008 - Aランク冒険者だけどちょっとアレな人

 ついにこの日が来た。

 心配していた天気は良好。早朝のピンと張り詰めた空気も相まって、いい意味の緊張を与えてくれる。


 今日は、記念すべき私の冒険者デビューの日だ。


 気が逸るあまり、昨日は日課の数打ちも手がつかず、何度も何度も携行品の再確認、そしてじっちゃんの言い付け通り、ジャンビーヤに慣れるための鍛練。

 愛用している自作の短剣とはリーチも重さも形状も、何もかもが違う。使いこなすには少し時間が必要だ。そもそもこの異形の短剣が使えるモノかも怪しいけど。


 そんなことを考えているうち、眠そうな目を雑に擦るミモねえが姿を見せた。

 彼女は私たちと違い、うちに間借りしてるとは言っても生活基準をこちらに合わせるでもなく、実にマイペースに過ごしている。昨日も一人で晩酌していたようだし、どうせ寝坊だろう。一度起こしたんだけどな。


「ふあぁぁ……おはようミア。悪い悪い、二度寝しちまったよ」

「いいよ。それを見越して早め早めのスケジュールで進行してるから」

「そ、それだっ! 私はミアにを学んでもらうために敢えて遅く起き――」

「はいはい先達の有難いご配慮誠に嬉しゅう御座います。じゃ、まずはじいちゃんの店行こっか」


 見え見えの嘘を軽く躱して、いざドルドじいちゃんの店へと歩き出す。

 じいちゃん曰く「朝一番に来い」とのことだったので、まだ目覚めることのない村の静謐な空気を取り込みながら、一路西区画へ。


 歩くこと四半刻、当たり前のように全ての商店は開店しておらず、いつもの賑わいが嘘のようである。

 じいちゃんの店への路地に入ると、すでに待ちくたびれた様子のじいちゃんがこちらを見るやいなや、


「おうミアおはよう。随分と遅かったじゃないか。どうせミモザの野郎が寝坊でもしたんだろ?」


 いや、ちっとも遅くないと思う。私のために作った胴着、早く着せたいだけでしょ? 会いたかっただけでしょ? その気持ちはわかるけど。そして遅れた理由は合ってるおっしゃる通りだよ、じいちゃん。


「ね、寝坊なんかしてねえよ! 今日という日を完璧に遂行するために早朝会議してたんだってば。なぁミア? なぁ!?」

ミモ姉じーーーーー……)

「ミモザお前……いい歳して15歳の娘っこにそんな目ぇ向けられて恥ずかしくねぇのか……」

「! なぁ、もう許してくれよミアぁぁ……そんな目しないでくれよぉぉ」


 お粗末な三文芝居を早々に幕引きして、そそくさと店に入った。



† † † † 



「す、すごいよじいちゃんこれ……ありがとうじいちゃん、ミモ姉」


 じいちゃん渾身の作はもうすごい出来だった。これを正味一日半で作り上げるとはさすがじいちゃん、伊達に一流を名乗っていない。


 一見オーソドックスな皮の胴具に見えるけど、これは敢えてそうしてるのだろう。小娘が希少素材の胴具なんか装備してたら、悪い奴に目を付けられちゃう。

 

「右胸は二重、左は心臓があるからな、三重に貼り合わせてある。少し動いてみろ、びっくりするぞ」


 言われた通りに身を捩ってみたり腕を回してみると、見た目からは想像つかない程に柔らかいし、装備してるのを忘れるくらいに違和感がない。じいちゃんすごい。


「速乾性と通気性に優れた生地を裏地にしてるから、汗でも早々蒸れないぞ」

「確かにそうかも。なんか風通しがいいような気がする」

「しかも素材が魔獣化したオリノコバイソンだ。恐らくだが、相当保温性にも優れてるはずだ」

「なるほど『性能突破』ってやつか……ミア、どういうことかって言うと――」


 例えば、魔獣化したスプリントラビットの革で靴を作ると足が少し速くなる、フクロオセロットの革で鞄を作ると見た目より容量が一割ほど増える、だから――


「オリノコバイソンの革ってすごい暖かいんだよ。だから魔獣化した個体の革ならそれ以上……ってことだよな、ドルじい?」

「あぁ。ま、あくまで推測だがな」


 ちなみにフクロオセロットというのは大陸全土の森林に広く生息する中型のヤマネコの仲間で、妊娠から出産までの期間が非常に短く未熟児を産むが、腹部にある育児嚢で長期間子育てする変わった生態の動物らしい。ビャッコの森にも生息しているけど、中間部〜深部が生息域で、これから行く予定の浅部にはまず姿を現さないそうだ。


(こんないい胴具ありがと、じいちゃん)


 言葉に出すとまた話が長くなりそうなので、口には出さずに感謝を述べた。


 そのあとは、ついでに作ったという剣帯も腰に巻いて、姿見で確認すれば、そこにいたのは一端いっぱしの冒険者ミアだった……Fランクだけど。


 さっそく剣帯に自作の二本の短剣を左右に付ける。うん、取り出しやすくて使い勝手も良さそうだ。

 この剣帯、左右だけじゃなく腰にも交差した状態で剣を収められる作りで、臨機応変に使えとアドバイスされた。


「さて、そろそろ行くか! ミア、準備はいいか?」

「はい! ミモ姉!」

「もうちょい若ければ付いてってやるんだがな……!」

「あ? ミアの初陣は見届けるんだよ!」

「いやワシが」「いや私が」「いやいやこのワシが」「いやいやこの私が!」


 ……もういい加減にして。



† † † † 



「『疾双のジャンビーヤ』ってどうだ? ミア」


 ビャッコの森への道すがら。

 唐突にこんな、いや変なことをミモ姉が言い出す。

 何言ってんだこの人って顔を向けると、機嫌の良さそうな表情でニタニタと私を見ている。

 新調した籠手――もちろんオリノコバイソンの革製だ――がよほど気に入った、もしくは私と冒険できるのが嬉しい、とか。はたまた二つが合体して『私とお揃いで誂えた籠手を装備して一緒に冒険できるのが嬉しい』とか?


「どう? って言われても」

「いやいやミアさん? 武器に名前は当たり前だろ!?」


 彼女はとにかく武器に関わるものに名前を付けるのが好きで、『古強者の斬滅剣』も自分で名付けたものだ。それだけならまだしも、剣技にまで名前を付けるのはどうかと思う。


【くらえっ! 闘鬼絶空斬! かーらーのーっ! 獄殺葬送壱ノ型・禍葬!!】


 という聞いてて恥ずかしい雄叫びをで上げるものだから、近所の人からミモ姉は『Aランク冒険者だけどちょっとアレな人』と呼ばれている。

 一人でやるならまだしも、私との手合わせでもやるんだよねこの人。正直すごく恥ずかしいけど、彼女との鍛練はためになることばかりだし、何より剣に誠実。だからこんなアレな人でも私は彼女のこと、信頼も尊敬もしている。


 でもなぁ……『疾双のジャンビーヤ』って。

 口に出さなければ名無しも同然だし、よしとするか。


「……じゃあもうそれ――」

「『鍛治姫のジャンビーヤ』でもいいぞ!」


 いやです。姫とかもうやめて。

『疾双のジャンビーヤ』がカッコよく思えてくるじゃないか。


「いや、さっきのでお願いし――」

「必殺技は『ファッセーレ・デーベス』な! カッコいいだろ? な!?」

「は? 必殺技とかないよそんなもの。鍛治士に何を期待してるの……」

「必殺技に名前があるのは当たり前だろ!? 名前があると威力が上がる! ……気がするだろ?」


 熱弁を打つ彼女に面倒臭さを感じつつ、数刻歩いてとうとうビャッコの森へと到着した。

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