016 - 聖級

 冒険者ギルドの二階の最奥、一際豪奢な扉に通される。


 一階の猥雑な雰囲気からは想像出来ないくらいに豪華なギルドマスターの執務室に、ただただ圧倒されてしまう。見たことない高価そうな調度品の数々、壁には大きなクマの頭の剥製が……ってよく見たら『討伐者:ミモザ・ハーヴェイ』ってプレート付いてる……! こんなのと戦ったんだミモねえ……そりゃAランク冒険者にもなれるワケだ。


「ここに入れる冒険者はミモザさんと他数人くらいなんですよ」と不意に現れたアルビさんから囁かれ、なお一層恐縮してしまう。というかアルビさん、いつの間に来たんだろう。テーブルを見ればすでにお茶とお菓子が用意されてるし。


「いつまでボケっとつっ立っとるんじゃ。ほれ、そこのソファに腰掛けるが良いぞ」

「は、はい……では失礼します……」

「そう固くなるなってミア。ランばば様はこう見えても優しいし、強え婆ちゃんだから」


 ってミモ姉、そんな不躾な態度でいいの? じゃなくて『只者じゃない』ギルドマスターここで一番偉くてやばい人だよねこの方。さっきビガロの奴みたいに床に張り付けられちゃうよ?


「全くミモザは口だけは直らんの。お前にはわしがどんなふうに見えてるのやら……まぁ『様』と付けるだけマシにはなっとるがの。という訳じゃミア、お主も気楽にせい」

「は、はぁ……」


 向かい合ったソファに、私とミモ姉、向かいにバイランギルドマスター――バイラン様とアルビさんが腰掛け、会談のようなものが始まった。



† † † † 



「さてさて。面倒な前置きは省いて……そこなフクロオセロットはミアがテイムした……プルクラだったかの? お主、話せるじゃろ、ここは無音の結界が張られとる。好きに喋って構わんぞ」

「!」


 プルクラが話せるってことはうちの家族以外知らないし、一切口外していないはずなのに、なんでバイラン様は知っているんだろう。


 お茶を一口啜ったバイラン様はニヤリと口角を上げる。


「気配じゃよ気配。わしくらいに長生きしとるとな、そういうのは分かるんじゃよ」

「そうやってギルマスはご冗談ばかり……ミアさん、ギルマスは『悠久の大魔導師』の職号を持つ魔導師なんです。元々はタイゴニアの魔導師団に所属していらっしゃった筆頭魔導師様だったんですよ。ですからそのくらいは魔法的な何かで分かるんです」

「これアルビ、それはもう昔のことじゃ。今は片田舎のギルマスで、ただの老いぼれじゃよ」


 想像以上の経歴を持っていたバイラン様。絶対ただの老いぼれじゃない。そんな方がなんでこんな辺境の、それこそビャッコの森くらいしか特色のない村でギルドマスターなんかやっているんだろう。


「それはのうミア。簡単に言うとじゃな――」


 バイラン様は甘菓子を一口齧った後、その身の上を語ってくださった。


「――と、まぁ要するに人付き合い権力争いってものに辟易したんじゃよ」


 一度も他の町、ましてや都にすら行ったことのない私には『権力争い』というものがいまいちピンとこないけど。大人の世界っていうのは必ずしも誠実で綺麗なものじゃないってことか。まぁ私如きのには無縁の……ってあれ? 逆だな。


「まぁわしの話はここまでじゃ。さてさてプルクラよ。もう喋っても良いぞ」

「……ばばさますごいのー。ウチが喋れるってわかっちゃったのー」

「ほっほっほ。お主なかなかめんこい奴だのう」

「ってかさラン婆様、プルクラの奴、テイムされる前は子どもで色も茶ブチの普通のフクロオセロットだったんだぞ。今じゃすっかり大人のナリだし色も変わっちまった……しかも喋ってるしさ! おまけにミアに似ちまって……なんなんだよこれ」


 ふう、と小さくバイラン様は嘆息し、語り始めた。


「如何せんテイマーという職号は、解明されていないことが多くての。なぜかといえば『テイム出来る生き物がテイマーそれぞれ、その方法もまたテイマーそれぞれ』だからじゃ。しかも冒険者になるテイマーはそう多くないからの、こちらにも情報がなかなか集まらんのじゃ。その上テイマーという職号は大神殿行きにもならんから、神殿関係者もそれほどテイマーを重要視しとらん。故にテイマーはまだまだ謎が多い職号のまま……という訳じゃ。つまり、わしにも皆目見当がつかん」

「そうなんですか……」


 少し気落ちする私に、バイラン様は申し訳なさそうに続ける。


「すまんのう、大したことが言えんで……で、お主の職号は『ネコ●○目の調教師テイマー』とアルビからは聞いておるが、どうやらミアの見た目、ってことだけではなさそうじゃな。現にこうしてネコの仲間のフクロオセロットをテイム出来ている訳じゃし」

「そうなんだよラン婆様。だって他の動物……シカとかインコにはそっぽ向かれたんだぞ。ならミアはネコの仲間がテイム出来るテイマー、って考えるのが妥当だと思うんだよなぁ」


 うぅ……確かにそっぽ向かれたけど。もうちょっと他の言い方してほしかったよミモ姉。なんかモヤっとする。


「ミモザがそう言うならそうなのかも知れんな。今はそれでいいじゃろ。わしもあまり迂闊なことは立場上言えんでな。ここはわしも少し調べてみるとしようかの。ミア、すまんがもう少し待っておくれ」

「ありがとうございます、バイラン様。私も何か分かったら逐一報告いたしますので」


 バイラン様にはこう言ったけど。

 そっか、バイラン様ほどの方でも知らないのか……。まぁまだテイムしたばかり。もっともっとプルクラのことが知りたいな。


「しかしじゃミアよ、分かることもあるぞ。ミアの色は確か白金……じゃったか? アルビよ」

「はい。それは私もこの目で確認しましたし、司祭様も同様の確認をされてることはこちらも把握しています」

「なるほどの……さてさて。お主ミア白金じゃが、超級以上であることは間違いないじゃろな。そうじゃな……白金は『聖級』とでも言えるのではないかの?」

「「「!!!」」」


 せ、聖級!? ってなにそれ!? ちょっと待って! どうしてそうなるの? 確かにプルクラの色は聖なる感じ、しないでもないけど。


超級のテイマーは『テイムした生き物と念話による意思疎通が取れる』じゃろ? で、プルクラはといえばミアと普通に会話、しかもわしらとも会話出来とるんじゃ。これを超級と同列には出来んじゃろ。少なくとも超級以上、じゃろうな。ちなみに聖級っていうのはわしが今考えた。悪くないじゃろ?」


 執務室に静寂が訪れる。私にとっても衝撃の事実だし、ミモ姉も同様。ただアルビさんだけは、


「ギルマス……素晴らしい名称かと。後ほど資料に追記しておきます」

「じゃな。しかしじゃ、実はもう一つ気になることがあっての」

「おいおいラン婆様! まだこれ以上ミアになんかあるって言いたいのかよ? 場合によっちゃあ――」

「こりゃミモザ、慌てるでないわ。確かにの、お前がミアの身を案ずるのも分かる。このことは当面ここだけに留めるし、資料もしばらくは閲覧不可にするから安心せい……でじゃ、気になることというのはの……」


 これ以上まだ何かあるのかと思えば、背中に汗が溜まるのを感じる。

 私としては鍛治をしながら、時々プルクラとあれこれしたいだけなのに。穏便に暮らしたいだけなのに。


 そしてバイラン様の口から出た言葉は。


超級のテイマーのもう一つの特徴。つまり『生き物の基礎能力を超えた行動をさせることすら可能』ってことじゃ。プルクラよ、これについてはお主、何か心当たりはないかの?」


 いつの間にかうたた寝していたプルクラ。うん、プルクラにとっては退屈な話だったかも、ごめんね。

 怠そうに顔を上げて大欠伸を一つしたプルクラは、うーんと小首を傾げた後、言葉を探しながら、といった様子でこう言った。


「……ウチは母さまで、母さまはウチなのー」

「? プルクラ、それどういうこと?」

「よく分かんないけどそういうことなのー」


 はい、わからんちんです。だけど、まだ言葉を話せるようになって二日しか経っていないプルクラだから、といえば仕方がないのかも。


 ただ、バイラン様だけは何か確信めいた表情を浮かべて、執務用の大きな机の上にあった小さな箱に手を掛けた。それは通信用の神具で、ギルドの各所と繋がっており、こうして遠隔で会話出来るのです、とアルビさんが意気揚々と教えてくれた。すごいな神具って。


「ブリッツ。ブリッツはまだおるか?」

【……はい。訓練場に先ほどの者とおりますが……如何なさいましたか? バイラン様】

「そうか、それは重畳。ミア……お前も知っとるじゃろ? 其奴を今そちらに行かせるでな、その無礼な童と手合わせさせるのじゃ」

【は。承知いたしました……おいビガロ、今から……】


 はい? なんで今ビガロと手合わせする必要があるんだろう。

 禍根を残さないようにここで決着つけろ……とか? ならアイツとはいつもことだから断りたいんだけど、バイラン様もミモ姉もどうやら許してくれないようだ。


 気づけばミモ姉の小脇に抱えられ、抵抗する術もなく訓練場へと連行されたのだった……モノみたいに運ばないでほしいんですけど!

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