005 - わからんちん
今、私の頭からは湯気が立ちのぼっていた。
受付嬢のアルビさんから冒険者の心得をたっぷりとご高説賜ったあと、ギルドの二階にある資料室に来た。そこにはさまざまな資料が山ほどあり、まず目的の魔獣、ついでにテイマーに関する資料探しで一苦労。
いざ資料に目を通せば分からない用語にぶち当たり、関連資料をまた探す。
そんなことがループして、気づけば幾多の資料が山ほどになり、もはや何をしたかったのかも分からない状態。遂には机に突っ伏し白旗を掲げた。
(分からないことも多いけど――)
得たものも少なからずあったから、決して私のしたことは間違ってはいない……と思わないと心折れそうだ。
例えば革や牙、骨などを素材にした武器防具は、動物と魔獣化したそれを比較した場合、後者の方が格段に性能が上がる。だから魔獣を探して各地の危険区域を飛び回る冒険者がいるらしい。
また魔獣の斃し方は種類によってまちまちで、物理攻撃が効かない、逆に魔術が効かない、はたまた穢れた魂を浄化するしか斃す術がない魔獣なんかもいるようだ。
とはいえ魔獣とは生き物が闇堕ちした成れの果て。つまり生き物の数だけ魔獣もまた存在していると考えられている。だからなのか、まだまだ魔獣については分からないことの方が遥かに多いらしい。
テイマーについてもいくつか分かったことがある。
テイムできてもどこまで命令を聞かせられるか、またテイムできる生き物の総数、はたまた忠誠の度合いは、テイマー個人の持つ色の階級――
これが
さらに
ここで自分に振り返れば、ことテイマーに関しては全く参考にならないことばかりだと項垂れる。
まずどんな生き物をテイムできるかも、どこまで使役できるかも資料からは読み取れない。だって私は『ネコ目のテイマー』の白金で、いずれも資料には類似する記載すらどこにもないのだから。
そして私が一番知りたかった『テイムのやり方』も、資料にはこう記されていた。
【テイムの方法については、テイマーの数だけあると言われており、テイム可能な生き物を前にした際、その方法が自然と頭に流れ込んでくる、という報告が一般的である】
ふむ。全く分からない。いや、分からないことが解った、と言った方が正しいかもしれない。
「あーっ、もう! これじゃ何の参考にもならないじゃないか!」
これ以上ここでウダウダしてても埒が明かないことを悟った私は、そういえばミモ
† † † †
「もう、こんなたくさん飲んで……」
「今日は依頼は受けないからいいの。で、ミア。用はもう済んだのか?」
「うん。魔獣のことはなんとなく分かったけど、テイマーはさっぱり。わからんちんだよ」
「出た、ミアのわからんちん」
どうしたらいいのか分からない時、解決方法が分からない時、つい口癖の『わからんちん』が出てしまう。もう成人なんだから、いい加減自戒しないと。
「仕方ないよ。それだけテイマーって解明されてない部分が多いんだよ」
「私の知り合いにもテイマーはいないからなぁ……力になれなくてごめんな。でも魔獣と剣だったら任せろ」
「うん、ありがとう。で、ミモ姉。これからどうしよっか?」
「あー、じゃあ成人祝いに何かご馳走してやるか。何食べたい?」
うーん、もうすぐお昼だし、せっかくのご馳走だ、普段行けないところがいいな。あそこの魚料理も美味しいし、いっそのことお洒落なカフェ……ってティグリス村には
「私は肉食いたいけど、好きに決めな。私は! 肉が! 食いたいけど!!」
「……」
二回言うくらい肉が食べたいのね。
どうやら肉と言わなきゃ許してもらえなさそうだ。
肉は肉で好きだし、ましてやミモ姉がお財布なのだから反対するべくもない。というかもう肉を食べるのは決定事項のようだ。
「で? どの肉にする? イノシシか? シカも美味いよなぁ? なぁ!?」
「ミモ姉に任せるからもう行こ! さっさと立ってほら!」
椅子でだらけるミモ姉を腰を落として引っ張り上げる。背中の大剣『古強者の斬滅剣』ごとだからとんでもなく重い。こんな
ギルドから歩いて寸刻、着いたのは『琥珀食堂』。ここは村一番の大きな食堂で、庶民から裕福層までの舌と胃袋を満足させる人気の食堂である。値段もピンキリで、お手頃なプレートランチから最上級ランクの各種動物の肉料理まで。なので客層もまたピンキリなのだ。
ここで私はサービス定食――今日はシカのヒレ肉香草焼き――を、ミモ姉はスタミナ定食を二皿注文する。しかしミモ姉、お酒飲んだあとによくそんなたくさん食べられるよね。さすが『剛腕の古強者』、胃袋も剛の物ってことか。
「……ふーっ! 食った食った。ミア、お前それだけで足りるのか? たくさん食べないと大きくならないぞ」
まだ私、半分しか食べてないのにもう二皿食べちゃったの!? 健啖にも程がある。そして大きくならないってどこのことですかね。身長ですよね!?
「もともと私、少食だもん。だからこれで充分だよ。ありがとうミモ姉、ご馳走してくれて」
「気にするなって。ミアは私の妹みたいなモンだしな……ってそうだ。お前、最初の指定依頼、どうするんだ?」
「それね。テイマーのことも調べたいから『職号成果物の納品』にしようかなって。もし失敗しても、ついでに薬草採取しておけば依頼は達成できるでしょ?」
生き物をテイムするには、じっちゃんの言う通りビャッコの森がいいだろう。大人しい小動物も多種多様らしいし、薬草の自生地も資料室で当たりはつけたから大丈夫だ。指定の動物討伐は、スライム・オオミミトビネズミ・スプリントラビットのいずれかだけど……スライムって動物扱い?
スライムは不定形な高粘度生命体で、森の
オオミミトビネズミはその名の通り、身の丈の数倍の高さまで跳躍したのちその大きな耳で滑空移動する中型のネズミ。鳥のように飛翔ではなく、あくまで『滑空』なので、捕獲は滑空時を狙って投網、が有効らしい。
スプリントラビットはとにかく逃げ足の速いウサギ。なかなか捕獲は難しく、罠でないと困難、と言われている。
「じゃあ明日はビャッコの森か。で、ミアって防具持ってたか? 森の浅いところでも危険がないとは言い切れないし、防具なしで森に入るのは私も許容できないぞ」
「あ、そうか……なら自分で打った剣を納品して――」
「……よし! そろそろ出ようか。このあとちょっと付き合え」
「どこ行くの?」
「まーいいから着いて来いって。おーいお勘定!」
今度は私がミモ姉に椅子から引っ張り上げられる。痛い痛い腕抜けるってば!
悲痛な叫びも虚しく、半ば引きづられるようにティグリス村の目抜き通りを西に向かった。
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