013 - テイマーミア誕生?

 プルクラが我が家の一員――家族になって五日が経った。


 まず感じたことは『野生動物の生命力って凄い』、これに尽きる。連れ帰った次の朝にはここ我が家は安全と認識したのか、流動食として試しに作ってみた麦のミルク粥を平らげ、次の日には私たちの食料としてストックしていた肉も少量ながらペロリ。


 この肉は、まだ子どもだから噛みやすい方がいいだろう、という理由で叩いて柔らかくした――のだが。


【おはようミア……朝っぱらから何作ってるんだ?】

【おはようじっちゃん。プルクラにそろそろお肉をあげてみようかなって。でもうち、肉叩きないでしょ? だから作ってるの】


 肉叩きというのは肉に走る筋を叩いて肉質を柔らかくする調理器具。うちでは作っていない商品だから、物は試しに作ってみようと思ったのだ。あいにく我が家には今、ブロック羊肉の赤身しかないからね。ないなら作るまでだ。


【そんなんじゃ碌に筋もやわくならんだろ。どれ、儂が作ってやるからお前はプルクラの面倒でも見てこい】

【そう? じゃあこれ、続きお願い】


 しばしプルクラの頭を撫でながら待っていると、じっちゃんは嬉々として肉叩きを持ってくる。

 さすがじっちゃん、打面の四角錐も狂いなく鋭く尖り、これ凶器なのでは? と思わせるくらいの逸品に仕上げてきた。打面を触るのも憚れるくらいに鋭く仕上がったそれを受け取り、肉をえいやっ! と一叩きすれば。


【じっちゃん……これ鋭すぎ。肉がミンチになっちゃったんだけど……?】

【? いいじゃねえか。これならプルクラも食べやすいだろ。な〜プーちゃん? 食いやい方がいいでよね〜?】

【……ニャゥ?】


 こんな時まで『過斬』にしなくていいんだよじっちゃん。

 モノはいいけど却下です。その前にプーちゃんちゅーちゅー言わないで。


 子どもとはいえ、そういうの柔らかいミンチ肉に慣らしてしまうと顎も強くならないし、野生の本能も薄らいでいくと思うんだけど。

 そういうわけで肉叩きは私が改めてプルクラ専用のものを作りなおした。

 ちなみにじっちゃんの作った肉叩き、近所のおばちゃんに進呈したところ、家庭でお手軽にミンチ肉が作れるとクチコミで評判になり、図らずも我がラキス刀剣鍛治工房の新商品『究極破砕の肉叩き槌アルテマミートクラッシャー(命名:ミモ姉)』になったのはまた別のお話。


 それはさておきプルクラは、五日経った今ではだいぶ家と私たちにも馴れ、脚の怪我もほぼ完治。チョコチョコと私のあとを付いて回ったと思えば居間の隅で丸まって寝たり、時にはお腹を上にして服従のポーズを取ってみたりと、そのリラックスっぷりを遺憾無く発揮していた。肉付きも良くなり、毛艶も良くなってきたところで今日、ついに『お庭デビュー』の日を迎えた。


 恐る恐る庭に一歩踏み出したプルクラは、警戒しながら地面や外気の匂いを嗅いだ後、ここは私の縄張りだと主張するかのように走り回る。

 そのうち、庭で鍛練後の休憩をしていたミモ姉の元に走り、撫でて撫でてと頭を擦り付けた。


「おっ、プルクラじゃないか。そうか、今日が外デビューか!」

「うん、脚もすっかり良くなったしね」

「早めに門扉作っておいてよかったな」

「いや、作ったのドルドじいちゃんだからね?」


 そんな中、相変わらず自由に庭を走り回るプルクラを呼ぶと、クルッと身を翻し、呼んだ? とばかりに私めがけてすっ飛んでくる。

 この子、相当頭がいいのか二日目にはもう自分を『プルクラ』と認識していたし、一度言い聞かせただけで作業場――鍛冶場は非常に暑いし熱い――には入らないようになったし、簡易に用意した厠もすぐに覚えて粗相もしない。


 そして、当初より計画していた『プルクラテイム大作戦』を今日、いよいよ試す。


 彼女は精神も落ち着き体力もほぼ快復。とはいうものの、これも重要だと考えていた『懐き度』も、それこそ寝食を共にして極力プルクラの傍にいるようにしていたから、相当懐いてくれたと思う。


(できれば貴女プルクラを最初にテイムしたい。貴女さえよければその権利、私にくれると嬉しいな?)


 念じながらプルクラの左右の頬を指先でくしゅくしゅ撫でる。彼女も目が線になり、気分良さげにゴロゴロ喉を鳴らした。

 私の念が通じたかはわからないけど、目を開けた後、珍しく目を合わせて――通常野生動物は対象と目を合わせることは珍しいらしい――から、これも分かってやっているのか小首を少し傾げて、


【……ニャーン】

「「……可愛い」」


 あざとくてもいいのだ可愛いのなら。許しましょう。そして閑話休題。


「……よし。じゃあやってみるね」

「お、おう……気をつけろよ、その……色々と」


 心配そうな顔のミモ姉を制し、一歩後退を促す。そして私はただでさえ大きな吊り目を力強く見開く。これは只事ではないと察したプルクラも、真正面に移動して腰を降ろした。そして――。


(っ! ……き、きたっ! ……よし!)


 きた! 流れ込んできた! なるほど確かに資料室で読んだ通りテイムの方法――手順が整然と頭を駆け巡る。この感覚は……今まで味わったことのない奇妙な感覚だ。


 あとは流れ込んだ手順を間違いなく確実に踏むだけ。

 まずは両の手のひらをかざし、対象物であるプルクラに向ける。あとはその言葉を言う詠唱するだけだ!


「……我が名はミア・ラキス。汝を従属使役する者也。我が聲に応えその身を委ね、我の与えしこの名を受け入れよ……プルクラ! テイム!」

「……大丈夫かミア?」

「大丈夫。イケる……と思う」


 その刹那、プルクラの足元に直径1メルト程の二重環の光が現れた。よく見ると外環には記号とも文字とも言えない何かが回っていて、さらに内環には複雑かつ緻密な模様が浮かび、中心に収束している。

 その只中にいるプルクラといえば、その光を全く感じていない様子でこちらを見つめるばかり。


 そして。


 プルクラの身体から目を潰す勢いの閃光が奔る。思わず私もミモ姉も体ごと目を逸らし、やがて閃光の止んだプルクラに向き直ると、今度は大量の白煙――蒸気が彼女から噴出しているようで、シルエットしか確認できない。


「だ、大丈夫? プルクラ!?」

「あれがテイムの魔法陣か……攻撃魔法陣とはまた違うんだな……」


 そんな感想を漏らすミモ姉をよそに、その白煙はプルクラの頭上に渦を巻き、竜巻と化し空高く消えていった。


 そこにいたのは――


「!? えっと……あなた、プルクラ……なの?」

「動物がテイムされるとこうなるのか……? いや、そんな話聞いたこともないぞ……」

【……】


 ――身体も倍近く大きくなり、頭頂部から肩に走る立派な立髪を冠した、フクロオセロットの子どもはずの獣。


 それは姿だった。

 そしてここに『プルクラテイマーフクロオセロットを使役する者』となった私が今、誕生した……の?

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