第52話

「正直、こんなことになって、…私は嬉しくてたまらないよ。」

…ウェンブリー先生

カンプ達に病院へと連れられ、一人置き去りにされた自分に悪魔のような囁きが突き刺さる

「とはいえ、患者を診るのは私の仕事だ、しっかり務めさせてもらう。」

音は、聞こえている

でも、それ以外は何もわからない

そして、肉体は指先1本すら動かない

口をあけられて、何か食べ物を入れられている

音で分かる

下の世話もしてもらっている

体を横にされたり、うつ伏せにされたり、仰向けにされたりする

食べているという意識も、漏らしたという感覚も何もない

何もできない

音を聞くことと考えることしかできない

これは、かなりきついな

肉体という檻に閉じ込められた精神だ

様々な検査を受けさせられているようだ

それは、なにかの検査の最中だった

「カンプ君、カンプ君」

なんですか、先生

聞こえてますよ

口がきけないだけです

動けないだけです

「どうやら、脳が反応している。しかも声に反応している。聞こえているようだ。」

そうなんです

ついにやってくれましたね

先生はやってくれると信じてました

ちょっと信頼が揺らいだことがありましたが

「やはりだ、激しく反応した。」

ありがとうございます。やっと判ってくれましたか


「そうなのか、先生よ。」

「そうなんだよ。カンプ君。」

「で、どうすりゃいい?」

「うん、解らないから、君を呼んでみたんだよ。」

「使えねーな。」

「そんなこと言わないで、何か良い考えはないかな。」

「そうだな、こうすりゃいいんじゃねえか。…。」

「…本当かい?一応、極秘入院なんだけど。良いのかい。」

「仕方ないだろ、内緒にはしたいが、治る可能性があるなら。やるしかねーだろ。」

なにか聞こえなかったけど、何かを企んでるようだ



「来たわよ。」

だれだ?

誰の声だ?

「私よ。解る?」

だから、誰かわからないって

「私のこと忘れたの、リュイスよ。これが私たちの子よ。」

ひっ、はっ、リュイス

子供

女の声だが

そうか

「こんなことになるなんて、聞いたわ。大変だったのね。大丈夫よ。お薬をもらってきたわ。」

なんのくすりかな?

「今夜は離さないわ。」

えっ、えっ、えー



「ねえ、あなたはどうなの。私は好きよ。でも、子供はもういいかしら。」

だれだろう、なんとなくわかるけど

「先生は、手元に置いて観察するって言ってるけど。私はいいわ。」

きっとそうだな

「これ、壊れたって聞いたから、もしかしてって思って、作ってきたわ。みんなには内緒。こっそり起動してるけど。どうかしら。」

瞬間、脳内に多くの情報、感覚が流れ込んできた

これは、あれだ

機械人形メタルゴーレム

「ちょっと凄い、同調してるわ。みんなを呼んでくるわ。」

きっと、マクシミールだな



「右手をあげてくれるか。」

右手をあげる

「手をひらいてくれるか。」

手をひらく

「何か見えるかね。」

「みっ、えっ、まっ、せっ、んっ。」

「「「おおーっ」」」

機械人形メタルゴーレムを操作することができた

目が見えないのは残念だが

大きな進歩だ



「どうだ、トラ、もう一度、脳みそぶちまける気はねーか。」

「カンプ君。言い方が違うよ。脳みそは露出するだけだよ。」

「壊さねーなら、機械人形メタルゴーレムを貸してくれるって言うしよ。」

「まあ、死んだら返してね。」

「へ、ん、じ、は、き、まっ、てっ、ま、すぅ。はぁ、い。」

「よっしゃ。」

「ありがとう、トラフォード君。お薬出すからね。」

がんばろう



長かった、手術に耐え、そのあとの固定具に耐え、日々の夜に耐え

ついにこの日が来た

「兜を装着するよ。変なことがあったらすぐに電源を切るから。解ったね。」

気持ちが昂る

「いくよ。」

繋がるとともに、大量の情報、そして、新しい感覚だ

あぅ、なんだ

この

「視えます。線で表される世界です。凄い。」

「ごめんね。今の技術だとそれくらいなんだよ。機械人形メタルゴーレムが見た映像を処理して輪郭だけを見せてるんだ。」

「充分です。ありがとうございます。口調も滑らかに話せるようになってます。」

「接続端子も壊れたところをやり直したんだよ。」

「いや、良かった、よかった。これであ~んも、下の世話も自分でできるな。」

「あ~んなら、ずっとやってあげるわよ。嘴を上下に開いて放り込むだけよ。簡単よ。」

リュイスが言う

「じゃあ、私は下の世話ね。」

マクシミールだ



「ところでよ。これからどうするよ。」

「これから。」

「おれも、しらを切ってたけどよ。ボンボネーラの連中がお前のことをしつこく聞くんだよ。」

「そうか、しかし、…パブロペトリに行きたい。いや、やりたいことがある。」

「判った。止めはしねえ。付き合うぜ。」



自分自身は寝台で寝ている

機械人形メタルゴーレムで身の回りの世話をする

食事、水分補給、下の世話、糞尿垂れ流しだ

大変だ

カンプが装甲車Ⅱを運転する

軽銀製でなかったら、機械人形メタルゴーレムを運べなかった

夜は機械人形メタルゴーレムを自動運転で警備させている

カンプも自分も睡眠が必要だ

ゆっくりと進み、10日ほどで、パブロペトリに到着する

まずは工房に用がある



「こんな格好で失礼します。皆さんご存知でしょうが、肉体は耳以外ほとんど機能していません。でも、機械人形メタルゴーレムのおかげで、みなさんの傍に居られます。」

「それでは、死の淵から蘇ったトラフォードに乾杯。」

ホーソンさんに乾杯

工房で、車いすを作って貰った、軽銀製だ

機械人形メタルゴーレムに背負わせることもできる

普段は後ろから押す

「よかった、トラフォードが元気になって。」

元気かどうかは解らないが

「アガルタとの交易は順調なんですね。」

「山賊らしきものはいないですね。まあ、護衛も強化しましたから。」

「ゼルズラはどうなったんですか。」

「若いやつらが経験をつむために、討伐隊を組織してます。もうちょっとかかりますけど。そのうち大型怪物も根絶できます。ミュルクウィズから提供いただいた武器が役立ってますね。」

「そうか、あれか。…皇鬼オーガだけは心配の種ですね。」

「どっかで、野垂れ死んでるかもな。」

「そうだと良いですね。」

「ええ。」

「ハムデンの洞穴迷宮ダンジョンはどうなったんですか。」

「調査隊をだしたんですが、洞窟内に蒙古死虫モンゴリアンデスワームが巣くってまして、難航しています。」

「そうですか。…実は、洞穴迷宮ダンジョンに心当たりがあります。」

「この地図は?」

「レナーレさん、ここは、自分の育った洞穴迷宮ダンジョンです。」

「そうですか、トラフォードさんの。」

「機能を停止しているかもしれませんが、復活する可能性があると思います。協力してください。」

洞穴迷宮ダンジョンの調査、可能ならばその復活ですね。それなら何とかなるでしょう。」

「やったな、トラ。」

カンプが酒を片手に喜ぶ。

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