007 - ゼルド・ラキスの贈り物、という名の返却

 じいちゃんの家から我が家までの道すがら、ミモねえが思い出したように、嬉しい提案をしてくれた。


「明後日は私も付いてってやるからさ、心配しなくていいぞ。あそこビャッコの森は奥に行けば行くほど危険が増す。まぁミアはFランク駆け出し冒険者だから浅部までしか入れないけど――」

「けど?」


 少し言い淀んだミモ姉の顔に、ふっと憂いが滲む。


 かつてビャッコの森でたくさんの危険な動物を狩ってきた彼女。ことあるごとにその話は聞かされてきた。オオカミに囲まれて大変だったとか、イノシシの大群に追い掛けられて路銀を全部落としちゃったとか。そして、Aランク昇格のきっかけにもなった『マーダーグリズリー』の一件も。

「あの時はさすがに死ぬかと思った」と、こともなげに話してくれたけど、彼女は身をもって知っているのだ、ビャッコの森の怖さを。


「――浅部だからといって侮っちゃいけないんだ。まず危険はない区域だけど、だからといって気を緩めちゃ駄目だ。時と場所が変わればその気の緩みが……生死を分けることもあるってこと、覚えとけよ」

「ミモ姉……」

「っと、しみったれた話はここまで! とにかく言いたいのは――」

「『侮は驕。驕は等しく身を滅ぼす』でしょ?」

「そう! それが分かっていればいい……ってゼルじいじゃないかあれ?」


 ミモ姉の差した指先の100メルト程離れた先を見れば、じっちゃんが辺りをキョロキョロと見回していた。何かあったのかと小走りして声を掛ければ、


「冒険者ギルドに行ったにしては帰りが遅いし、心配になってな。ってミモザも一緒か。いつ帰って来たんだ?」

「あー、今朝早くかな。そのままギルドに直行したらミアにくわして、そのままデートした」

「デートじゃないから。ミモ姉が成人のお祝いにお昼ご馳走してくれて、そのあとはじいちゃんのところへ胴具を作ってもらいに行ってたんだよ」

「そういうことか。心配かけやがって」


 こういう時、必ずじっちゃんは私の頭をガシガシ雑に撫でる。 

 じっちゃんにとってはいつまで経っても私は可愛い孫なんだな。ごめんとひとこと謝罪して、三人並んで家路に着いた。



† † † † 



 我がラキス家の夜は早い。早朝からじっちゃんは槌を振るうし、私もそれに合わせて起床、朝食の準備や細々とした家事がある。だから自然と就寝も早いのだ。

 ただ、寝る前に必ずする我が家のルーティンといったものがある。それが『お喋りタイム』だ。大袈裟な言い回しだけど、要は『一日の報告』で、何もなければすぐに終わるし、何かあればそれだけ話は長くなる。


 そして今日の『お喋りタイム』は少々長くなりそうだ。


「ふむ。胴具をプレゼント、ねぇ……」

「あぁ、! プレゼントしてやったんだ。なぁミア?」

「いや、ミモ姉とドルドじいちゃん二人からだからね」

「そうか、ありがとなミモザ……そういうことなら儂もだな」


 そう言って居間に立ったじっちゃんは、鍵のかかった小さな棚から何かを取り出した。その棚は、私も合鍵を持っていないので、何が入っているのかも分からないし、開けたところを見るのも初めてだ。


 こちらに振り向いたじっちゃんの手には、薄汚れた厚手の布に包まれた何かが収まっていた。

 それをそっとテーブルの上にコトリと置いたあと、腫れ物を触るかのように丁寧に布を開けば、刃渡り30センテほどの短剣が二振り、姿を現した。


 それは見たこともないもので、まず形状が普段私が打つ短剣と大きく違っていた。この辺りで短剣といえば刀身は直刀で片刃だけど、目の前のそれは全く逆で、ゆるく湾曲した刀身で、両刃だった。しかも両刃を挟んだ中央を、尾根が根本から先端まで走っていて、尾根はそれぞれ緑と青に色付けされていた。

 また不思議なのは、それぞれの柄と刀身の境界に施された窪みと出っ張りだ。緑の方には直径2センテほど、深さ1センテほどの窪み。青の方にはそれに嵌まるような出っ張りがあった。言うなれば『錠と鍵』の関係、だろうか。

 さらに特筆すべきは全体の色である。普通、剣であろうが包丁であろうが刀身は金属製、つまり素材そのものの色なのだが、この短剣は柄まで含めて、まるで私の髪に合わせたかのような純白だった。素材すら分からないこの短剣に、一介の鍛治士として探究心が仄かに疼く。


「こんな短剣、初めて見た……」


 ん、と一つ首肯したじっちゃんは、どこか言いづらそうな顔で言った。


「これは儂からのプレゼント……ではないな。お前に返すべきものだ」

「返す? どういうこと?」

「おっ? すげえ綺麗じゃないか。ちょっと持たせ――」

「馬鹿! ミモザ触るんじゃ――」

「っ! い、痛ってええええええぇぇぇぇぇ!! なんだこれ、ビリッときたぞビリッと!?」


 まるで短剣に拒否されたが如く、大きくミモ姉が弾け飛ぶ。椅子から転げ落ちて腰を摩り、ビリッと来た方の手を、水滴を払うみたいにブンブン振っている。


「な、なに今の……?」

「こいつはな、触れねえんだよ。もちろん儂も素手では触れん。だから布で包んであったんだ。ミモザも不用意に触るんじゃねえよ、お前らしくもない」


 どうやらこの短剣は持ち主を選ぶようで、今の事象は拒否されたってことか。

 手練れのミモ姉すら拒否されるこの短剣、持てるのはそれこそ超級職号の剣士くらいじゃないだろうか。


「なんだこの短剣……いや、どっかで見た形だな。これは……ジャンビーヤだな。ジャンビーヤってのは――」


 タイゴニアの南部に暮らす『灰狼族』と呼ばれる少数民族の使う武器の一種で、時には踊りや伝統儀式なんかにも使われるんだ、とミモ姉は続けた。


 各地を旅すると、こうやって色々知ることができるのか。もしかしたら私の知らない刀剣がまだまだあるのかもしれないと思うと、旅もいいなと思えてくる。


「で、なんでじっちゃん、こんなもの持ってるの?」

「あぁ。これはな、お前を拾った時、傍らに置かれていたものなんだ。その時に儂もつい触ってしまってな、ミモザみたいに吹っ飛んだんだ」

「だったら先に言っといてくれよ! すんげえ痛えし! 雷に撃たれたみたいな衝撃だったぞ!」


 赤子の時なんて私は当然覚えていない。けど、傍らに、ということはそういうことなんだろう。


「まぁそういうわけだ。だからプレゼントではないが、これはお前のものだ。どうだ? 試しに持ってみるか?」

「えー……ビリッてくるんでしょビリッて」


 正直なところ、あんなふうに弾け飛んだミモ姉を見ちゃったあとに触るのは怖い。身体の大きい彼女ですらあの衝撃だ、私みたいな小柄な人間が持ったら壁まで弾け飛ぶんじゃないか?


 でも。これはたぶん私のものなんだろう。ならばと慎重に人差し指で突っついてみる。

 予想通りというかなんというか、とりあえず衝撃はこなかった。なら触って、刀身を摘んで持って、軽く振ってみても何も起きない。そして刀剣の命とも言える刃に指を立ててみた。


「あれ……? これ斬れないかも」


 毎日のように刀剣に触れている私には分かる。

 全く研がれていないわけではなかったが、正直私の打った短剣の方がはるかに斬れると思う。


「武器というより装身具ってところか。まぁ儀式用だな」

「やっぱり普段使いには無理かな?」

「あぁ。少なくとも私は許可しないぞ」


 確かにこれには命を預けるのは心許ない。ミモ姉の言葉に頷こうとすると、


「いや。ミアと一緒に捨て置かれてたのには意味があるんじゃないかと儂は思う。だからミア、とりあえずそいつに慣れておけ。毎日少しでもいいから、鍛練に使わんでもいいから触っておけよ」

「……分かった。そうだね、そうするよ」


 私が使って初めて意味がある、か……。そんな日があるのかなと、それまで握るのを躊躇っていた柄に、思い切って手をかける。

 

「! お、おいミア……? 大丈夫なのか? ビリッときてないか?」

「大丈夫みたいだよミモ姉。むしろ手に吸い付く感じ。あとすごく軽い」

「軽い? 持てる奴が持つと本来の重さになる、か……色といい軽さといい、素材は牙か骨ってところか……?」


 ビリッとこないことを確認したあと、残ったもう一振りを握ると、急に眩暈が襲ってきた。頭に意思のような何かが流れ込んできて、それは辿々しくもこう理解できた。


(ワレラ、ヲ、シタガエ、ワレ、ヲ、サガセ……)


「お、おいミア! なんか刀身が光ってるぞ! ビリッときてんのか!? なんともないか?」

「う、ううん……何にも。でも『我らを従え我を探せ』って頭の中に聞こえてきたんだけど……」


『頭の中に何かが聞こえた』と口にして、初めてそれが異常事態なのだと思い知る。ただ不思議と違和感なく受け入れている自分も、確かにここにいた。

 そう言うと、じっちゃんは肩から緊張を解き放ち、


「身体には影響ないようだし、それは後々考えればいいさ。さ、今日はもう遅いからそろそろ寝るぞ」


 その言葉――我らを従え我を探せ――はひとまず横に置き、明日に備えてそれぞれの寝床へと戻っていった。

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