第三章 S級ゴブリン計画

第25話 ポンコツ双子姉妹

 攻略済みダンジョンの奈落で腕試しをした数日後。

 俺はシトリンを連れてダンジョン協会本部を訪れていた。今回は呼び出しではない。俺の方から用事があった。


 目的はダンジョン協会本部の地下深くにいる人物。

 本来、その人物と会うには面倒な手続きが必要となっているが、S級は免除されている。

 まるで犯罪者と面会でもするのかという感じだが、むしろ逆だ。なにせ、ここにいる彼等彼女等はその固有魔法や所持スキルの有用性からダン協に保護されている存在なのだから。



 ***

 


 エレベーターが長い長い時間をかけて到着したのは、街であった。

 太陽があり、青空があり、地面があり、人も建物もある。

 しかし、ここは地下だ。


「いつ来ても驚かされるね。ここが遺物によって創り出されたなんて、ね」


「そうですね。マスター」


 俺の呟きに、シトリンが答える。

 ここは魔石や遺物――ダンジョンに関する研究の為の地下都市。

 とある探索者が提供した遺物により生み出された、――箱庭の世界だ。



 道を進み、着いたのは何処にでもあるような一軒家だった。

 インターホンを鳴らす。しばらくしてドアがガチャリと開いた。


「わあ、やっぱりシル君だ〜」


 ドアの隙間から、ひょっこりと顔を出すのは白衣をまとった美女。

 薄茶色のショートヘア。くりくりとしたタレ目は、彼女の喋り方と合わせておっとりとした印象を与えてくる。


「シトちゃんも居るんだ。元気してる〜? 早く入りな〜?」


 俺達を手招きする彼女は新宮ニイミヤ カレン。研究都市に来た目的の片割れである。





 家の中に入り、廊下を三人で歩く。


「いや〜久しぶりだね」


「最後に会ったのは僕がS級になる前だからね」


「そうだよ。S級になるのに一年とかだっけ? あっという間に成長しちゃったね〜」


 ――お姉さんも鼻が高いよ〜、と彼女は続けた。

 ちなみに新宮カレンは俺の姉でもなんでもない。


「あ、私飲み物とってくるね。セレンちゃんの部屋は分かるよね?」


「お構いなく」


「私が構うんだよ〜」


 ……先に客を案内してから飲み物をとりに行くべきではないだろうか。まあ、急に訪れた俺が悪いと言えばそれまでだが。いやでも、『いつでも来て良いからね〜』と言ったのは彼女の方だし…………うん、考えてもキリがないか。


 俺はスキップしながらどこかに去って行ったカレンの事を頭から追い出し、足を進めた。

 ここには何度も来ているので間取りは把握している。だから、目的の人物がいる部屋も分かっている。


「入って良いかい?」


 返答は無く、部屋の扉が開く。そこから出てきたのはカレン同様、白衣の美女だ。

 

「よく来たなシルバー。シトリンも歓迎するぞ」


 カレンと同じ髪色と顔立ち。ただ目元が違う。こっちは吊り目だ。

 彼女の名は新宮セレン。

 この新宮姉妹こそが、今回の目的なのだ。


「今日私達を訪ねた理由は分かってる。認定が降りたんだろう? さっさと出してくれ」


 カレンがのほほんとしたのんびり屋だとしたら、セレンはテキパキと物事を進めたがるせっかちさんなのだ。

 彼女達とは、ある一件で知り合いになって、そこからの付き合い。大体半年とちょっと、といったところか。……そう考えると結構浅い付き合いだな?

 出会ってすぐの彼女達はハリネズミみたいだった。全方向にトゲをブッ刺しながら生きている感じ。

 

 俺の方に手を差し出して目を輝かせている彼女からはその頃の面影は全くないが。


「話が早くて助かるよ。彼? 彼女? どっちかは分からないけど、まあ、彼にしとこうか。彼がスフェン君だよ」


 俺はインベンクスから、とある指輪型遺物を取り出して、その存在を呼び出した。

 最近ようやく認定が降りた彼――深層ゴブリン君の登場だ。

 名前は宝石のスフェーンから。


 遺物から解き放たれたスフェンはしきりに目を瞬かせて、辺りを観察している。


「ほう、君が……。その右腕にある腕輪が変幻自在の遺物なのかな?」


 スフェンの右腕には無骨な腕輪が嵌められていた。


「スフェン。腕輪から形態変化できるか?」


 俺がスフェンに聞くと、彼は頷いて右腕を掲げる。

 すると腕輪が光輝き、光が収まると短剣に変化していた。


「弓にも、剣にも、腕輪にも変化する遺物。初めて見たよ」


「僕の領域魔法も無効化してるっぽいんだよね」


「形態変化、固有魔法の無効化、複数効果持ちの遺物は相当レアだぞ」


 薄々気付いついてたが、もしかしなくてもスフェンって奇跡の存在? 希少な効果持ち遺物を保有する深層ゴブリン。S級探索者なんかよりもレアかもしれない。


「さあシルバー。他の遺物も出せ。これだけ面白そうな相手は久しぶりだぞ。シトリン以来だな」


 効果の分からない、最近手に入れた遺物を取り出す。

 彼女は俺の出した遺物を一つ一つ吟味している。既に彼女の興味は移っているのだろう。


「……よし、もうどっか行っていいぞ。あぁ、スフェンは置いておけ。後は私が鑑定しておく」


 ――新宮セレン。所有魔法【解析魔法】。遺物の効果を鑑定可能な数少ない希少魔法持ちの研究者だ。




 ***


 部屋を追い出された。廊下でシトリンと二人立ち尽くす。そう言えば、ここに来てからシトリンの口数が減ったな。前々から思っていたが、シトリンは新宮姉妹、特にセレンの方を苦手がってる気がする。

 新宮セレンは遺物マニアなのだ。俺がシトリンを連れて行くと一日中シトリンを愛でている。

 今日はシトリン以外の希少な遺物があったから、シトリンに対して普通の対応だった。だが、いつもはもっとぶっ飛んでる。ハアハア言いながらシトリンに抱きついている。

 そのせいか、シトリンはこの双子姉妹と距離を置いてる感じだ。


「あれ〜セレンちゃんに追い出されちゃった?」


 お盆の上にコップを置いて運んでいるカレンが現れた。


「セレンちゃんは遺物のことになるとポンコツになるからね〜」


 そう言いながら俺とシトリンにコップを手渡してくる。

 ここで立ち飲みしろと?

 この姉は常時ポンコツだし、妹の方も遺物が関わるとポンコツになるのだ。このポンコツ姉妹め。


「あ、そうだ〜シル君もシトちゃんも、身体検査、していく? セレンちゃんの遺物解析が終わるまで時間あるからさ〜」


 という事で、待ち時間で身体検査をする事になった。S級の研究資料が欲しいらしい。別にヤラシイことは無いぞ。うん。


 

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