014 - プルクラ?
私が知っているそれとは大きく異なる姿に変化したプルクラ……だったモノ。全身が『これはおかしい』と総毛立ち、本能で理解を拒む。だがこういう時は理性で捩じ伏せ思考を巡らせるしかない。
改めて目の前の異形を見る。
なんと言っても大きく異なるのはその体毛、である。
それまでのプルクラ――通常のフクロオセロットは淡い茶色に濃茶色の斑紋を有しているが、これは雪のような白を基調に薄墨色の斑紋を纏っていた。
「これは……リューシ、か? いやさっきまでは……」
「リューシ?」
どこまでこの人は有識なのか。ミモ
「リューシ……正確にはリューシズムって言うんだけど、身体の中にある暗色物質が減少した生き物をそう呼ぶんだ。逆に増加したのはメラニズムって言われてる。野生でもごく稀にいるにはいるらしいが、私は見たことないな」
「そうなんだ……でもプルクラは普通の色合いだったよ?」
「いや、リューシってのは必ずしも先天じゃないんだ。最初は普通でも、成長に伴って白くなる後天もいるらしい」
つまりプルクラのこの体毛は、珍しいけどいなくはないってことか。
しかしこの色……森はおろか村でも相当目立つよね。
「あぁ。ただタイゴニアはビャッコ様のおかげか『白い生き物を神聖化する』向きがあるからな。大事にされることはあっても、迫害されることはないだろうが……」
「だろうが……何?」
「……金目当てで攫ったり、強引に迫ってくるお貴族様はいるかもな」
「っ!」
その時は私がなんとかしてやる、とミモ姉はあっけらかんと言うけど、正直不安は残る。ただ、あれこれ考えても仕方がないから今は思考を放棄する。
お次は大きさだ。
変化前のプルクラはいかにもな『動物の幼獣』の大きさだったが、今は目測でざっと二倍、具体的に言うと体長90センテはあるだろう。これと体毛はどう考えてもテイムにおける副作用……もしくは恩恵、といったところだろうけど、資料室にはそんな記述は一切なかった。
まさかこんな急成長、と一言で片付けていいか不明なほどに大型化するとは露ほども思わなかったから、もうすぐ完成する小屋のサイズがどう見積もっても合わない。至急これはリサイズが必要だ。
さて最後は顔つきなのだが。
この姿になってもその場から一切動かず、深く俯き瞼は閉じられ、まるで作り物のようだ。少し屈んで横顔を覗けば、
「さっきからちっとも動かないな
「縁起でもないこと言わないでミモ姉! ほら、ちゃんと息してるでしょ? ただ――」
死んだなどという失礼な言葉に反応したのか、ゆっくりとこちらに顔を上げたプルクラは、それまで閉じていた双眼を見開く。
「! プ、プルクラっ……その眼……?」
「ミアと同じ眼じゃないか……」
あの可愛かったクリクリの褐色の瞳は。そう、私と同じ緑と青のオッドアイに変わっていた。テイムってここまで変わるもの? とその綺麗な瞳を注視すれば、瞳孔にはテイムの際に現れたあの魔法陣が薄らと残っている。うん、これはテイム出来ている、と私の中の『テイマー』がそう言っているのが解る。
「飼育動物は
「そ、そっか、やってみる。確か――」
【……おはよー、
「! か、母さま!? ってプルクラ? ちょ、ちょっと待って!」
【うん、待ってるー】
(これ念話じゃなくて普通に会話しちゃってるよね……どういうこと?)
どうにもこうにもわからんちん。でも聞きたいことは山ほどあるから一つずつ冷静に。そう、冷静に。
嬉しそうに尻尾をゆらゆらさせるプルクラに再度話しかけてみた。そんな私は、側から見たらミモ姉みたいなアレな人に見えるのかな……。
「いくつか聞きたいけどいいかな? えっと、その……あなたはプルクラなんだよね? ……私の言葉、解る?」
【うん、そうよー。ウチを助けてくれてありがとー。言葉もわかるのー】
「いえいえこちらこそ……ってそれはいいんだけど。プルクラは私にテイムされたってことでいいの?」
【そー。ウチ、母さまの声が気持ちよくてー。あとねー匂いも好きー。だからしえきして欲しかったのー】
うんうんそっかそっか。動物だから表情は分かりにくいけど、尻尾のブンブン具合からして、喜んでいることは分かる。
「私も嬉しいよ、プルクラをテイム出来て。でね、なんで毛の色が――」
「ってちょっと待った待ったぁ!」
「? どうしたのミモ姉?」
「どうしたもこうしたもお前、今プルクラと喋ってんのか!?」
唐突に何を言うのかと思えば。今、普通に話してたでしょ?
アレなこともあるけど、基本冷静に物事を見ているミモ姉らしくもない狼狽ぶりだ。
「私にはウニャウニャ鳴いてるようにしか聞こえないぞ!」
「……いやいやちゃんと人の言葉で――」
【たぶんミモザおねえちゃんにはウチの声、『鳴き声』にしか聞こえてないのー。母さまー、ウチの頭におてて乗せてみてー】
「へ……? こ、これでいい……?」
プルクラに言われるがまま彼女の頭にそっと手を乗せた。その刹那、まるでプルクラの全て――そう、五感や思考、風に揺れる体毛一本一本の感覚、大地を踏みしめる肉球の柔らかさに至るまで。その全てが私の身体中をぐるりと駆け巡る。やがてそれは私のそれと混ざり合い、そしてまさに『足して二で割った』ようなものがプルクラに還っていく……そんな感覚に襲われた。
【これでだいじょぶだと思うのー】
「大丈夫? ってな――」
「……ミモザおねえちゃん、ウチの言葉、わかるー?」
「っ!!! プルクラお前……話せんのか!? テイムって凄いな……いやテイムじゃなくてミアが凄いのか? ……プルクラが凄いのか……あーーーもうわっかんねえっ!!」
こんなにわからんちんモードのミモ姉、初めて見た。それはつまり私のテイムもしくはプルクラのどっちかが想定外で規格外のものなんだろう。
ややあって、よほど騒がしかったのか家から出て来たじっちゃんが語気を強めて、
「あんまり庭で騒ぐもんじゃねぇぞミア! そろそろ昼飯……って? な、なんだそりゃあぁ!!?」
「じっちゃん声大きいってば! この子……プルクラなんだよ……」
「はぁ? アイツな訳ないだろ。頭でも打っ――」
「ウチ、プルクラだよーじぃじー」
「!!!!!!」
下顎が外れ落ちるほど大口を開けて固まるじっちゃんの背中を押しながら、とりあえずみんなで家の中に戻った。こんな姿のプルクラを他所の人に見られたら一大事だもんね。
† † † †
「……なるほど、テイム出来たと思ったら姿も変わって喋れるようになった……って訳か」
「私にもわからんちんだけど、
「そうだよじぃじー。……じぃじはウチのこと嫌いー?」
本人は気づいていないかもだけど、じっちゃんの顔が酷い緩み様だ。
私も小さい頃はじっちゃんのこと『じぃじ』って呼んでいて、ある時からじっちゃん呼びに変えたんだっけ……思い出した、ビガロのやつに「まだお前じぃじとか言ってんのかよ、ガキだな!」って言われたからだ。思い出しただけで腹立つ。
私のことはさておき、たぶん昔のこと、じっちゃんも思い出してこんなだらしない顔になってるんだね。そりゃあこんな可愛いプルクラに『じぃじ』って呼ばれたらこうなるって。だって私も『母さま』って呼ばれて正直まんざらでもないんだから。
「じぃじがプルクラのこと嫌いな訳ないだろ〜?」
「うわ、ついに自分でじぃじとか言い出した……ところでミア。森でどの動物もテイム出来なくて、プルクラが出来たってことは、お前の『ネコ目のテイマー』って、ネコの仲間をテイム出来る職号……ってことにならないか?」
「そ、そうなのかな? 偶然ってことはない?」
ミモ姉は首を無言で横に振る。
「思い出してみろミア。テイムを試した動物のこと」
「えっと……ビコロールボア、ホーンレスガゼ
「な? その中にネコの仲間、いないだろ?」
確かに思い起こせばそうだった。どの動物もネコの仲間じゃない。冷静になってみれば、なんでネコの仲間をテイム出来る、って発想に目が向かなかったんだろう? まぁその理由も自分には分かる。国民証がこれでもかってくらいに『私の
「まぁとにかく。起きたことは受け入れるしかないぞ。明日にでも冒険者ギルドに登録してこい」
「私も明日、付き添ってやるから。一人じゃ心細いだろ?」
ただでさえ一人で入りづらい雰囲気のあの場所に、こんな大きな白い動物引き連れて行けるほど、私のハートは頑強に出来てない。ミモ姉の提案に感謝の首肯で返す。
とはいえテイムした動物をギルドに登録するのはテイマーの義務――とギルドのアルビ受付嬢に聞いていた――なので、仕方がないと覚悟を決めて。今日は早めに寝台に入ったのだった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
※1:大陸中央部から南部にかけて広く生息する小型のカモシカの仲間。その生息範囲は広く、森林から街道沿いの草原までと、驚くほどに様々な環境に順応している。カモシカの仲間であるが雌雄ともどもツノを持たず、捕獲も容易でしかも肉が美味しいこともあり、庶民の懐に優しい獣肉として親しまれている。しかしそれでも生息数が減らないのは、生態系の弱者ゆえの成熟の速さと多産に起因しているからであろう。(参考文献:官冥書房刊「生態系弱者の生き残り戦略とその強かな生涯」)
※2:ビャッコの森の浅部のみに生息する大型で緑鮮やかなインコの仲間。大型ゆえに飛ぶことができず、動きも緩慢である。本種はその身体を維持するため、常に土中の虫や植物の種子などを啄んでいる。しかしながら意外と行動範囲は広く、至る所で糞をするために、未消化の様々な種子が広範囲に蒔かれることとなり、結果ビャッコの森の浅部は植生豊かなものになっている。このことから本種は『森の
※3:大陸全土に広く生息する小型のイヌの仲間。主に草が多く茂る原生林にその姿を見かけることが多い。本種はイヌの仲間には珍しく完全草食性の動物だが、歯の構造は肉食動物のそれであり、植物を咀嚼して食べることが出来ない。そのため胃の中に消化を補助するための礫石を飲み込んでいる。穏やかで小型なこともあり、愛玩動物として一定の需要がある。(参考文献:官冥書房刊「月刊ペット通信別冊 クサヤマイヌを飼おう!」)
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