004 - 冒険者ミア誕生

 ミモねえという最強の護衛付き添いを得た今、冒険者ギルドに入るのもなんのことはない。特に気負うこともなく、我が家に入るよう振る舞い、再び扉に手を掛けた。


 初めて入る冒険者ギルドは、想像の通りだった。いかにもな荒くれ者がそこかしこで談笑したり、カードゲームに興じていたり。またある者は朝っぱらから併設された酒場で一杯引っ掛けていた。登録まで付き添ってくれると思いきや、頼みの綱のミモ姉はさっさと酒場へ直行してしまい、一人取り残されてしまう。

 冒険者たちからの異物を見るような目線が突き刺されば、途端に心細くなり、居た堪れない心地になる。


 べ、別に怖くないもん! と虚勢を張りつつ奥にあるカウンターへ急ぐ。


 数人の受付嬢さんが横並びに座る中、一番優しそうな女性を選んで声を掛けた。こういう時は第一印象が重要だから、いつもより声を張る。


「おはようございます!」

「はい、おはようござ……ってもしかしてゼルドさんのお孫さんですか?」


 ゼルドというのは言わずもがな、私のじっちゃんだ。まぁそれほど大きな村でもないから、どこかで一緒に歩いているところを見られたのかもしれない。そもそもうちの鍛冶屋はギルド推薦の武器屋でもあるからね。私のこと、知っててもおかしくはないか。


「はい! じっちゃ……ゼルドの孫、ミアです!」

「ミアさん……はい、わたくし当ギルドの受付担当、アルビと申します。本日はどういったご用件でしょう?」

「昨日、成人の儀を終えたので冒険者登録に来ました!」

「なるほど、承知しました。では、国民証をご提示いただけますか?」


 国民証は、個人のありとあらゆる情報を記録できる神具でもある。冒険者ギルドもそれを利用して、依頼達成の履歴や報酬の振り込み、パーティなら加入脱退、メンバーの変遷などを記録しているらしい。はたまたギルドの規則違反の履歴も記録されるみたいだから、気をつけないと。


 雑嚢から国民証を取り出してアルビさんに手渡すと、慣れた手つきで業務をこなす。そして聖蘭珠に国民証をかざした途端、目の色が変わった。きっとアレとかソレのことだろう。


「えーと、光色が……白? なのですが、こちら、神殿ではどのようにお聞きになってますか?」

「はい、司祭様もわからないみたいです。初めて見た、って……あ、司祭様は白金と仰ってました」

「なるほど……で、職号なのですが……『ネコ目』というのは? 『テイマー』はわかるのですが。あら、よく見るとネコ●○目ってなってますね」

「それも――」


 司祭様から伺ったことを包み隠さずに報告する。嘘吐きだと思われるのならまだしも、国民証に『虚言癖あり』とか記録されたらたまったものじゃない。


 アルビさんは怪訝な顔を浮かべるも、職務を全うしようと言葉を続けた。


「なるほどなるほど……つまり司祭様は『ネコ目』は容姿を示しているのでは、と仰ったと?」

「はい……私もそんな気がしてます……」

「で、『テイマー』は一般職だから大神殿行きは保留……ですか。いいでしょう、これで確認を終わります。国民証はお返ししますね。では、今日からミアさんはFランク冒険者として登録されました! さて、次は冒険者の心得――」

「ミア、もう登録は済んだか?」


 ミモ姉の突然の声に、私もアルビさんも口から心臓が飛び出るくらいに驚いた。まったく足音もしなかったし気配すら感じなかった。さすがはAランク冒険者だと妙な感心をしてしまう。


「! ミ、ミモザさんっ! もう帰って来たんですか!? どう考えてもトータル三ヶ月はかかりそうな依頼ばかりでしたよね。まさか途中で放棄――」

「そんなわけないでしょ。ほらこれ達成証明書、適当に処理しといて。金は一割現金キャッシュ、残りは預金デポジットで。じゃ、よろしく」


 バサッとカウンターに達成証明書の束と国民証を無造作に投げ、ミモ姉はまた酒場に戻ってしまう。みじめに散乱したそれを前に、アルビさんもほとほと困った顔を浮かべた。ため息混じりで彼女は愚痴り始める。


「はぁ……仕事が早いのはいいんですけど、こんな短期間で達成されちゃうと報酬額を用意する時間がないんですよねぇ……まぁ塩漬け依頼が達成されるのはこちらとしてもありがたいのですが、早いにもほどがあります! はぁ……今日は残業確定――」

「あ、あの……」

「はっ! す、すいませんミアさん。えっと、どこまで話しましたっけ?」

「どこでしたっけ? アハハハ……」


 咄嗟に鸚鵡返ししてしまう。私もびっくりしてどこまで話してたんだか……あ、そうだ。


「そう! 冒険者の心得がどうとか、だったと思います」

「あぁそうでした! では、少し長くなるのであちらのテーブルに移動しましょう。お時間大丈夫ですか?」

「はい、今日はここに来るのが目的なので予定は空けてます」


 カウンターから出て来たアルビさんのあとに付いて、四人掛けのテーブルへと移動した。そこで初めて私は冒険者の心得を詳しく知ることとなった。



† † † † 



「――と、以上が冒険者の心得になりますが、ご質問等ございますか?」

「はい、質問というか念のために確認なのですが、最初の依頼を達成しなくちゃいけないのは、冒険者登録日から10日以内、でいいんですよね?」

「はい、その通りです。先程も言いましたが、最初の依頼はこちらからの指定があります。規定量の薬草採取、指定の動物の討伐、そして最後に職号・職業を利用した成果物の納品。以上三つのいずれかを達成してください」

「成果物の納品というのは、職業だと私が打った剣とかですよね。職号の方はどうすればいいでしょう?」

「そちらの場合は、なんらかのをテイムしたのち、こちらに報告いただく、で達成となります」


 なるほど、どれもさほど難しくないか。一番手っ取り早いのは、今すぐ家に戻って自分の打った数打ち品を適当に持って来れば終わるんだけど、せっかくだからなんでもいいから動物をテイム……って、あれ?


「動物じゃなくて生き物、ですか?」

「はい。テイマーといっても実は色々あるんです。一般的な動物であればそれぞれの動物名が付いた『アニマルテイマー』がいます。例えば馬だと『ホーステイマー』ですね。鳥類だと『バードテイマー』で、『ホークテイマー』『チキンテイマー』などが。中には虫専門の『インセクトテイマー』や爬虫類専門の『レプトテイマー』なんていう方もいるんです。ですから生き物と言いました」


 アニマル、バードまでは理解できるけど、虫なんかテイムしてどうするんだ?


「インセクトテイマーの方は養蜂を営んでいる兼業冒険者ですね。蜂蜜や蜜蝋を商業ギルドに納品されてますよ」

「あぁなるほど。なんか腑に落ちました」

「いえいえ。では他は大丈夫ですか? であればこちらからの説明は以上にさせていただきます……では! 冒険者ミア・ラキスさん、頑張ってください!」


 冒険者ミア・ラキス。

 なんかこそばゆいけど悪くない響きだ。


 今日は有意義な時間を過ごせたような気がする。特にテイマーの情報には少々驚いた。意外と細かくテイムできる動物……生き物って分かれているのか。


 じゃあ一体私の『ネコ目』とは何なのか。まったくわからない。


 そんな不安と期待が渦巻くけど。 

 私ミア・ラキスは今日、冒険者になったのだった。

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