012 - プルクラ
「……プルクラ。この仔の名前は今日からプルクラ!」
「「……プルクラ?」」
「そ。プルクラ」
特に深い意図もなく、語感がいいから決めただけのこの
「いいじゃないか! なかなか可愛い名前だと思うぞ」
「儂もいいと思うぞ。ミアがいいって思ったのならそれがいいに決まってる」
「二人とも……じゃあ君の名前は今日からプルクラ! ね? プルクラ?」
プルクラ――この仔の、この子だけの
たった今決まったその名前を呼ぶと、プルクラは頭だけをこちらに向けて、少し気怠げに一鳴き。そしてコテンと小首を傾げた。
【ウニャー……?】
「「「……
私たちはこの瞬間、小さな小さなフクロオセロットの子ども――プルクラに完全に心奪われたのだ。
……キャワイイとか言ってる誰かさんはもう知らん。
そして一夜が明けて。
プルクラという小さな家族が増えた今、改めて我が家の住環境などを振り返ってみる。
我がラキス家はティグリス村の北区画、南西に位置している。この区画は我が家の生業である『ラキス刀剣鍛治工房』を初めとした各種工房が集まる職人街だ。しかしながら我が家は鍛冶工房であり、その商売柄、熱や煙、槌と金属がぶつかり合う音などといった、人によっては不快な要素を垂れ流しているといった側面がある。なので両隣は更地のまま一向に建物が建つ気配はなく、多様な雑草が我が物顔で土地を不法占拠していた。
ラキス刀剣鍛治工房には、建物の大きさの割に不釣り合いな広さの庭がある。これは元々がそういう物件だったということもあるが、商売柄『試し斬り』が肝要であるため、存分に振り回してその出来不出来を見極めるには必要な広さなのだ――が。
プルクラがいる今、庭の運用見直しが急務となる。
「今は家の中でいいけど、ずっとってわけにはいかないよね……だから快復したら庭で飼おうかな、って」
「あぁ、儂も同感だ。中型とはいえ野生動物だ、外飼いがいいに決まってる」
「まぁそんなすぐに大きくなるわけじゃないし、まずはその時のために今からきっちり準備しなくちゃな、ミア」
というわけで、プルクラのために最良な環境を整備するため、各々考え意見を交わした。
まずは小屋である。これは自分達で雨風を凌げる程度の簡素なものを作り、成長に合わせてその都度小屋の大きさ、作りを検討する。また、生き物である以上排泄行為は避けられない課題。これは急ぎスライムを捕獲、庭の隅に専用の厠と共に設置とする。スライム厠は、どこの家庭の厠にも用いられる一般的なものだ。
次に餌の確保。フクロオセロットは中型肉食動物だから、これも成長に合わせ量を調整、入手は基本ビャッコの森で狩りによる調達とする。その担当は当面、私とミモ姉の持ち回りとした。
そして一番重要なのは脱走に対する対策だ。現状我が家は平板の壁で四方を囲まれているが、これは私の肩ほどの高さがあるから今はそのままとする。しかしながら店舗を兼ねている都合上『門扉』がないので、こちらは新たに設営。
以上が、プルクラ生活改善協議会という名の家族会議の結果である。
「ミア。どうでもいいけどお前、肝心なこと忘れてないか?」
「? 決めなきゃならないこと、まだあったかな?」
「冒険者ギルド、行かなくちゃだろ」
「あ……」
昨日、くどいほど門番さんに言われたことをすっかり失念していた私は、ギルドまで連れて行くにはまだ不安なプルクラをミモ
背中に聞こえるプルクラの切なそうな鳴き声に後ろ髪引かれながら。
† † † †
「なるほどフクロオセロットですか……プルクラちゃん? でしたっけ。今はどうしてますか?」
「はい、ミモね……ミモザさんに見てもらって、私の家……もちろん屋内ですけど、丁重に保護してます」
冒険者ギルドに着いてすぐに受付嬢のアルビさんを捕まえ、昨日の出来事を順を追って説明した。ビャッコの森で野生動物を生きたまま捕獲、村へと連れて帰ること自体はなんら問題ないらしいが、やはり懸念されたのは『将来的に成獣になった場合、然るべき養育設備を用意できるのか』で、これも家族と充分に話し合い、対策準備中であることを報告した。
「ふむ……それでしたら特に問題も生じなさそうですので、こちらとしても異を唱えることはありませんよ」
「わかりました。ではプルクラが私の帰りを待ってるのでそろそ――」
「お待ちくださいミアさん。指定の依頼の方は?」
プルクラの話にかまけて、またもや失念してしまった。
雑嚢から薬草を取り出し、その場でアルビさんに確認をお願いする。彼女は一枚一枚丁寧に検分した後、
「……はい、確認しました。いずれも良質な薬草ですね。こちら報酬の銀貨二枚になります。これで最初の依頼は達成となります、おめでとうございます。それよりも――」
「テイムのことですよね……色んな
「そうでしたか。やはり『ネコ目』が何のことかわからない限りは……って、ところでプルクラちゃんには試したんですか?」
昨日は保護のことで手一杯、
しかし、実はそれについてはみんなが寝たあと少し考えた。もしテイムできたら念話ができる可能性がある。つまりはプルクラとコミュニケーションが取れるかもなわけで、想像するだけで楽しいじゃないか。
【ねぇプルクラ、今日は何して遊ぼうか?】
【もりでいっしょにぼーるあそびしたいなー】
【じゃあお弁当持って行かなきゃ。何食べたい?】
【ままのごはんならなんでもいいよー】
(ふふっ……。いいねいいねぇ。一緒にあんなことやこんなこと……)
「あの、ミアさん……? どうしました?」
「撫でてモフって……はっ! ご、ごめんなさいちょっと色々考えてました。って、そ、そう! テイムですよね。それなんですが――」
いけないいけない。妄想は一人の時にしないと。
その件もちゃんと考えている。
私の中で出した答えは『近いうちにテイムを試してみる』だ。
これはあくまで推測に過ぎないけど、今はまだプルクラも不安だろう。脚の怪我もあるし、人と暮らすのも初めてだから。そんな何もかもが未知な環境下で、果たしてプルクラは私のテイムに応えてくれるのか。きっと答えは否、だ。
これは推測に過ぎないけど、テイムという行為には、体力精神ともに何かしらの負担があるのでは、と考えているのだ。推測に照らせば、今のプルクラでは到底耐えられないと思う。怪我もさることながら、体力精神共に衰弱しきっている。だからまずはプルクラの快復を支援しつつ、元気を取り戻したらテイムを。
「――ということで、今は『プルクラ
「! そうですよね。お引き留めして申し訳ありません。本来なら今日プルクラちゃんを国民証に仮記録しようかと思ったのですが、それは次回にしましょう!」
「わかりました! ありがとうござ――」
最後まで言い切らないまま冒険者ギルドを転がり出た私は、一目散にプルクラの待つ我が家へと急ぐのであった。
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