019 - ミアとビガロ 後編

「では……始めっ!」


 ブリッツ師匠の張りのある声が訓練場に鳴り響く。

 まずは様子見でその場から数歩後退、ビガロから距離を取り、ステップだけを軽く踏む。なにしろあのスピード……疾駆穿幽シックオンユーだったか? あれをどう回避するか……。


(母さまー。ビガロのうごき、よく見るのー)

(そうは言ってもあのスピードは……)

(母さまはウチ、ウチは母さまなのー。だからよく見るのー)


 こんな張り詰めた空気の中でも、なぜかプルクラの念話は明瞭に頭に響き、言われた通りに改めてビガロを隈無く観察する。

 向こうも私の様子見なのか、今のところ腰を落として下段の構えをとったまま、動く気配はない。

 ビガロは昔から体幹がいまいちで、身体全体を有効に使いこなすことが苦手だった。それがまだ改善されてないようなら、疾駆穿幽シックオンユーはスピードこそあれ、直線的にしか動けないのではないかと推測する。


 ならビガロが疾駆穿幽シックオンユーで仕掛けてくるのを待つ?

 それとも私から撃って出る?


 思考の間隙、空気の流れが変わる。感じる。解る。


(……来る!)


「うるあぁぁぁぁあっっ!」


 ビガロが怒声を上げて向かってくる! ……ん? なんだあの走りは。気合を入れた割には遅い。五歳児の駆け足並みじゃないか。私に勝つなんて余裕だってか。でもここで先走って仕掛けるのは早計。狡猾なビガロのことだ、何か計略があるに違いない。なのでまずは回避で様子を見ようとビガロの左側から回り込み背後を取る!


 ズザッッ!!


 はい、成功。というかあんな子どもの駆けっこ、回避出来ない方がおかしい。成功なんて言うのも烏滸がましい。

 ビガロはそのままズザッ! と足を止め、身をこちらに翻し睨め付ける。その顔は、何が起きたのか分からずに苛立っているように見えるけど、逆になんでそんな顔しているかが私には分からない。

 

「てっ! てめえ……今何しやがった?」


 いや、何しやがったと言われても。むしろこっちが聞きたい。アンタ何やってんの?


「は……? アンタが子どもみたいにノロノロ走ってきたから普通に背後を取っただけなんだけど? というかアンタ本気でってるの?」

「んだとこの野郎! ……はっ! 今のはほんの小手調べだ! 次は本気でやってやる。いつもいつも俺様の邪魔ばかりしやがって……疾駆穿幽お前にはうんざりだ!」


 疾駆穿幽シックオンユーだかなんだか知らないけど、またもビガロは小走りで突っ込んでくる。ほんとコイツ何考えてるんだ。こっちこそお前にはうんざりしてるんだよ!

 回り込むだけじゃ今度は悟られるかも。次は撹乱するべくサイドステップで左に跳んでから――


 ……ってあれ? ビガロの奴、どこに消え……ってあんな遠くにいる!

 というかさっきまで中央でってたはずなのに、いつの間にか10メルト以上離れてる……。


(母さまかっこいいのー)


 不意にプルクラの声が響く。何があったの……?


(ぴょーんって母さまそこまでとんだのー)

(! う……嘘でしょ?)

(うそじゃないのー。だから言ったでしょー? 母さまはウチ、ウチは母さまなのー)


 まさか……とまず足を、次いで両手を動かせば、身体が産毛レベルで変化しているのを感じる。そして私の野生がそれを――プルクラそのものを十全に理解する。


 ……なるほど。『母さまはウチ、ウチは母さま』ってそういうことか!


 今度はこっちから仕掛けさせてもらうよ!!

 それまでの構えを解き、木剣は握ったまま、両手を地に付けた。乾いた土は不思議と手足によく馴染み、これが本来の私かと錯覚するほどだ。


「はっ! なんだそりゃ? あの犬っコロの真似事かよ」

「……真似事じゃない……そのものだよ!」


 プルクラに倣い、獲物を狩り獲る獣のように低く構える。数回身体を振り子の如く左右に揺らし……一気に詰め寄る!


 ビガロの慌てふためいた表情筋の微動すら鮮明に捉え、避ける素振りもないコイツを獲らえる! でも、それは叶わずビガロを抜き去ってしまう。まだこのスピードに身体が慣れてないか……でも次にどうすればいいかは解る!


 息つく間もなく瞬時に翻り、その場で目測8メルト先の獲物ビガロに跳び掛かる! 勢いはそのまま、うつ伏せに倒れたビガロを馬乗りに捕らえ、無防備な延髄に木剣の切っ先をそっと当てがう。


「ガハッ! っぐっ……ネコ、目……てめぇ……なんだその動き――」

「もう喋らなくていいよビガロ……これでお終いだよ」


 刹那、言葉が身体を駆け巡る。

 今までアレだと思って聞き流していたあの言葉を。

 Aランク冒険者だけどちょっとアレな人の言葉を。


【必殺技に名前があるのは当たり前だろ!?】


 あぁ……ミモ姉の言葉、今なら解る気がするよ。

 限界まで腕を振り上げ、獲物を確実に仕留めるように。

 ビガロの頭両脇の地面に向けて、二振りの木剣を――その切っ先を力の限り叩き込む!


 ドゴァアアァァァン!!!


 轟音と共に二つの浅いすり鉢が出来上がる。突き刺さった切っ先を見れば、そこを中心に稲妻のようなヒビが外周に向かい無数に走っていた。


【必殺技に名前があるのは当たり前だろ!?】


 そうだね、当たり前かも。だから言うよ。 

 衝撃で意識を手放したビガロの背中にその言葉を呟き、この戦い手合わせの幕を降ろそう。


「“獣双咬豪撃オセロット・バイト”……っ」


 あれ……? なんか身体の力が抜けてきた。

 そのまま仰向けにドサッと倒れ込み、混濁した意識に抗うことが出来ず、目は閉じられた。



† † † † 



「な……なんだよミアのあの動き!? 人間余裕で超えてたぞ……」

「ほっほう、そういうことか……なるほどのう。推測通りじゃな」

「マスターはこうなることを分かっていたんですか!? 私も身体強化魔法は多少覚えがありますけど、それでもあんな人を超えた動きなんて無理ですし、付与も出来ません!」

「だよなぁアルビ姐さん! ってかプルクラお前、こうなること分かってたのか!?」

「? もちろんなのー。だって母さまはウチ、ウチは母さまなのー」

「もうちょい私にも解るように説明してくれよプルクラ……」

「後はミアが目覚めてからでいいじゃろ。起きたらまとめて説明……推測にはなるが、話すとするかの」



† † † † 



 覚えのある匂い……鼻腔をくすぐる薬品の匂いで目を覚ます。

 そこは子どもの頃、よくお世話になったあの部屋の天井……あぁそうだ、ここ、冒険者ギルドの治療室だ。

 特に身体の痛みや怠さもないので、ベッドから起きるのは苦もないな。


「ミアっ! だ、大丈夫かお前!? どっか痛いところないか!?」

「ほぇ? あぁミモ姉……うん、大丈夫。どこも何ともないみたい」

「しかし見事……というより凄いものを見せてもらったわい。長生きはするもんじゃの。なぁブリッツよ?」


 バイラン様の後ろに控えていたブリッツ師匠が一歩前に出る。

 師匠はいつも同じ表情で、感情を読み取るのが難しいけど、その声はどこか嬉しそうだ。


「……ミア・ラキス。よく頑張った、完勝だったな。お前の持ち味が十全に発揮されていた。しかしあれは……私でも対処は困難だろうな」

「そ、そんな……師匠、ありがとうございます」

「私はミアの師匠になった覚えはないのだがな……まぁ昔からそう呼ばれているから構わんが」


 そう言いながら顔を逸らす師匠。耳も赤くなっているし、多分照れてるんだろう。

 私の師は、鍛治はもちろん剣術もじっちゃんなんだけど、ブリッツ師匠には、技術云々はもとより『心』を鍛えてもらった。だから私にとってはブリッツ師匠もまた、大事な師なのだ。


「まぁ師弟の語らいはその辺にして、ミア。お主もう身体は大丈夫なんじゃな? なら、わしの部屋で続きを話そうかの」

「分かりました。この手合わせで少し分かったこともあるので。ところでビガロは大丈夫なんでしょうか?」

「あぁ、それなら問題ない。気を失ってるだけだ。奥のベッドでまだ寝ているが、直に目覚めるだろう」

「よし! 私もミアのアレ、気になるからさっさと行こうぜ!」

「ニャ!」


 色々と私――とテイマーのことが少し垣間見えたこの手合わせ。

 テイマーとプルクラの、そして私の秘めたる可能性を胸に、バイラン様の部屋へ向かった。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



疾駆穿幽シックオンユーはミッシェルじゃなく、The Boysの方です(気分の問題)

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