006 - ドルド・ラキス(とミモ姉)の贈り物

 ここティグリス村の西区画は、さまざまな商店が軒を連ねる商業区画である。その商店の種類は多岐に渡り、農作物や精肉、鮮魚などを扱う食品店はもとより衣料品店、雑貨屋、金物屋に酒屋などなど実に多様な商店があり、生活に必要なものはほぼここで揃う。

 そして、この区画のとある路地の奥にひっそりと佇む店がある。ミモねえは他の店には目もくれず、ズンズンとそこへ足を進める。

 路地の最奥部に位置するその店構えは、お世辞にも、という以前に店にすら見えない倉庫然とした外観。看板もないその入り口はひしゃげた金属の引き扉に閉ざされていて、勇気を持って開けないと何を売る店なのか全く分からないのだ――が。


 一見すると来る者を頑なに拒む佇まいのこの店、私はここが何の店で、どんな店主が待ち構えているのかを知っている。それは――


「いらっしゃ……ってミアじゃねえか! 久しぶりだなぁ!」

……10日前に会ったばっかりじゃん」

「馬鹿野郎、ワシ基準じゃ10日は久しぶりなんだよ!」


 私がと呼ぶゴツい風貌の男性はドルド・ラキスといって、ご察しの通り、ことゼルド・ラキスの兄弟。しかも双子の弟である。

 養育権を賭けた二人の大勝負――腕相撲だったらしい――にもしドルドじいちゃんが勝っていれば、私はドルドじいちゃんの孫になっていた。私の祖父は腕相撲の勝敗で決まった、とはなかなか希有な履歴だと思う。

 

 じっちゃんの職号が『過斬の鍛治士』なのに対して、ドルドじいちゃんは『堅牢の防具士』の職号を持つ一流の防具職人だ。つまりミモ姉は私に防具を見立てに来たのだ。


 それ自体はありがたい話だ。Aランク冒険者に見立ててもらえるんだから。しかしながら今、私には持ち合わせがない。とはいえ相手はドルドじいちゃんだから後払いでも快諾してくれるだろう。


「で、今日は何の用だ? 小遣いか? ならちょっと待っと――」

「ドルじい。今日はさ、ミアの胴具を見に来たんだよ」

「胴具なんて何につか……ってミモザもいたのか」

「さすが孫馬鹿。私なんか目にも入らないってか」


 憎まれ口を言い合う二人だが、実は互いに認め合っている。それが証拠にミモ姉の防具は、全てドルドじいちゃん渾身の一作。ドルドじいちゃんの場合はじっちゃんと違って、お金さえ積めば『常識持ち』で『そこそこ腕が立つ』客であれば制作に応じてくれる。口先だけの冒険者や傲慢なお貴族様、そんな奴らには売らないらしいけど。


「当たり前だろミモザ。お前がワシの目に入るわけないだろうが。その点ミアは余裕で入るし入れても痛くねえ……で? なんでミアに胴具が――」

「私、昨日成人の儀が終わったから、今日冒険者登録したんだよ。で、最初の依頼はビャッコの森で――」

「そういうこと。だから成人祝いに胴具をプレゼントしてやろうと思ってさ」


 えっ? プレゼント!? もうさっきご飯ご馳走してくれたじゃん。そこまでしてくれなくていいよと固辞するも、ミモ姉は頑として譲らない。


「遠慮するなって! ミアの胴具はプレゼントしてやるから。な? な!?」


『この私が』という台詞にじいちゃんの目がぎらりと光を帯びる。あ、これはアレが始まるな。


「あん? お前が成人祝い? そういうことなら! プレゼントしてやるからなミア!」

「いや私が」「いやワシが」「いやいやこの私が」「いやいやこのワシが!」


(はぁ……めんどくさ)


 この二人、私が絡むと妙に張り合うんだよなぁ。それだけ慕われてる証拠だから文句も言えないんだけど、正直面倒なことこの上ない。

 かくなる上はいつもの通り、私が介入するしかない。


「あの! だったら二人で折半すればいいのではないでしょうか……?」

「「折半!?」」

「二人だったら胴具だけじゃなくて籠手もおまけで付いちゃうかなー……なんて」

「ミア、お前賢いな。そうだ、そうしようぜドルじい!」

「さすがワシの可愛い孫! よし、ちょっと待ってろ。だいぶ前に冒険者が持ち込んだアレで作ってやろう!」


 というわけでどうにか事は収まった。めでたしめでたし。


 唐突に店の奥に何かを取りに行ったじいちゃんの背中を見て思う。昔は山のように大きな背中だったのに、今では少し小さく感じて、なんだか寄る辺のない気持ちに……なんて思う間もなくすぐに満面の笑みで戻って来た。全言撤回。

 

「……さて。この革だが、何の革だか分かるか?」


 そう言ってじいちゃんが差し出したのは、手の平サイズの正方形の赤黒い革で、一見爬虫類の革のように見えるけど鱗はなく、不規則に凸凹していた。


「これは……オリノコバイソンか? 珍しいな。それにしては色がちょっと……いや、だいぶ違うな」

「ミモザには分かるか。半分正解だ……これはオリノコバイソンの革だ。なかなかのモンだろう?」


 そもそもオリノコバイソンがどんな動物だか私には分からないけど、二人の会話から察するに、高価な素材であることは容易に分かる。


「確か……タイゴニアとロンカエルムの国境付近の湿地帯にいるでっけえ野牛だよな。そもそもが希少動物で、年間の狩猟数も厳格に決められてるくらいだからその素材は当然高価になる……でもこれはさらに希少な魔獣化した個体の革だからな。いくらの値がつくか私にはサッパリだ」

「さすがだなミモザ。それだけ知ってりゃ充分だ」


 国じゅうを遠征して回るくらいの凄腕冒険者であるミモ姉がこう言うくらいだ、相当な素材なんだと分かる。分かるけど、これ買い取りの値段も相当高値だったんじゃないだろうか。


「! じ、じいちゃん……? そんな高価な革、私に使っちゃってもいいの?」

「あぁ構わん。なにしろこの革は『これで防具を作ってくれ』って冒険者が持ち込んだものなんだ。それがもう三年以上前のことだ。一向に来る気配もないから恐らくは――」

「あーそいつもうどっかで死んでるな」

「死んでる!?」

「たぶんだけどな。こんな素材持ち込むくらいの冒険者だ、魔獣専門だろう。ということは危険と隣り合わせなわけで……あとは分かるよな?」


 そうか、冒険者って人によっては危険な職業なんだ。でも私の場合はあくまで『生き物をテイムしてみる』のが目的であって、鍛治士が本業。だから危険なんかあるわけがないのだ。


「まぁそういうわけだからこの革をお前に使ったところで、ワシの腹はちっとも痛まねえんだよ。だから素直にもらっとけ」

「そうだぞミア。ってかドルじい、私もそろそろ籠手がヘタってきたんだけど」

「わかったわかった。お前の分もついでに作ってやる。でも金はきっちり頂くからな」

「チッ、うまくミアに便乗できると思ってたのに」


 結局、じいちゃんは私の胴具と籠手、そしてミモ姉の籠手も作るということでまとまった。


 そのあとは、私たちの採寸を済ませてから奥の居間にお邪魔した。

 さっさと帰るとじいちゃん本気で泣くからね。少しはお茶にでも付き合わないとならない、ちょっと面倒だけど優しいじいちゃんなのだ。


 じいちゃんは大好物のニガ麦茶をごくりと一気に飲み干して、私の国民証をまじまじ見ながら、


「ほう、『ネコ●○目のテイマー』ねぇ……随分とわけ分から……珍しい職号もらったんだな。ってなんかゴミついてるぞ」

「じいちゃんそれゴミじゃない。それで『ネコ●○目のテイマー』なんだよ……たぶん」

「そうか……ミモザは何か知らんのか、その……『ネコ目』とやらは」

「私もそんなの見たことも聞いたことないし、そもそも容姿が職号になるとか普通はないでしょ」


 そうだよね、普通じゃないよね。だって色々普通じゃないし私。オッドアイだし髪の毛真っ白だし。


「まぁ職号なんてのは人生の道標みたいなもんだからな。そもそもお前は兄貴の仕事、継ぐんだろ?」

「うん、そのつもりだよ。でもね、せっかく成人したんだから色々やってみたいんだ」

「ミアも一丁前なこと言うようになったなぁ。でもさ、ミアは結構冒険者としてそこそこやっていけそうな気がするんだよ。身のこなしもいいし、短剣の使い方もサマになってるからな」


 そう言われると悪い気はしない。Aランク冒険者のミモ姉のお墨付きなのだから、疑うべくもない。

 でも、だ。やっぱり私はじっちゃんの跡を継いで鍛治を続けたい。じっちゃんもそう願っているはずだ。私はに、今まで育ててくれたという返しきれない恩があるから、一日でも早くは自立したいのだ。


「ミア。お前はまだ成人の儀を済ませたばかりだろう? ワシらからしたらまだまだ子どもで大事な孫だ。心配かけんじゃねえぞ。さ、そろそろ帰れ。兄貴も心配してるだろうからな」

「じいちゃん……今日はありがと」

「ドルじい、胴具はいつできる?」

「そうだなぁ。三日……いや二日であげてやる。明後日の朝に取りに来い」


 ということで、ビャッコの森は明後日になった。


 じいちゃんに別れと感謝を述べて、急ぎ足でじっちゃんの待つ我が家へ帰るのだった。

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