017 - ブリッツ・アーデライ
「だからお前は一度もミア・ラキスに勝てなかったのだ」
「う、うるせえ! 俺様は聖騎士なんだぞ! お前の教え方がダメなのを人のせいにするな!」
ギルド裏手にある訓練場。冒険者ギルドサブマスターのブリッツ・アーデライは目の前の青年……いや、未だ成人の自覚もない、身体だけは立派なこの
ブリッツはタイゴニア聖騎士団の第三師団長を務めるほどの実力者であったが、彼もまた、同国筆頭魔導師バイラン・ティエル同様に、権力闘争にほとほと疲れ果てていた。そこを
ブリッツに与えられた任務は、冒険者ギルドサブマスターの席、新人冒険者への訓練教官、そして村の少年少女に護身術を教える指南役だった。
週に三度開かれる護身術教室にはたくさんの、下は七歳から上は十二歳までの少年少女が集まり、ある者は剣術、またある者は体術に汗を流す。いずれもその顔は笑顔に満ち、活き活きとしていた。
彼は少年少女たちの『純粋に武道を学ぶひたむきな姿』に味わったことのない感銘を受け、いつしか彼らを指南することに望外の喜びとやりがいを感じていた。
彼がその中で特に才能の片鱗を感じていたのは、村長の次男ビガロ・ヴァンダ、そしてラキス刀剣鍛治工房の孫娘ミア・ラキスだった。
ビガロは八歳、ミアは九歳の時に護身術教室の門を叩いた。ビガロが入門した理由は『剣士は強くてかっこいいから』という年相応なものだった。
ビガロはその言葉を現実にするかのように、メキメキと実力を上げていった。ブリッツはそれを喜ばしく感じたが、それはあくまでビガロの才能だけを見れば、であった。ビガロは酷い癇癪持ちで、教室の年下の子どもたちに時に直接的、時に間接的に嫌がらせや暴力を振るうという、武を志す者とは対極にいる卑劣極まりない少年だった。
しかしこれは子ども故の一時的なものだろうと、少々のことには目を瞑っていたが、それは酷くなる一方で、ブリッツもどうしたものかと頭を抱えていた。
そんな時に入門してきたのがミアだった。入門の理由を聞くと、彼女は言葉少なく『祖父に言われたから』と言った。こういう受動的な理由の子どもは、大抵はどこかで躓き辞めていくものだが、彼女は必死に鍛練に食らいついてきた。なぜかと問いただすと『鍛治士になりたいなら、それを扱う者の気持ちをたくさんの人と手合わせして深く理解しろ。そう祖父に言われたから』と強い眼で言った。
その時ブリッツは初めてミアの言葉の真意を知り、今まで以上に目を掛けるようになった。
ビガロは後から入門したミアに、手合わせで一切勝てたことはなかった。聞けばミアは祖父から二刀短剣術を幼い頃から教わっていたと言う。彼女の祖父はティグリス村随一の刀剣鍛冶かつ冒険者としての腕も確かなもので、その祖父からの教えならその強さも納得が出来た。
彼女が実力でビガロを抑え込んだことで、思わぬ副次的効果があった。それはビガロの『子どもたちへの嫌がらせ』が少なからず沈静したことだった。ブリッツがどうにも出来なかった問題を概ね解決したミアに、彼は感謝の意を述べる代わりに、細やかな武術指導を以て返礼とした。
こうして数年が経過し、十二歳を過ぎたビガロとミアは、護身術教室を卒業していった。
そして三年後、ブリッツは成人したビガロとミアに、今再び会うことになる。
† † † †
「お前はいつでも相手を見下し侮っている。そんな奴がミア・ラキスに勝てる訳がないだろう。腕は確かに上がっているが、お前は精神が幼く、全く成長していない。そんな奴は勝つことも聖騎士になることも……無理だろう」
「なっ! なんだとおっさん! もう一度言ってみろ!」
「言うまでもないだろう。そもそも剣士は寡黙にして剣で語るものだ……それとも私に剣で語るのは怖いか?」
「! ……だったら語ってやろうじゃねえか! おっさん! さっさと構えろ!」
ブリッツは思う。
自分がかつて所属していた聖騎士団に、この
「……分かった。なら私も少々本気で語ってやろう」
静かに呟いたブリッツは、木剣を背後に投げ捨てる。カランと乾いた音と共にそれは数度跳ね転がり、再び二人の目線が衝突する。
「はっ! なんだおっさん、ビビっちまったのかよ?」
「私は剣士ではないものでな。本来は……こっちだ」
ブリッツは『電撃の拳聖』の職号を持つ拳闘士である。剣は聖騎士団で必要だから仕方なく持たされていただけで、実際の彼は拳一つで師団長までのし上がった生粋の『殴り屋』なのだ。その拳はプレートメイルをも破壊し、受けた者は一様に「電撃でも食らったような衝撃だった」と畏怖していた。
ブリッツは両の拳を胸元で強烈に撃ちつける。装着された大型のガントレットからは重い金属音が唸り、次いで拳からバチバチィィッ! と凄まじい電撃が奔る。
「ではいくぞ……一発で解らせてやろう」
「へっ! ハッタリこいてんじゃねえよ!」
「死なない程度には加減してやる……我が名はブリッツ・アーデライ。元タイゴニア聖騎士団第三師団長にして電撃の拳を振るう者也。いくぞ……“
ブリッツは、自身の持てる最高速度で距離を詰め、限界まで引き絞った右拳をビガロの鳩尾に叩き込む――
【ブリッツ。ブリッツはまだおるか?】
ブリッツはその声――バイランギルドマスターの声に拳を止める。
訓練場には通信の神具が設置されており、主に緊急の際に使用されるもの。そこから聞こえるバイランの声に、緊急のことにしては穏やかな声音だと感じたブリッツは、闘気を鎮めて神具に向け、穏やかな口調で応じる。
「……はい。
【そうか、それは重畳。ミア……お前も知っとるじゃろ? 其奴を今そちらに行かせるでな、その無礼な童と手合わせさせるのじゃ】
その台詞に、ブリッツは心の拳を静かに収める。
(私が語るまでもないようだな)
激論を交わし語り合うのは世代が近い方がいい。
こんな壮年を超えてそれなりの時間が経った者の言葉など、もはや若者には響かないだろう。
ブリッツは半ば悟った顔を仄かに滲ませた。
「は。承知いたしました――」
「あ? なんだよおっさん。まだ話はついてねえぞ!」
「おいビガロ、今から私に変わってミア・ラキスがお前と剣で語るそうだ。ありがたく拝聴するがいい」
「! ……ちょうどいい。アイツには色々解らせてやらねえとな。俺様の必殺技でぐうの音も出ないくらい叩きのめしてやる!」
ブリッツは肩を竦めると共に思う。ミア・ラキスがどこまで成長したのか。そしてテイマーとしてどこまで成長するのか、を。
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初めて三人称で書いてみました……そしてブリッツの
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