003 - 剛腕の古強者、凱旋

「ん? なんだって?」

「だーかーらー、『ネコ目のテイマー』なんだって、私」

「ようわからんが、色は白金……つまりプラチナってことか?」

「そうみたいだよ。司祭様も見たことない色なんだって」


 国民証は、氏名や性別、種族年齢などの基礎情報のほか、職号、職業、技能なんかが記録される神具の一種だ。職と職は似ているようで違う。職号はあくまで神獣様から賜った指標で、職業は実際の職が何であるかを指すもの。技能というのは手についている技術のことである。ちなみに色を確認するには、市町村にある各種ギルドや神殿に出向いて、聖蘭珠にかざせばわかるらしい。


 というわけで、私の国民証に記載されているのはこうだ。


氏名:ミア・ラキス

性別:女

種族:ヒト族

年齢:15

職号:ネコ●○目の調教師テイマー

職業:見習鍛冶士

技能:刀剣鍛治・双短剣術


 ……あれ? 『ネコ』に●○点々が付いてる。なんだろうこれ。ネコの目の形を模している、ってこと? なんか追い討ちされてる気分でへこむ。どうせ吊り目でネコ目ですよ。しかもご丁寧にオッドアイまで再現してる。そんな主張されてもまるで嬉しくない。


「まぁネコの目ってのは見ようによっちゃあ真ん丸だからな。きっとそうだろう。気にするな」

「そうだね。でも職業が鍛冶士でよかったよ、技能もちゃんと反映されてるし」


 頑張ってじっちゃんから技術を学んだだけあって、しっかり『鍛冶士』と記載されている。努力の甲斐があったというものだ。

『短剣術』というのも、鍛治士を志すなら使う立場にもなれと、これも小さい頃から仕込まれたものだ。

 最初は『剣術』を習っていたのだが、年齢の割に大きく育たなかった私は早々に剣術を捨て、短剣術に切り替えた。これが存外向いていたようで、気づけば二刀の短剣を器用に振り回し、今ではじっちゃんを翻弄するくらいにまでその技術は高まっている。


「で、ミア。お前どうするんだ?」

「どうする、って何を?」

「テイマーとしてやってくつもりか? ってことだ」

「ううん、私は鍛冶士だから。テイマーになるつもりはないよ」

「でもまぁ、せっかく神獣様からもらったモンだ。とりあえず試してみたらどうだ。森の浅いところならおとなしい動物ばかりだから」


 じっちゃんの言葉に、それはそうかと追考する。

 もし仮に馬をテイムできたら、鉱石を運ぶのも楽になるし、隣町まで移動販売なんかもできる可能性がある。馬がダメならロバでもいいしね。

 どんな形であれ、鍛冶士の仕事にうまく活かせればいいのだから、むしろ試す価値は充分にあるんじゃないか。


「そうだね、やってみるよ。早速明日冒険者ギルドに行ってみる」


 成人の儀を終えた今、冒険者ギルドに登録が可能になった。冒険者とは、薬草採取や動物の狩り、村人の依頼――例えばお使いとか庭の草むしりとか――なんかを受けて、見合った成功報酬をもらえる、そんな職業だ。そして凶暴な肉食動物も棲むビャッコの森に入るには、冒険者登録が必須なのだ。


 じっちゃんも実は冒険者登録済みで、階級はCランク。階級はS・A・B・C・D・E・Fの七段階に分けられていて、一定の依頼数や困難な依頼を達成すれば階級が上がっていく、という仕組み。ただしCからBに上がるには試験に合格しなくてはならず、冒険者が本業じゃないじっちゃんはCランクのまま冒険者を続けている。

 ただじっちゃんの場合は、村の外れにある『ビャッコの森』の中間部に入るためだけに仕方なく冒険者になった、という背景がある。というのも、ビャッコの森の中間部に希少鉱石が取れる村営の採掘場があり、オーダーメイドの剣を作る際にその鉱石を混ぜることで、抜群の切れ味と強度が出せるからだ。


「Cランクになるのにどのくらいかかった? 大変?」

「そりゃ大変さ。儂は確か……五年だったか? 最初はドブさらいやら村の清掃、ウサギやシカ狩り、商隊の護衛……魔獣討伐なんかもやったな」

「ま、魔獣!?」


 この近隣ではまず見ることのない『魔獣』。生き物がなんらかの理由で魂が穢れ闇堕ちした存在、それが魔獣というものらしい。


「あぁ。とはいっても元が家畜のヤギだから、そう大変なものでもなかったがな」

「魔獣になるとどこか変わったりするの?」

「まず凶暴になる。目つきが鋭くなり赤く充血する。牙や爪なんかに毒を持つヤツもいる。そして身体も大型化するな。そして……」

「そして?」


 じっちゃんの顔は少し厳しく変わり、一呼吸おいてこう言った。


「人を襲うようになる」

「! ひ、人を……」

「あぁ。肉食動物も獲物を襲うが、あれはてめえの腹を満たすために襲う。だが魔獣は違う。魔獣は相手を殺すためだけに襲うんだ」


 肉食動物は食欲、魔獣は殺戮、か……考えないでおこう。怖いしそもそもこの辺りにはいないらしいし。でも知識として入れておく分には損はないだろう。魔獣の情報は冒険者ギルドの資料室にあるから見るといい、そうじっちゃんに教わったので、明日は数打ちは止めて、ギルドで色々調べてみよう。



† † † † 



「ここが冒険者ギルド……入口までは来たことあるけど、中まで入ったことないんだよなぁ」


 まだ幼い頃、じっちゃんに連れられて時々来ていたものの、中は粗暴な奴が多いという理由で、私はいつも外に置かれた長椅子で待たされていた。


 綺麗とは言い難い、良く言えば年季の入ったギルドの扉に手を掛けると、後ろから聞き覚えのある声がする。そう、ビガロだ。


「おいネコ目! お前ここで何してんだよ!?」

「アンタこそ何してるの? 私は冒険者登録しに来たんだけど」

「はっ! お前には冒険者がお似合いだな。俺はここの訓練場で、大神殿に行くまで剣の鍛練だ! なんてったって聖騎士だからな」

「なってもいないのに聖騎士名乗ってバカじゃない? 私に勝てたことないくせに」


 昨日『仮初の聖騎士』の職号を賜ったばかりの小僧が何言ってるんだ。見れば皮の鎧はサイズが合ってないし、ブーツの紐もほどけてるじゃないか。そのくせ腰のロングソードはじっちゃんの一級品だし。これのどこが聖騎士なんだか。まずは私から剣で一本取ってみろっての。


「う、うるせえ黙れ! お前には根無草の冒険者がお似合い――」

「根無草の冒険者が、なんだって?」


 そう言ってビガロの肩をポンと叩く女性。長い金髪を後ろでくくり、背中には私の身の丈より長い大剣を背負っている。要所を守る軽鎧も傷だらけで、死線を潜り抜けた歴戦の強者、といった佇まいだ。


「て、てめぇは――」

「て・め・ぇ?」

「い、いやあなたはミ――」

「ミモねえ!」


 彼女の名前はミモザ・ハーヴェイ。この村唯一のAランク冒険者にして『剛腕の古強者』の職号を持つ女性で、年齢は23歳、切長の眼が涼しげな美人さんだ。大剣を手足の如く振り回す割に身体はしなやかで、おまけに胸も大きい。さらに言えば彼女は私の家に間借りしている。会うのは一ヶ月ぶりで、聞けば修行と称して各地のギルドを回っては高難度依頼をこなしていたらしい。


「おぅミア! 元気だったか? ってかこんなところ冒険者ギルドに何の用だ?」

「うん、元気元気。昨日、成人の儀が終わったからね、冒険者登録しに来たの」

「そっかそっか、もうそんな歳か。初めて会った時はまだちみっこだったのに、なぁ」


 彼女は五年前、じっちゃんの打つ剣をどうしても手に入れたくてティグリス村を訪れたCランク冒険者だった。それまでは特に拠点を設けずに、各地を転々としながらその日暮らしだったのだが、頑固なじっちゃんは、実力も帰る家もない生半可な奴に儂の剣はやらん! とミモ姉を突き放すばかり。だったら打ってもらうまで諦めない、帰る家ならここにある! と宣言し、ティグリス村に、というか我が家の二階に住み着いてしまったのだ。


 それからというもの、彼女は『剛腕の古強者』に驕らず真摯に鍛練を重ねながら、ビャッコの森の大型動物を狩り続けた。ほどなくBランク試験に合格すると、じっちゃんの護衛として森へ付き添うようになった。そこでビャッコの森の頂点と言われていた『マーダーグリズリー』の超大型個体に遭遇、辛くも勝利した。そしてその功績を認められ、見事Aランク冒険者に昇格した。

 じっちゃんも彼女の実力をようやく認め、彼女に見合う剣を打ち始めた。そしてできたのが今彼女の背中にある大剣『古強者の斬滅剣』なのだ。


「――で、アンタ誰? ミアの何?」

「っ! な、なんでもねぇ……です! いいからもう離してくださいっ!」

「あ? あぁ悪い悪い。じゃあ離すぞー」


 私と会話してる間、ミモ姉はビガロの首根っこを持ち上げブラブラさせていたのだ。まだ15歳とはいえそこそこ体格のいいビガロを持ち上げる腕力。絶対この人は怒らせちゃいけない。でも私にとっては歳の離れた姉のような存在で、頼り甲斐のある女性なのだ。


 ドサッ! と地面に落ちたビガロはそのまま恐れをなしてギルド裏手の訓練場に走って行った。

 畜生! 覚えてろよ! と雑魚っぽい捨て台詞を吐くビガロの背中を見て思う。ミモ姉忘れっぽいから絶対覚えてないよ。

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