018 - ミアとビガロ 前編

 冒険者ギルド裏手にある訓練場。思えばここには何年も通って鍛練してたなぁと郷愁に浸る……って早くおろしてミモねえ


「モノじゃないんだからもう……自分で歩けるよ」

「悪い悪い。こっちの小脇に抱えた方が早いと思ってな」


 というわけでよく解らないまま運ばれて来た訓練場には、昔と変わらず威風堂々とした佇まいのブリッツ師匠と、いかにも俺様は強いんだと虚栄心ダダ漏れのビガロが私たちを待っていた。

 視線をこちらに向けたブリッツ師匠は私を一瞥して右の眉を上げた。あの顔は今だに覚えている。あの顔をする時は『手加減するな』ってことだ。そして師匠は次に視線をビガロに向け、再び私に視線を戻した。


(了解です、ブリッツ師匠)


 いきなり戦えと言われても準備が出来ていない。すぐさま全身の筋を伸ばすように入念に動かし、身体を温めた。これをやるとやらないとでは随分と動きに差が出るし、怪我もしづらくなる。

 横を見れば、ミモ姉も一緒に付き合ってくれている。でも顔を見るとやる気満々。なんで?


「ん? ミアがアイツビガロの相手で、私がブリッツのおやっさん相手ってことじゃないのか?」

「ミモザお主……人の話聞いておったか?」

「そうですよミモザさん。これはあくまでミアさんとビガロのば……ビガロさん一対一の手合わせですから、私たちは大人しく観戦です」


 あ、アルビさん今『ビガロの馬鹿』って言おうとしてたでしょ。本音が漏れてますよ! 否定はしないしむしろ肯定しかないけど!


「ちぇっ、タッグバトルじゃないのかよ……おやっさん! 命拾いしたな!」

「そうだな。私もまだまだやることはあるから死ねんよ」

「なっ! ……相変わらず食えねえな。じゃあミア、サクッとってこい!」


 自身の愛剣『古強者の斬滅剣』を渋々背中に戻して私の背中をパン! と叩く。いや、らないからね。るだけだから。


「おいネコ目! いつまでウダウダやってんだ! どうせ何やったってには勝てねえんだよ! さっさとこっち来い!」

「……はぁ。わかった、わかりました! じゃあみなさん行って来ます!」


 バイラン様、ミモ姉、アルビさん、そしてプルクラに勝利の微笑みを一つ置いて、ビガロの待つ訓練場中央へ歩み出した。



† † † † 



「……さてさて。この戦い手合わせ、ミモザはどう見るかの?」

「ミアの実力は私も知ってるけど、アイツビガロのことは知らないんだよな。アルビねえさん、どうなんだよ?」

「私、ミモザさんとは二歳しか変わらないんですけど……まぁいいでしょう。ビガロさんは、伊達に『仮初の聖騎士』の職号を賜ってはいないようで『徐々に腕を上げている』とブリッツサブマスターに聞いています」

「その割には体幹もミアにはお呼びもつかないように見えるけどな」

「そうじゃの。あれでは技術があっても使いこなせんじゃろな」

「その通りですギルマス。なまじ腕があるぶん、それに頼り切りというか、直情的というか、考えなしというか……あと、隔日の鍛練もサボりがち、とも聞いていますが……代わりに一人で秘密の特訓をしているという噂も耳にしました」

「あぁなるほど……要は『バカ』ってことか。じゃあ大丈夫だな」

「ウチもかあさまなら勝てると思うのー」

「ほう? お主プルクラもそう思うかの?」

「ニャ!」



† † † † 



 こうしてビガロと対峙するのはいつ以来だろう。コイツには過去一度も手合わせでは負けたことはない。

 今でも俊敏さではビガロには負けないはずだ。ただ力勝負に持ち込まれると圧倒的に私が不利。だからいつも足捌きフットワークと手数で勝利してきた――これまでは。


「おいネコ目……俺はお前に勝つために鍛練を積んできたんだよ! 以前はスピードで勝てなかったが……今は違うぞ、よく見とけ!」


 瞬間、私の左側面を一陣の疾風が通り過ぎる。あまりに唐突なその疾風の正体――ビガロの姿を追えなかった。

 背後からズザッ! と足を止める音と共に、ビガロの勝ち誇った声が聞こえる。


「どうだ見たか! って見えなかったよな。見えるわけねえよな。これが聖騎士の俺様の……“疾駆穿幽シックオンユー”だ!」

「っ!」


 不意に一抹の不安が頭をよぎり、怖気が走る。

 これじゃ私には勝てないかもしれない。私の唯一のアドバンテージである『スピード』を早々と潰し、心を折ろうとしてきたのだから。仮初とはいえ伊達に『聖騎士』の職号を賜ってはいない、ということか……。


 額に流れる一筋の汗を拭い、深く深呼吸。

 

「さて、両者ともども準備はいいか。審判は私ブリッツ・アーデライが行う。ルールは護身術教室で採用しているもの、すなわち『技能の使用は禁じないが攻撃魔法の使用は禁止』『勝敗は、どちらかが降参もしくは気絶などの戦闘不能』『危険と見做した場合は審判が止め、勝敗も審判が判断』とする。よろしいか?」

「はい、了解しました」

「あぁ! ってところでようネコ目。俺様が勝ったらあのイヌは俺様がいただくぞ!」

「は? 何言ってんのビガロ。そんなの了承できるわけないじゃない!」


 一体コイツ、何考えてるんだ。ほんと性根の腐った野郎だ。

 プルクラを渡したところで絶対コイツには懐かないだろうけど。というかプルクラはイヌじゃない! 巫山戯ふざけやがって……。


「なんだ? ビビってんのか?」

「じゃあ私が勝ったらどうするの?」

「さあな。万が一にもそんなことあるわけねえだろ?」

「っ! もし……もしも私が勝ったら! アンタが使ってるじっちゃんの打ったロングソード、私に渡しなさい! アンタなんかにじっちゃんの剣は百年早い!」


 そもそもなんでじっちゃんがビガロなんかに剣を打ったのかといえば、要するに『圧力』だ。息子に剣を打たなければティグリス村での商売は難しくなるかも、という村長からの『圧力という名のお願い』だった。

 こう言うと村長も『所詮はビガロの親』という評価に成り下がるが、実際は村と村民のことをよく考え行動してくれる、良識ある人物だ。

 村長は息子の野放図振りを知らない、普通に息子想いの良き親なだけ。ビガロはこういうところも狡猾で、絶対足がつかないように親の前では巧妙に良い子ぶる、どこまでも救いようのないクソガキなのだ。


「へっ! そんなんでいいのか。そもそもあんなジジイの打った剣、この俺様には相応しくないだからな! あれ以上のものなんか、これからいくらでも手に入るだろうしな!」


 コイツ……言うに事欠いて、じっちゃんの剣がナマクラだと! 巫山戯ふざけたこと言いやがって!

 私は他所の町も知らない世間知らずだけど、これだけは譲れない。私にとってじっちゃんは最高の鍛治士なんだ! ビガロ如きに貶められてたまるか!!

 ギシギシと歯軋りが頭蓋を通じて響いてくる。握った拳も爪が食い込み、手のひらに血が、目頭に涙が滲む。


(母さまおちついてー。母さまならかてるのー。ウチといっしょにたたかうきもちでがんばるのー)

(! プルクラ……私たち念話もできたんだ!?)

(そうなのー。力ぬいてがんばるのー)


 どこか気の抜けたプルクラの口調念話に当てられて、スッと身体中のこわばりが霧散した。


「……ビガロ。アンタの条件飲んであげる」

「はっ! 初めからそう言いやがれ! 一瞬で終わらせてやる!」


 二振りの木剣を両手に握りしめ。

 ビガロを射抜くような目で睨み。

 無様に倒れたビガロの姿を頭に描く。


「では……始めっ!」


 負けられない勝負が今、始まった。

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