんじゃないか? ……なぁおやっさん。ミアの戦いを一番近くで見てたおやっさんはどう見る?」

「ふむ……実際の手合わせは短かい時間だったゆえ断言はできないが……ミア・ラキスならプルクラ込みであれば問題なかろうな。冒険者ランク管理責任者のアルビの目から見たらどうだ?」

「えぇ。私も問題ないかと思います。思いますが、ギルドの方針として、おいそれとFランク冒険者を中間部に安易に送り出すのは……」


 私を置きざりにして話がどんどん飛躍する。私はあくまでテイマーとして何がテイムできるか知りたかっただけで、森の中間部に行きたいって訳じゃない。冒険者ミアの活動としては、浅部の薬草採取で小遣い稼ぎとか、プルクラのご飯お肉を確保、くらいにしか考えていないのだ。


 それまで黙って毛繕いをしていたプルクラが、不意に顔を向けて、


「ウチ、母さまともっとあそんだりかりとかしてつよくなりたいのー」

「強くなりたい……? そっか。家の庭だけじゃつまらないよね。うん、分かった。散歩がてら森に――」

「ううんそうじゃないのー。ウチ、つよくなればもっといろいろできるかもなのー。だから母さまももっといろいろできるようになるのー」


 ……へ? あれ以上のことができるようになる、そう言ってるの?

 今でも充分人間離れしてるんだけど、これ以上となると一体私とプルクラはどうなるというんだろう。


「ちょいと待つのじゃプルクラよ。『ミアともっと経験を積んで互いを深く知ればもっと強くなる。もっと色々できるようになる』……と、こうお主は言いたいのかの?」

「おいおいまだあるのかよ……ミア、お前もう槌振るってる場合じゃないんじゃないのか?」

「えっ? 私はあくまで鍛冶士だよ。もちろんプルクラと鍛練――」

「いや、ミアが中間部まで入れるようになるってことは、採掘場まで行けるようになる、ってことだぞ? ゼルじいの代わりに、な? な!?」


 はっ! そ、そうか。じっちゃんもCランク冒険者とはいえ、年齢的にそろそろ森に行くのはしんどいだろうな。だったら私がその役目を引き継ぎたい。じっちゃんには少しでも楽してもらいたい。助けになりたい!


 そんな顔をバイラン様に向ければ、小さく溜息をついた。そしてアルビさんとブリッツ師匠に目で確認を取る。


「……あい分かった。そういうことであれば仕方なかろう……ミア・ラキスよ。冒険者ギルドティグリス支部ギルドマスター、バイラン・ティエルの名において、お主のビャッコの森中間部への立ち入りを特例として許可しよう」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし、その際は必ずミモザを同行させること。常にプルクラと行動を共にすること。以上を遵守し、わしが出す指名依頼を達成した暁には、お主をDランク冒険者に昇格させてやろう!」


 なんかいつの間にかDランク冒険者昇格とか、もう自分はどこまで行くのかと頭を抱える。でも、Dランク冒険者なら一人でも採掘場に行けるし、ミモ姉の手を煩わせないことにもなるんだ。


「私もしっかり護衛してやるさ。安心しろミア。まぁあの動きなら大丈夫だろうけどな。私はむしろ、ミアが無茶しないようお目付役に徹するとするか」

「無茶って……ありがとミモ姉、お願いします!」

「ミモザおねえちゃんおねがいなのー」


 と、話が進んだけど、なんか重要なことをいくつか忘れている気がする。

 それを察したようにアルビさんが話す。


「さてミアさん。そろそろ話がまとまったところで、取り急ぎプルクラちゃんの使役動物登録を済ませましょう。あと、こちらはプルクラちゃんがミアさんの使役動物であることの証明になりますので、プルクラちゃんに装備してあげてください」


 徐にアルビさんが手渡したのは、革でできた輪っかで、小さな金属板が付いている。


「これは?」

「はい、これは言うなれば国民証の簡易版、といったところでしょうか。正式には『使役動物登録証』と言います。これに使役動物の名前、使役者、種名、登録したギルドなどが記録されるんですよ」


 なるほど。万が一私と逸れた時でも私の家族使役動物って確認できる、そういうことか。


 登録するには一度装備させて、生体情報を読み込ませてから聖蘭珠にかざすとのことなので、プルクラの首に一度かけてからアルビさんに再び渡す。

 執務室の隅に据えられた聖蘭珠で手早く登録を済ませたアルビさんは、なぜか厳しい顔で戻って来た。


「ギルマス……こちらご覧になっていただけますか?」

「ん? なんじゃ。なんか不備でもあったかの?」

「いえ、そうではないのですが……」


 そう言って、アルビさんはプルクラの登録情報のメモをテーブルに置く。一同そのメモに目をやると。


名前:プルクラ

使役者:ミア・ラキス

種名:フクロオセロット(??)

登録:冒険者ギルド・ティグリス支部

特記事項:なし(要経過観察)


『??』ってなに? プルクラはフクロオセロットのちょっと変わった子、ってだけじゃないの? あ、でも私がプルクラの頭に手を乗せた時、二人の色んなものが混ざり合う感覚になったよね。だからこの子の半分は私でできている、と考えれば『?』が付いたのも頷ける話だけど。


 そして『??』に気を取られて見逃すところだったけど、しれっと特記事項も変わっている。これがバイラン様も仰っていた『もっと色々出来るようになる』の兆候なのだろうか。


「種名に『??』と付いたのは私も初めて見ました……ギルマス、これはどう考えるべきでしょうか?」

「アルビにも分からんのか……わしにもさっぱりじゃ。せっかく少し此奴プルクラのことが分かったのに、これではふりだしに戻ってしまったのう」

「プルクラはプルクラなのー」

「ミア……私も言っていいか? 全くもって、だ」


 私だってわからんちんだよ、当事者なのに。

 まだまだプルクラ……と私には謎があるみたいだ。

 うーん、謎、謎かぁ……あ。


 そうだ、もう一つ重要なことを思い出した。

 これは……ブリッツ師匠に聞くのが最適だろう。あの手合わせを間近に、かつ一番注視していた人物だから。

 おずおずと挙手すると、まだ何かあるのかといった四つの視線がこちらに向いた。


「あの、ブリッツ師匠。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「む……私に、か。私に分かることなら答えるが?」

「えっと……なんでビガロはあんなゆっくり動いていたんでしょうか? 何か馬鹿にされたみたいで腹立ちます!」


「え」

「え」

「は?」

「……は?」

「「「「……はあああぁぁぁ!!!???」」」」


 え……? 私、何かおかしなこと言った!?

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