015 - バイラン・ティエル
翌朝、七と半刻。
軽めの朝食を食べ、プルクラとミモ
分かってたけど。
分かっていたけど、すれ違う村人たちからの視線が痛い。
「なんかみんな見てるんだけど……」
「しょうがないだろ。こんなでっけえフクロオセロット連れてるんだ。しかも白だぞ白! プルクラも今は喋るんじゃないぞ」
【ウニャ!】
中には小さな子ども連れの母子もいて、子どもはその無邪気さでプルクラに近寄り「かわいい〜」「一緒に寝たらあったかそ〜」などと撫で回し抱き付いている。側から見ている母親としてはもう気が気じゃないらしく、何度も私たちに、
「あ、あの……この大きなネコ……? その……大丈夫なんですよね?」
「はい。無闇に噛まないよう躾けてますから。ほら君、この子プルクラっていうんだけど、顎の下をこしょこしょすると喜ぶよ」
「へぇぇ〜やってみよ!」
子どもの小さい指は豊かなプルクラの体毛にするりと入り込み、プルクラはちょっとだけ口を半開きにしながら、もっともっとと言わんばかりの顔つきになる。ちょっとだらしないよプルクラ。
【ゴロゴロゴロ……ウニャ〜ン】
「ね? 気持ちよさそうでしょ? さて、そろそろお姉ちゃんたち行かないと。また会えたら撫でてあげてね!」
「うん! じゃあねお姉ちゃん、プルクラちゃん!」
ちょいちょいこんなことがありながら、予定より半刻も遅く冒険者ギルドに到着した。
† † † †
「……おいおいなんだあれ?」
「あぁ、あのチビ、どうやらテイマーらしいからな。使役動物だろ」
「ありゃあヤマネコか? あんな白いヤツ初めて見たぞ」
ギルドの中もやっぱりこうなるのか。冒険者もギルド職員さんたちも一様に好奇の視線を投げてくる。居た堪れない気持ちのままカウンターを見回せば、奥の方にいるアルビさんを発見。すかさず声を掛けるとすぐにこちらに来てくれた。ちなみにミモ姉は酒場に行こうとしたので、飲むならお酒以外にしてね! と釘を刺しておいた。
「おはようございますミアさん……って、そちらがプルクラちゃんですか? お聞きしていた話とはずいぶん違うように見えますが……?」
「はい、いろいろありまして……その件を詳しくお話し――」
「おいネコ目!」
これから面倒な話をしなくちゃいけないのに、さらに
「なんか用? ビガロ。私ちょっといそが――」
「それお前のイヌか? 邪魔だから外に出せよ!」
なんだコイツ。私の
「この子はイヌじゃない。フクロオセロットのプルクラだよ!」
「はっ! プルクラだかプカルパだか知らねえけど……コイツ意外と綺麗だな……よし! お前みたいなチビじゃこんなデケエの扱いきれないだろ? 俺様が飼ってやるからさっさと寄越せ!」
「ちょ、ビガロさんっ! このフクロオセロットは事前にミアさんから伺っているれっきとした彼女の使役動物です! そういったことはギルドとしても見過ごせません!」
まだアルビさんには『プルクラをテイムできた』とは言ってないにも関わらず、咄嗟に機転を利かせてくれた。さすがにビガロもこれで黙るかと思ったら。
「あ? 俺様は村長の次男で聖騎士だぞ! その俺様が飼ってやるって言ってんだ、文句ないだろ!!」
いや、文句しかない。
「ビガロ! アンタまだ聖騎士でもなんでもないじゃない! 大体アンタに
「うるせえ! さっさとこっちに寄越しやがれ!」
もうだめだコイツ。何言っても聞きやしない。
とはいえコイツには立ち会いでは勝つ自信があるけど、腕力では勝てない。だから身を挺してプルクラを背後に回せば、ビガロは私の腕を掴んで突き飛ばそうとする。
これはさすがに無理だ! このままじゃ倒されて――
「こりゃ
いつからビガロの背後にいたのか、微塵の気配も感じなかった。
そこには私の身長くらいの老齢の女性が杖をついて立っていた。控えめな装飾の黒いローブを身に纏い、無造作に削っただけに見える古びた杖。そしてその口元は微笑を浮かべている。顔は笑っているけど……。
この人はやばい。私の野生がそう言ってる。背後にいたはずのプルクラもいつの間にか私の足元にぴたりと付き、敷き皮よろしく伏せている。たぶんこの子も、目の前の女性が只者じゃない、そう本能で感じているのだろう。
「な、なんだババア! 邪魔するんじゃ――」
「……“リッガーレ・グラビタス”」
カンッ!!
その女性は何かを呟き杖の先を床に打ち付けると、途端にビガロの身体が床にべったりと張り付いた。
「な、なんだこりゃ……一体何しやがったババアっ!?」
「さぁのう? おーいブリッツ、ブリッツはおるかいのう? この童、訓練場で可愛がってやってくれんかの?」
そう言うと、カウンター奥から筋骨隆々の大男――ブリッツさんがのそりと現れ、無言でビガロの足首をむんずと掴んだ。
ブリッツ師匠に会うのは数年ぶりだ。九歳から十二歳までここで開催されている『護身術教室』に剣術――私は短剣術だけど――を習いに来ていた時にお世話になったのがブリッツ師匠。技術だけでなく、心を鍛えてくれた彼には今でも感謝している。
ブリッツ師匠は一度その女性に一瞥すると、抵抗するビガロをものともせず、文字通り引き摺って行った。
そしてその女性が「騒がせたの」と一言だけみんなに向けて述べると、なぜか全員――強面の冒険者すらも恐縮しては目を逸らしていた。
「さてさて。これで五月蝿い小蝿はおらんようなった……して、そこな娘っ子がミア……だったかの?」
「は、はい……? そうです、私がミア・ラキスですけど……?」
「ミアさん。こちらにいらっしゃるのは当冒険者ギルドティグリス支部のギルドマスターであらせられます、バイラン・ティエル様です」
えっと、冒険者ギルドのギルドマスターってことは……ギルドの一番偉い人? このおばあちゃんが!? さっきの只ならぬ気配からは俄に信じられないくらいに、今はただの上品な老齢のご婦人にしか見えない。
「ギルドマスター様……失礼しました、私、冒険者のミア・ラキスと申します……まだなりたてのFランクですが」
「わしなんぞただの老いぼれじゃよ、そんな畏まらんでもよい……さてさてアルビよ。少しこの娘っ子……おや失礼、ミアと話をしたいでの、お茶の用意、してくれんかの? ミアには……そうじゃのう、甘菓子も出しとくれ」
承知いたしましたと言うや否や、アルビさんが脱兎のごとく走り去る。
いつも仕事が早いなとは思っていたけど、物理的にも速いのね。
「さてさて。話の続きはわしの部屋でしようかの。ほれ、付いて来るんじゃ……おーいミモザよ、お主もじゃ!」
「ふぁ? ふぁい!」
口いっぱいのパンを咥えたままのミモ姉とプルクラと共に、私たちはギルドマスターの部屋へと案内された。
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