010 - ビャッコの森―薬草群生地にて
広場で
徐々に空気も湿っぽくなり、額から一筋汗が流れる。にも関わらず上半身に不快を感じないのは、やはりドルドじいちゃんの胴具が効いているおかげだろう。
「その胴具すごいな。私なんか背中べっちょりだぞ」
「うん、すごく快適だよ。ミモ
あの銭ゲバのことだ、いくらふんだくられるか考えただけで恐ろしいと悪態を吐きながらも、欲しいことには変わらないらしく、何度も私の胴具を触っては羨望の言葉を独りごちていた。
そんなこんなで目的地に到着すれば、一面に薬草がひしめき合いながら、見事な緑の絨毯を織り上げていた。
踏み入るのも憚れるほどの緑を、ミモ姉は躊躇いなく進んで行く。数歩進んでその場にしゃがみ、無造作に葉を一枚ブチっとむしり取った。
「これが薬草だ、よく覚えとけよ。まず――」
これが薬草……銅貨一枚か。一面全部採取したら大金持ちじゃないかと邪な気持ちが顔を出す。見よう見まねで私も大きめの葉を一枚ブチっとむしり取った。
匂いを嗅いでみれば爽やかな香りが鼻腔を擽り、邪な私の気持ちを洗い流す……ことはなかった。
「これが
「……ミア。それはよく似てるけど
「!」
ど、毒草!? ミモ姉の手にあるのと見分けつかないじゃん! というかミモ姉もお金に見えてたんだね……。
「ここはな、薬草と
そう言われて見回してみれば、荒らされた形跡どころか採取されたそれすらまばらにあるだけ。
「そんなに区別って難しいもの?」
「いや、
言われた通りに葉をかき分けその根元を注視すれば、緑のままの茎のものと根元の半センテほどが紫に染まる茎があることに気づく。
「なんか色が違うけど、これが?」
「そう、正解だ。どっちが先かは分からないけど、お互いを守ってるんだろうな」
「?」
「つまりだ、植物っていうのは虫や動物、私らなんかに害されることがあるだろ? モドキは自衛のために地面から毒素を吸い上げ、結果、毒草になる。薬草はモドキに似てることを利用してモドキに紛れて育つ。で、私らみたいな解ってる奴しか寄り付かなくなって、被害は最小限の薬草で抑えられる……ってわけさ」
普段は剣と魔獣と必殺技の話が大半の彼女も、こういう『小さな積み重ね』を経て今の地位があるんだろうな。ミモ姉ってやっぱりすごい人だ。
「まぁこれは知り合いの冒険者に教えてもらったことだけど、こういうのって『自分だけの秘密』にする奴が多くてな。誰彼構わず教えちまったら丸裸にされちゃうだろ? そいつは『利益より森が荒れるのが嫌だから秘密にしてる』って言ってたな」
「でもどうしてミモ姉には教えてくれたんだろうね?」
聞いてはいけないことを言ってしまったのか、彼女の表情に寂寞の情が浮かぶ。少し間を置いて、
「『自分は冒険者を引退するから特別に教えてあげる』って言ってな、どうするのかと思ったら、そいつ故郷に戻って治療院を開いたんだ。優秀な
「なんか寂しいねそういうの」
「まぁ寂しくないって言ったら嘘になるけど……な?」
すまないが後は察してくれないかとその顔が言っているようで、これ以上はと言葉を引っ込めた。
「……よし! 薬草は薄緑の若葉は残して、濃緑の大きめな葉を選んで一株二枚まで採取しろ。そうすれば今後も安定して一定量採取出来るんだ。これも覚えとけよ」
十全に薬草採取のコツを聞けば、あっという間に規定量の薬草を採取して、とりあえず指定依頼は難なく達成。ミモ姉がいてよかったよ。
「じゃあそろそろ北に……いや! その前に広場で昼食だな! な!?」
一仕事終えて空腹なんですね、分かります、私もです。
† † † †
「やっぱミアの料理は美味いなー! 油の味がいいんだよなー!」
とミモ姉がホクホク顔で食べているのはただのサンドウィッチです。具も普通の子羊肉をサッと焼いて塩とレモニの果汁で味付け、野菜と一緒に挟んだだけ。
敢えて拘っているのは焼く時の油で、うちでは『ヨツアシクモモドキ』の油を愛用している。これは、体長30センテほどのこの動物が、営巣の際に分泌する油脂から精製した食用油だ。
動物、と言ったのは本種が形状こそクモに似ているものの、実際は『クモに似た四つ足歩行の動物』だから。これを油脂を取るために飼育し、油脂から油を生産する、というわけだ。ちなみに
そこから精製された油にはスタミナ増強成分が含まれると言われていて、体力勝負の我が家では重宝している食材の一つなのだ。
「油だけはいいもの使ってるからね。でもそれだけだよ?」
「いや、それがいいんだって。その油がスタミナ増強の効果があるのは知ってるけど、長距離を歩くこともある冒険者にはうってつけじゃないか。しかもサンドウィッチってのがまたいい」
「こんな天気のいい日にはサンドウィッチはいいよね。ピクニックっぽいし」
「まぁな。でもそれだとマルじゃない……今は何の時間だ?」
何の時間と言えば見た通り、昼食を兼ねた休憩。身体周りを見てみても、何らさっきと変わら……あ。
「気づいたか、さすがミアだな。でもまぁ折角だ、答え合わせしようか」
「うん。えーっとつまり――」
何かが私たちを狙ってるかも知れない状況で、私は座って食べやすいように剣帯を外して背中側に置き、右手で食べている。その点ミモ姉は柄を右にして目の前に剣を置き、左手で食べている。サンドウィッチがいい理由は『片手で食べられる』から、不測の事態が起きた時すぐに臨戦状態に移行出来る……?
こう答えると、ミモ姉は胡座の膝頭を叩いて、
「そう! その通り。見事正解のご褒美に、このパンの耳をやろう」
「正解したのは嬉しいけど、齧りかけだしいらない」
「そうかーいらないかー、ハッハッハ! さぁサクッと食って、北に行こうか」
「了解!(なんかうまく誤魔化されたような気が……)」
今度はしっかりと周囲を確認しながら準備を整える。剣帯のフィット具合も確認、忘れ物も入念に指差確認して、北へと探索を開始した。
ほどなく歩けば、空気が変わる。目的地の水場が近いのか、顔を撫でる風にひと時の涼をもらう。
それは歩き進める度に強くなり、やがて眼前に大きな水場が姿を現した。
(綺麗……)
こういった絵画のような風景はなかなかお目にかかれないだろう。
真っ直ぐな水面は鏡のように辺りを写し撮り、小さな別世界を構築しているようだった。辺りを見渡せば、水を飲む親子のシカ、お互いを毛繕いし合うヤマイヌの
それを
「浅部の動物は警戒心がほとんどないから、驚かさないように身をかがめてゆっくり近づけばまず逃げ出さない。まずあの一番手前のビコロールボ
そう言って先に立ったミモ姉は、茂みから静かに移動を開始する。
背中の大剣もそのままなのは、却って相手を警戒させないためだろう。私も短剣はそのまま、眼球だけを動かし周辺警戒は怠らずに後を付いて行った。
「ここまで近づけばいけるかな……ミモ姉、ちょっと試してみるよ」
試すと言ってはみたものの、さてどうやってテイムするのか。
資料室で見たのは、【テイムの方法については、テイマーの数だけあると言われており、テイム可能な生き物を前にした際、その方法が自然と頭に流れ込んでくる、という報告が一般的である】だけど……。
(何も流れ込んでこない……)
何か前段の行動が必要なのかと、逆にこちらから念を飛ばしてみたり、右の手の平をビコロールボアの方に向けてみたり、目力を込めてみたり、といろいろ試してみたものの。
どうにもビコロールボアは小首を傾げるばかりで無反応。最後にはブヒッと一鳴きして、森へと踵を返して去って行った。
「ダメ……みたいだな?」
「ううぅ……だってやり方が分かんないんだもん」
「
とにかくトライアンドエラーの意気込みで試行を繰り返すも、どの動物も結果は一様に失敗で、イヌらしき動物に至っては目が合った瞬間、早々に立ち去られる始末。あれは何の種類だろう?
居た堪れない空気を察したミモ姉が、
「もうさ、コレでいいんじゃないか?」
と指差したその先には、キャリバックホッパ
もう今日は諦めて薬草納品で、と提案しようとした刹那、ミモ姉がシッ! っと人差し指を自身の口元に立てた。
「あそこの茂みに何かいるな……近づいてみよう」
一気に空気が張り詰める。7メルト先にいるというそれに、今まで以上の慎重さを以て接近する。
【ミー……ミー……】
茂みをかき分け、その消え入りそうな声の主に辿り着くと、それは息も絶え絶えの小さな動物だった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
※1:頭頂部から尾に走る長い濃緑色の立て髪が特徴の、雑食性かつ小型のイノシシの仲間。立て髪の色とは違い、体毛は四肢のみが茶色である。その配色は、立て髪は身体は草木に、四肢は土に擬態するためと言われている。成体になるにつれ立て髪は短くなり、草丈に合わせていると考えられている。(参考文献:官冥書房刊「擬態の不思議」)
※2:常にメスがオスを背負って生活している手の平ほどの大きさのバッタの仲間。メスはその性質上、羽は退化し飛翔出来ない。オスを背負う理由は、子孫を確実に次代に残すため、常時雌雄で行動しているからだと考えられている。(参考文献:官冥書房刊「夫婦の数は星の数」)
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